二月 節分

 節分のときに巻く豆は、住んでいる地域によって違うらしい。私は、そんなことを書いてある落花生の袋を見つめながらばらばらとご主人さまの大きな手に乗せられるだけ袋の中身を出した。

「おいおい、本当にやんのかよ。しかも、こんなおまけのちっさいお面で・・これじゃあ、俺の完璧なる甘いマスクがはみ出て痛いじゃねえか。」「大丈夫、大丈夫、フルフェイスになってるから。」

残念なイケメンは、必死に抗議するけれどご主人さまは全く聞く耳を持っていない。残念なイケメンに買ってきた落花生の袋に付いていた鬼のお面を半ば押し付けるように渡している。

「部屋の窓は、一応全部全開にしてあるからいざとなったら飛び出して逃げるんだ。」

「できるわけねえだろ!!ここ、何階だと思ってんだ!!」

怖くもないし、センスもよくない、ただインパクトだけがありすぎる赤い鬼のお面をつけた残念なイケメンは見えないけれど鬼の形相なんではないかと思うような声を出した。おいおい、近所迷惑でしょ。そんな大声出して。そう言おうとした私の口はしかし隣りからの大きな声で停止した。

「鬼は、外!!福は、内!!!」

バチバチとどう考えても痛いような音をたててご主人さまは、節分を開始した。私はご主人さまがそんな豪腕だったとは知らなかったのでぽかんと口を開けたまま、痛い、痛い、と悲鳴をあげ逃げる残念なイケメンの背中を見ていた。ご主人さまは、楽しそうに笑うと私を見下ろしてさて、追いかけよう、と言った。

「おにはあ、そとお!!ふくはあ、うちい!!」

「いててっ、お前、葉!!ペット!お前ら、覚えておけよ!!」

リビングのベランダに飛び出した残念なイケメンに向かって私も、力いっぱい落花生を投げた。コントロールの悪い私の落花生は、バラバラとベランダの向こう夜の闇の中に消えた。果してあれは福を持ってきてくれるのだろうか。それとも、近々下の掲示板に豆まき禁止の張り紙をもたらすのだろうか。

「鬼は、外!福は、内!!うりゃ!!」

「お前!!この野郎!!」 

ご主人さまは楽しそうに落花生を持ってベランダに出て、必死に逃げる残念なイケメン赤鬼を追いかける。知らなかった、ご主人さまってドSだったんだ。いや、なんとなく片鱗は見かけたけど。 

私は、なるべく取り残されないようにしながらもう一度だけ黒い空に向かって落花生をいくつか投げた。きっと下に落ちたのだろうけどもしもそのまま真っ直ぐにどこまでも落花生が飛んでいたらどこまで行くのだろう、と考えてみた。

「退け、ペット!!いててっ!!」

「待て!!鬼は、外!!悪霊退散!!」

ベランダを通って寝室に行っていたらしい残念なイケメン赤鬼がどたばたと開けておいた扉からリビングに戻ってくる。私は、最早節分ではなくなっているその行事に参加するべきか、一瞬だけ迷った後落花生を二つほど自分の部屋であるクローゼットの中に撒き、玄関に続く廊下で繰り広げられている赤鬼討伐隊に加わった。

「悪霊、退散!!散れ、女の敵!!」

「うお、こら!ペット!!どういう意味だ!!」

「危ない!必殺・落花生爆弾!!」

シャキーン、と腕を胸の前でクロスさせてご主人さまがまるで正義のヒーローのようにポーズを決め、残念なイケメン赤鬼に向けて落花生を飛ばした。見事に残念なイケメン赤鬼のお面からはみ出た部分に当たり、残念なイケメンは今までにないくらいに痛そうな悲鳴をあげた。

「お前、よくも!!倍返し・キック!!」

「なんの!落花生ちょーっぷ!!」

やっぱりなんだかんだ言っても、男の子なんだなあ。激しくなる戦闘を見つめながら私は手の中にある袋に残っている落花生を数えていた。あまり撒いた記憶はないけれどほとんど残っていない。大半はご主人さまの手の中にある。今、落花生光線という名の光線になって残念なイケメンに目掛け飛んでいっているが。

「鬼は、外!!福はあ、うちいい!!」

「ぐぐあああ!!」

残念なイケメン赤鬼は、断末魔の叫び声を上げると開けっ放しにしていた玄関のドアをくぐって外に出た。バラバラと扉の外に落花生が散らばる。残念なイケメンは、扉の脇に逸れしばらくしてからお面を外して入ってきた。どれだけ本気で鬼をやったのか、ハアハアと荒い息を肩でしている。

「お前ら、本気でやりすぎ「鬼はそとお!!」いって!葉、お前、もう全部の部屋撒き終わって玄関から出ただろうが!!」

何の話、と首を傾げているご主人さまはまだ、豆を撒き足りないのか手にはいくつか落花生を握っている。残念なイケメンは、それを避けて通りながらリビングに向かう。

「お前らが、俺に向かって豆を雨あられと投げつけている間に俺はちゃんと全部の部屋を廻ったんだよ。」

「うまくないからね。豆と雨とかかっているけど、うまくないからね。」

「え、でも、まだ落花生はたくさんあるよ。」

「ペット、節分は豆を全部投げる行事ではありません。」

「でも、もったいないし。奏士だってまだやりたいでしょ?」

「残念なイケメンが博識ぶってるう!」

「いいや、もうやりたくない。だいたい節分は歳の数だけ豆を食う行事だからな。」

「いや、違うよ。今日は奏士の知能指数が露呈する日だよ。」

「それを言うなら、お前らの性格の悪さが露呈した日だよ。」

ご主人さまと開いている扉を閉めながら、床に落ちている落花生を拾い袋に入れていく。ご主人さまは、残念なイケメンの背中をちょっとだけ強く叩いていつもの少し高い声で笑った。私は、何も言わずに二人の会話に耳を傾けて落花生を拾っていた。


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