十月 押し倒し


 で、どうなのよ。と、残念なイケメンが興味津々な表情で尋ねてきた。とりあえず、先日買っていただいた猫の手袋でネコパンチをお見舞いしてやったが、まるで蚊でも追い払うに軽く払われてしまった。

「あいつ、昔から女っ毛がなかったから。もしかして、俺のことが好きなんじゃないかな。とかさ、思ったわけじゃん。」

「フツーはそっちに考えはいかないだろうけどな。」

もぐもぐとご主人さまのためにとっておいたチョコケーキが、どんどんとなくなっていく。この甘いもの大好きやろうめ。

「だってさあ。もう、一緒に暮らして何ヶ月目?キスくらいしてもいいんじゃないかと、俺は思うわけだよ。あ、このチョコケーキうまいね。」

「そうだな。ペット相手にそこまで真剣に心配できるお前は本当に大丈夫か心配になるよ。じゃぁ、そんなお前に安心していい話を一つ。先日、買っていただいた猫用じゃれつきボールにじゃれていて、ベッドの下にすべりこんだときに、」

「あいつ、そんなもの買ってくるの。本当、大丈夫?」

残念なイケメンは、驚いたように声を上げ、話の腰を折ると部屋の隅にあるペット用のおもちゃ箱を見た。中にはご主人さまが買ってきた猫耳やら尻尾やら、またたびボールやらがごちゃごちゃと入っている。

「んでね、ベッドの下に滑り込んだときに私は目撃してしまったんだ。・・・多量の」

「多量の・・・?」

「多量の、エロイDVDと雑誌がこんなに!!」

ばばーんっと、机の下から見つけたDVDやら、何やらを取り出して見せると一瞬だけ残念なイケメンは目を剥いてけれどすぐにあぁ!!と叫んで、手元を覗き込んできた。

「これ、全部、俺が前にあげた奴じゃねえか?」

「え、マジデ。」

「・・・・え、これが気に入ったから、取ってあるのか。それとも、俺があげたから、取ってあるのか。どうしたら、どうしたらわかる!?」

「いや、いやいや・・いや、」

がっしりと肩を掴まれ、ガクガクと揺すられバラバラと手から何ともエロティックな女性たちが落ちていく。

「おい、ペットー!!俺はこんなに真剣に、おい!!」

「いや、ムリ・・・ムリです。」

揺さぶられすぎて、ふらふらになった頭がカクカクを失ってぐらりと、体の力を抜けば、バターンとエロイDVDたちを回りに撒き散らしながら、私は床に倒れた。

「ただいま~・・・え、」

「あ、ご主人さま、おかえりなさーい!!」

「・・・え、あ、ちが、ちがう、葉!!これは、違うんだ。」

アダルトなDVDと雑誌の海の真ん中で、私はうまい具合に残念なイケメンに押し倒されている。帰宅したご主人さまは口元にいつもの笑顔を貼り付けたまま、ぴたりと停止。

何これ、何かのドラマみたーい。

「あ・・・の、うん?」

「ちがうちがうの、葉さん。違うの、誤解なの。」

慌てたように、残念なイケメンが立ち上がり多少よろけながら、ふらふらとご主人さまに駆け寄る。上にいた人がいなくなった私はまだ少しくらくらと揺れた感覚を残す身体で起き上がった。

「う・・上下がわからなくなりそう。あー・・」

「いや、あのエロ本を見てたら、何かね。」

「あぁ、ムラムラしちゃった?」

「うん、そう。で、同じシチュエーションでやろうと思って・・・違う!!」

「・・・よくもまあ、人のペットに。」

ご主人さまは呆れたような表情で、残念なイケメンを睨むように見つめ、散らばってしまったDVDやらを集める私の頭をよしよしと大きくて優しい手で撫でた。

「ご主人さま、おかえりなさーい。」

「うん、ただいま。大丈夫?」

「はい。少々、頭はくらくらしていますが。」

「おいおい、何で俺一人が悪いみたいな話になってんだ!!」

いつもと同じ優しくて寂しげな瞳がぼんやりと私を見つめるから、私は見透かされそうな心地の悪さから顔を背けた。正直、見つめられるのは誰であっても苦手だ。

「・・・ごめんね、遅くなっちゃって。」

「いえいえ、残念なイケメンと友好を深められたので、大丈夫。」

「お前も、そーいう変なこと言うな!!」

ご主人さまは、窮屈そうに折り曲げていた長い足を、伸ばして立ち上がった。私は、まだ立ち上がれなくて立ち上がる理由もなくて座ったまま、机の上にある食べかけのチョコケーキを見つめた。

「あぁ、そういえば、今日ここに女の人が入ってきました。」

「え?」「何!?」

一つに集めたDVDと雑誌を机の上に置いて、私はご主人さまに報告する。

「ベッドの上でごろごろとしていたところ、不意にピンポーンとインターホンが鳴りまして。おっと、誰だろう、とリビングに出るとあぁ、やっぱり仕事中ね。という声と共にガチャリと鍵の開く音がして、私はとっさに大慌てでクローゼットの奥にある自分の部屋に引っ込みました。」

「え?何、お前、部屋あんの?しかも、クローゼットの奥?」

様々なことに驚いて目をパチクリしている残念なイケメンとは、対照的にご主人さまの表情は何か色を失ったように無表情だ。

「すると、女の人は静かに慣れた足取りで部屋に入り、掃除やら何やらをして、洗濯をして、そのチョコレートケーキとビーフシチューを作っていなくなりました。」

「ええ!?これ、お前が作ったんじゃないの?」

違うよ、と答えると残念なイケメンは口を押さえてケーキを見て、ご主人さまを見るけれど、相変わらず無表情なご主人さまは真剣な顔をして、

「その間、ずっと、隠れていたの?」

「はい。しゅらばーになると困るので。私、修羅場が嫌なので。」

そう答えるとご主人さまは、じっと私を見つめた。切れ長の瞳の奥に秘められた感情を私は読み取ることができないし、したくなかった。ただ、今からご主人さまが恋人の元に走り出してしまうことは絶対にないと確信めいた何かが胸の中でどす黒く渦巻いているのを目の前のご主人さまと同じくらい無表情で感じていた。


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