第43話 ネフェリウス本戦(後編)

 漁船が徐々にネフェリウスに近づいて行く。砲弾の雨が一時的に止まる。

 ネフェリウスに近づけば近づくほど、威圧感を感じた。ネフェリウスの大きな口は滝のようだった。


 茨姫が船を滑らせるように、漁船をターンさせた。

 遊太は時の魚が入った網を船から切り離す。時の魚の入った網は流れて行き、ネフェリウスの口に落ちる。


 茨姫が推進器で加速して、ネフェリウスから一気に距離を取る。

「よし、うまく行きました。ネフェリウスの特殊攻撃回避です」


 漁船が充分に離れると、砲弾の攻撃が開始される。

 茨姫はそのまま円の外に出ようとする。


 黒塗りの艦から、光の点滅の合図が来た。

「おや、何だろう? 何かの指示か?」


「わかりません。でも、行ってみましょう」

 艦に近づくと、念が飛んで来る。


「そこの漁船、海底探査装置を積んでないか? 積んでいたら、ライトで合図してくれ」


 茨姫が操舵室の上にあるライトを点けて合図を送る。

 再び念が飛んで来る。


「よし、なら、時の魚は釣らなくていい。潜水要員を乗せてくれ」

 遊太は大きく手で丸を作って、合図する。


 艦から潜水スーツと足ヒレをつけた三人が下りてくる。うち一人は、大木戸だった。


 茨姫が戦闘海域から離れる。どうにか大声なら会話できる場所まで来る。

「潜水帽子と潜水タンクがないが、大丈夫なのか?」


 大木戸は真剣な顔をして、大声で答える。

「あっても、海底四百mでは役に立たない。魔法薬は水中呼吸のほかに耐水圧の効果もあるから、大丈夫だ。昨日、他の団員が試した」


「俺は海に潜れないが、何か手伝える作業は、あるか?」

「わからない。これから訪れる段階は未知の領域だ。予備要員がいないと不安だ。状況を見て、臨機応変に対応してくれ」


「臨機応変か。あまり得意ではないが、やってみるよ」

 戦闘職も漁師も良く戦っていた。義経の指示も良かった。


 それでも、事故は避けられず、二度、時間停止を喰らい、二隻が沈む。

(善戦はしているが、だが、不安だ)


「これは、行けるのか?」

 大木戸が意気込んで返事をする。


「前回よりもいい流れだ。行けるかもしれない。希望はある」

 黒塗りの艦から黄色い花火が上がる。


「よし、合図だ。俺が海底探査装置を見る。見つけたら、最初は三人で引き上げに行く。次からは、何人でやるかは、一個を引き上げてから決める」


 大木戸が海底探査装置を見て、茨姫が船を操縦する。

 五分で大木戸が声を上げる。


「反応があった。宝箱だ。各自、魔法薬を飲み、潜水用意」

 大木戸の合図で、潜水要員が魔法薬を飲んで海底へと潜る。


 砲撃してもダメージが入りにくいのがわかっているので、砲撃が止む。

海が少し静かになった。


「海底の宝箱から一発で解放された時の砂時計が出るといいんだがな」

 茨姫は真面目な顔で返す。


「出なくても、お宝が入っているとの情報なんで、興味がありますね」

 七分ほどで宝箱が浮いてきた。


 浮いてきた宝箱は容積が八十ℓの直方体の箱だった。

 三人が浮上して来る。潜水要員の一人が宝箱を開ける。


 中から、ビニール・パックに入った折り畳まれた図面が出てくる。

 潜水要員の一人が声を上げる。


「当りだ! 潜水艇の図面だ」

 大木戸は厳しい顔で宥める。


「待て。落ちつけ。目的は、解放された時の砂時計だ」

 大木戸は遊太に図面を渡した。


「こいつはあとで、義経に送ってくれ」

 遊太は図面を受け取ると、操舵室に保管しておいた。


「次だ。次を引き上げるぞ」

 二個目の宝箱を探すが、反応がなかなかない。


 大木戸が険しい顔で茨姫に頼む。

「ネフェリウスから離れると出ないのかもしれない。危険だが、もっとネフェリウスに船を寄せてくれ」


 茨姫が渋い顔で否定的な意見を述べる。

「でも、そうしたら、船が沈む危険性があります」


(俺の船を気遣ってくれているのか? でも、ここは、勝利が大事だ)

 遊太は決断した。


「いいから、行ってくれ。大木戸さんの指示に従うんだ」

 茨姫が真剣な顔で決断した。


「遊太さんがいいなら、行きます」

 軍艦の輪に近づくと、大木戸が声を上げる。


「反応があった。急ぎ、引き上げるぞ」

 三人が海底に行く。軍艦の円の付近では、五艘の漁船が危険も顧みずに宝箱を探していた。


 ネフェリウスの鼻が伸びて唸り、軍艦を叩く。近くにいた漁船が巻き添えを食らって、粉々に吹き飛んだ。


 幸い遊太の漁船とネフェリウスの距離は三百mあった。

「ネフェリウスの近くに宝箱がよく出るのかもしれないが、近づくと危険だな」


 ネフェリウスの付近を見ていると、何かが光っていた。

 操舵室から双眼鏡を出して覗くと、光る宝箱だった。


「何か意味ありげな宝箱が浮いたな。でも、宝箱を開ける潜水要員がいないぞ」

 茨姫がはらはらした顔で推測する。


「まさか、さっきのネフェリウスの攻撃に巻き込まれて、死んだんじゃ?」

「あり得るな。でも、あの位置だと、ネフェリウスが口を開けたら、宝箱が飲み込まれる」


 茨姫が緊迫した顔付きで指示を仰ぐ。

「どうします? 回収しますか? それとも、大木戸さんの指示を待ちますか?」


「近くまで行ってくれ。そしたら、おれが宝箱に釣り針を引っ掛けて引き寄せる」

「その作戦で行きましょう」


 茨姫がネフェリウス目掛けて船を進める。

 宝箱から三十m手前でターンする。遊太は釣り竿を振って、宝箱に針を引っ掛けた。


「よし。行けた」と安心したところで、ネフェリウスの鼻が動いた。

「加速だ。離脱しろ!」と大声で叫ぶ。


 推進器から大量の水流が吐き出され、船が急加速する。

 漁船にネフェリウスの鼻が迫る。


 ばさんと音がして、ネフェリウスの鼻が海面を叩いた。

 あまりの勢いに、直撃を避けた漁船だが、浮きそうになる。大量に海水が降ってきた。


 宝箱はどこだと探す。宝箱は上下が逆になり、五m先の海面に浮いていた。

 急いでリールを巻く。宝箱を引き寄せて蓋を開ける。


 中には、黄金に輝く五分計が入っていた。取り出して、砂時計を引っくり返す。

 辺りに光が満ち溢れる。


 ネフェリウスが苦しみ、暴れ出す。あまりの暴れように付近に波が発生する。

 茨姫は見事に操船して波を乗り切った。茨姫はそのまま、戦闘水域を離れる。


 そこから、ネフェリウスが激しく暴れ出した。

 ネフェリウスの猛攻の前に、あわや艦が横転するかと冷や冷やした。


 だが、艦に乗っている人間は操船技術が抜群に上手く、横転を回避する。

 砂時計から全ての砂が落ち切って、閃光とともに消えた。


 黒塗りの艦から、白い花火が二十発以上、上がった。

 今まで攻撃を控えていた艦が、一斉に砲撃を開始する。


 砲撃にネフェリウスは苦しんでいた。

 遊太は最後の段階で時の魚が必要になる事態を警戒して、釣り糸を垂れる。


 釣りをしながら、横目で決戦の行方を見守る。

 砲撃は激しいが、ネフェリウスも鼻を振り回し、雷、炎の雨、氷の塊を艦に降らせる。


(きわどい戦いになったな)

 ネフェリウスが咆哮を上げた。曇っていた空が大きく光った。


 気が付いた時には、女神像の前だった。

 見渡せば、ネフェリウスに殺されたのか、大勢のプレイヤーが転移してくる。

「まさか、最後の、最後で失敗か?」

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