第42話 ネフェリウス本戦(前編)

 四回目のネフェリウス戦の当日、マンサーナ島の港に行く。

 茨姫はきちんとやってきた。茨姫が明るい顔で訊く。


「遊太さん、今日はネフェリウスの影は、どうします?」

「黄金鰹が手に入らなかったから、ネフェリウスとの戦いに行くよ」


「わかりました。なら、経験者の私が漁船に乗って、指示を出しますね」

(ここは、素直に従うか。ネフェリウスとの戦いは、初めてだしな)


「よろしく頼むよ。それで、まず、何をする?」

 茨姫が気分もよさ気な表情で提案する。


「まず、魚市場で餌を買いましょう」

「餌は釣るものだから、購入には抵抗があるな」


「いいんですよ。必要な魚は二十尾ですし、準備時間の短縮です」

 初参加なので遊太は素直に茨姫の指示に従った。


 マンサーナの魚市場で、二十尾の鰯を購入する。

 港に戻ると、料理屋の屋台が出ていた。


 茨姫は操船技術が上がる恩恵効果のある蟹飯を食べる。

 遊太は、釣りやすさが上がる鮪ステーキを食べておく。


 港で海賊の団員が叫ぶ。

「よし、ネフェリウスを呼び出すぞ。時の魚を釣る準備だ。漁師は来てくれ」


 三十人の漁師と一緒に、海賊に従いて行く。海賊は以前に遊太が侵入した建物の前に来る。


 正面から建物に入ると、地下へ続く螺旋階段があった。螺旋階段は三人が横に並んで進める幅があった。


 壁にはぼんやりと輝く魔法の明かりが等間隔である。下りるのに支障はない。

 階段を下りること十五分。右に祭壇がある地底湖のような場所に出た。地底湖の大きさは広さが直径二百mあり、先に大きな直径八十mの特殊転移門があった。


 地底湖には桟橋があり船を出せるスペースがあった。また、桟橋の近くには爆雷が用意されていた。


 海賊が祭壇の箱に、時の金貨を詰める。

 祭壇の上にあった象の顔が輝くと、地底湖の特殊転移門が輝いた。


 海賊が真剣な顔付きで指示を出す。

「漁師は漁船を出して、荷台に爆雷を積んでくれ。爆雷を積んだら、特殊転移門を潜ってネフェリウス戦ステージに進入だ」


 指示に従い漁師が漁船を出す。協力して爆雷を荷台に積む。

 爆雷を四個積んだ漁船から、転移門に向かって進んでいく。


 漁船が特殊転移門に近づくと、消えた。

「船ごと転移させる巨大な特殊転移門か。初めて見るな」


 茨姫が機嫌よく解説する。

「ここは、八十五m級の軍艦は出せません。ですが、六十五m級の軍艦までなら出せて、特殊転移門も潜れるんです」


(特殊な海戦ステージか。どんな海なんだろう?)

「主力は六十五m級の軍艦になるんだな」


 遊太の番が来たので、漁船を出して、荷台に爆雷を四つ積む。

 操縦は茨姫に頼んだ。漁船がゆっくりと特殊転移門に向かう。


 特殊転移門の前まで来る。眼前の特殊転移門が輝いた。

 漁船はいつのまにか、暗い海の上にいた。海には風はなく、波も一mしかない。


 空を見上げれば天井はなく、どんよりとした空が広がっている。どこかの海に転移したようだった。


 茨姫が穏やかな顔で教えてくれた。

「ここは、大きな内海なんです。広さは約三千㎢。しばらく船を走らせると陸地が見えます」


「大きな内海だな」

「でも、陸地に上がると、強制的に転移させられるので、上陸はしないでください」


「わかった。それで、時の魚を釣り始めて、いいのか?」

「いいえ、指揮官の合図を待ってください」


 遊太は針に鰯を付けて待つ。

 ほどなくして、六十五m級の軍艦九隻が入ってくる。


 軍艦は五百mずつ間隔を空けて、円を描くように配置に着く。陣形が完成すると、艦は動きを止める。


(かなり、密集した隊形で戦うんだな。あの円の中にネフェリウスを誘き出して戦う気だな)


 黒塗りの艦からは、青い花火が上がる。

 茨姫が威勢よく号令を懸ける。


「合図です。釣りを始めてください」

「しまった。昨日まで海底で宝箱探しをしていたから、魚群探査装置じゃなく、海底探査装置を積んできた」


「関係ないですよ。どのみち、時の魚はネフェリウスの影と同様に魚群探知機に映らないんです。この場所ではカモメも出ません」


「勘を頼りに釣るしかないのか」

 茨姫は誇らしげに、遊太を鼓舞した。


「そうです。でも、遊太さんなら、やれます。きっと、できますよ」

(やれやれ。随分と高い評価を受けたものだ)


「とりあえず、やるか」

 竿を振って当りを待つ。こっちにいそうだと思う方向に指示を出した。


 他の漁船には当たりが来る。だが、遊太には当たりが来なかった。

 二十分、三十分と経つが、いっこうに当りは来ない


(何か、他の船に釣れて、こっちが釣れないとなると、癪だな)

 空に赤い花火が上がる。


(何だ? 何かの合図か?)

 茨姫の表情が真剣になる。


「ネフェリウスが海底に出現した合図です。魚が掛かっていない船は爆雷で攻撃です」


 茨姫は漁船を走らせる。向かった先は、軍艦が描く円の中央だった。

 円の中央で減速する。海底には大きな影があった。


 茨姫が緊迫した顔で急かした。

「ここです、早く! 爆雷を二個、投下してください」


 言われるがままに爆雷を投下する。

 二個目を投下すると、茨姫は猛スピードで海域を離脱する。


 漁船はそのまま軍艦の作る円の外に出る。ざぱんと大きな音がする。

 振り返れば、縦横八十mはある緑色の象の顔が海面に浮き出ていた。


「あれが、ネフェリウスか。ネフェリウスって、象の顔なんだな」

 砲撃が開始される。ネフェリウスは鼻を使い放水する。


 放水の勢いは強く、近距離で放水を浴びた軍艦が傾いて沈みそうになる。

 軍艦はそれでも何とかえて、砲撃を続ける。


 近くにいた艦も、支援すべく砲撃を続ける。

 どぼんと、大きな音がして、ネフェリウスが海中に沈む。


 再び赤い花火が上がった。

 茨姫が叫んで指示を出す。


「もう一度、爆雷攻撃をしに行きます。残りの爆雷を投下です」

「わかった。行ってくれ。問題ない」


 茨姫はネフェリウスの真上に目掛けて、漁船を走らせる。減速に合わせて、爆雷を投下した。


 爆雷投下が終わると、猛スピードで加速してネフェリウスの上を通りすぎる。

 浮上してくるネフェリウスとぶつかりそうになった。だが、加速された漁船はネフェリウスの頭上を通り過ぎる。


 後方ではタイミングを逸した漁船が、ネフェリウスと衝突して沈んだ。

「タイミングがシビアだな。ちょっと間違えると海の藻屑か」


 茨姫が真剣な顔で教えてくれた。

「そうです。でも、ネフェリウスが沈んだら、数個でいいから爆雷を当てないと、浮上して来ないんです」


「爆雷を使い果たした、この船はどうするんだ?」

「釣ってください。時の魚が必要です」


 漁船は軍艦の描く円の外に出た。戦闘水域から距離を空けて、釣り糸を垂れる。

 円の中央では戦闘が行われていた。


 横目で見ていると、ネフェリウスが大きく口を開けていく。

 リズミカルな音楽が流れる。


 装備していた深海のリングがちくちく痛んだ。

「これが、深海のリングなしで聞くと操られる、怪音波か?」


「船を操縦する人間が操られると、船は沈むか、衝突させられます」

 漁船が一艘、口を開けるネフェリウスに突撃していく。


「操られたのか? 漁船がネフェリウスの口に飛び込むぞ」

 茨姫は落ち着いた様子で解説する。


「違います。時の魚を食わせに行ったんです」

 漁船の動きを見ていると。ネフェリウスの口の辺りを、ぎりぎりで通り過ぎる。


「あれは、下手すると口に突っ込むな」

 茨姫が冴えない顔で注意する。


「口に突っ込むと、死亡です。ネフェリウス戦が終わるまで、復帰できません」

「皆、こんなギリギリの戦いをしてきたの?」


「そうですよ。ネフェリウス戦って、漁師の動きが大事なんですよ」

 糸がぴんと張られた。当りが来た。引きはそこそこ強かった。


「来たか。これは三mサイズだな」

 遊太は巻き上げ機に糸を掛ける。


 巻き上げ機で糸を巻いたり、緩めたりをして、時の魚と苦闘する。

 魚との格闘の間も砲撃戦は続いていた。一瞬、体が動かなくなった。


 うん、と思っていると、ごーんと音がしする。

 音のした方向を見る。艦の一隻が沈み、一隻が横転していた。


「何だ? 何が起きたんだ? 一瞬だけ体が固まったけど」

 茨姫が無念を滲ませて説明する。


「ネフェリウスの時間停止です。漁師が時の魚を食わせるのに失敗しました」

「漁師が失敗すると、艦が沈んだり、横転させられたりするのか?」


 茨姫は厳しい顔で断言する。

「高確率で、しますね」


「漁師の責任が重大だな」

 遊太は時の魚を引き寄せ、銛を撃込んで大人しくさせる。


 時の魚は黒カジキにそっくりな魚だった。

 引き寄せた時の魚の全長は、予想通り三mだった。時の魚は網に捕えておいた。


(三mか。探すのさえできれば、仕留めるのは、難しくない。ネフェリウスの影が異常に難しかっただけなのかもしれないけど)


 軍艦から、ちかちかと光で合図が来た。

「あれは何? 何の合図」


「時の魚を持っていたら、ネフェリウスに喰わせるようにとの、指示です」

「よし、ちょっと怖いけど、行ってみるか」

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