第40話 ネフェリウスの影

 ログインして、マンサーナ島の港に行く。

 ネフェリウス戦一時間前にプレイヤーが港に集まってくる。


 義経の募集も三回目になる。

 最初から戦いに参加しているプレイヤーが、初参加のプレイヤーに簡単に流れを説明していた。


 漁師の姿をしたプレイヤーも二十人ばかり参加していた。

(義経の参加は白頭の鷲の募集と違って、参加できる条件が緩い。人が集まりやすい反面、装備やスキルにばらつきがあるのが欠点だな)


 黄金鰹を用意して船を準備していると、港に遊太の他に漁船が二艘出ていた。

 他にも、海賊の小型艇が十艘も出ていた。


 小型艇に乗る義経の姿もあった。

「義経さんはネフェリウスの影との戦いの見学か? 本隊で指揮を執らなくて、いいのか?」


 義経は真面目な顔で説明した。

「今回はわけが違う。どこかの馬鹿が宝を奪いに来るかもしれない。俺たちは護衛だ」


「護衛はありがたい。俺には戦闘力がない。時の切手を手に入れても、目の前で奪われたら、取り返す方法がない」


「連れて行く漁船二艘にも、ネフェリウスの影に挑戦させる。何ごとも経験だからな」


「わかった。手柄を取られないように気を付けるよ。ネフェリウスの影は俺が釣る」

 念をやりとりする装置を耳の後ろに着ける。


 同じ装置を、茨姫にも渡した。

「これを装着してくれ。これがあれば、船を全速前進にしていても会話できる」


 茨姫も真剣な顔で確認してくる。

「ネフェリウスの影との戦い方はどうするんですか?」


「基本は俺がメインで闘う。黄金鰹で誘き出す。俺が銛を打ち込む。打ち込んだら交替だ。そこから俺が漁船を操縦して、ネフェリウスの影がくたばるまで、漁船で引き回す」


 茨姫は気負って確認してくる。

「私の役は銛を打ち込んだあと、ネフェリウスの影との距離や位置を報告する係ですね」


「そうだ。特にあのジャンプには警戒してくれ。シャチのジャンプしての体当たりが漁船に決まったら、漁船は確実に木っ端微塵だ」


「わかっています。ジャンプを喰らったら、負けです」

 説明が終わると、風が止み、波が不自然に穏やかになった。


 時刻を確認する、とネフェリウスを呼び出す時間だった。

「時間だ。行こう。戦いの時だ」


「行きましょう。勝って港に帰ってきましょう」

 漁船三艘を先頭に海に出港する。


 固まって探しても時間の無駄なので、手分けしてネフェリウスの影を探す。

 十分、十五分と緊張した時間が流れる。海は異常に静かで魚の気配がしない。


 義経が乗る小型艇がやってくる。義経が緊迫した顔で告げる。

「仲間がシャチを見つけた。ネフェリウスの影だ。先導するから、急いで現場に来てくれ」


「すぐに行く、逃してなるものか」

 義経に先導してもらい海を走る。


 二十分掛けて現場海域に到着した時には漁船の残骸が浮かんでいた。

 現場には三艘の小型艇がいた。前から現場にいた小型艇の操縦者が声を上げる。


「義経さん。シャチに漁船が一艘やられた。一瞬だった」

 義経は真剣な顔で海賊の団員に訊く。


「それで、ネフェリウスの影ことシャチはどこに行った?」

 団員が申し訳なさそうな顔で詫びる


「わかりません。すぐに海中に潜って、見えなくなりました」

 義経は渋い顔をした。


「何だ、見失ったのか?」

 遊太には近くにシャチがいる予感がした。


「いや、奴はまだ近くにいる。俺が黄金鰹で誘き出して、捕獲する」

「わかった。やってみてくれ」


 再び海中に黄金鰹が付いた針を垂らす。

 茨姫が漁船を走らせる。


 遊太はゆっくりと綱を延ばして、黄金鰹がさも生きているように泳がせた。

 何かがゆっくりと漁船に近寄ってくる気配がした。


 綱を伸ばすと、竿が物凄い強い力で引っ張られる。遊太は竿を離した。

 竿が海中に引きずれ込まれた。同時に大きな黒いシャチが跳ねた。


 遊太はすかさず、銛を掴んで、銛を発射した。

 銛は見事にシャチの顔に命中した。


「茨姫、交代だ」

 急ぎ操舵室に行って、船を操縦する。


 茨姫の叫びが聞こえた。

「遊太さん、逃げて! シャチが、また跳ねる!」


 シャチとの距離が近い。遊太は推進器で船を一気に加速させた。

 後方でドボンと大きな音がした。船体に海水がびしゃびしゃと当る音がする。


(よし、跳ねるタイミングを見計らって推進器で加速すれば、ジャンプを躱せる)

 茨姫が緊張した声で報告する。


「遊太さん、シャチが左から体を擦りつけてくる」

 全力で漁船を走らせながら、舵を左に切ってやり過ごす。


「今度は右から」

 舵を右に切ってやり過す。


(よし、行ける。この船ならシャチに負けない性能がある)

「シャチが反転、船を引っ張るつもりです」


 銛が刺さった状態で綱引き状態になれば、船が転覆する。

 力に逆らわず船を反転させる。


 シャチに緩やかに船を引っ張らせる。

 いいだけ船を引っ張らせた。


 シャチは海中に潜った、船が海中に引き込まれそうになる。

 推進器で出力を上げて耐える。


「真下から突き上げが来ます」

 急いでシャチの進路から船を逸らす。


「ジャンプを喰らっても終わり。突き上げられても終わり。船体に体をぶつけられても終わり。これは、なかなかスリルがあるぞ」


 シャチは様々な方法で船を沈めようとした。

 茨姫からシャチの動きを逐一聞き、遊太は冷静に対処する。


 そのうち、シャチが怒ったのか、動きが荒くなった。

 荒いシャチの動きは速いものの、精彩さを欠く。


 冷静な遊太にとって好都合だった。

 その内、シャチから力が徐々に失われていくのを感じた。


 漁船がシャチを引っ張る状況も出てくる。

(シャチが疲れてきたな。勢いがなくなってきたぞ)


 それでも、遊太は油断しなかった。いくらシャチを弱らせても、シャチは一撃で漁船を沈められる。シャチは千回の行動に失敗してもいい。だが、遊太は一回でも失敗すれば負ける。


 遊太は汗を流しながら。シャチの体力を奪うために引っ張り回す。

 茨姫から緊張した声で報告が上がった。


「遊太さん、シャチが動かなくなりました」

 船を走らせる速度を、ゆっくりにした。


 死んだ振りを警戒して、推進器をいつでも使えるようにしておいた。

 茨姫と船の操縦を交代する。慎重に銛に近づき、銛に繋がるロープを巻いた。


 浮いたシャチの体が、引き寄せられる。

 完全に引き寄せられると、シャチは光る宝箱に変わった。


(やはり、シャチはネフェリウスの影だったのか)

 宝箱を開けた。


 中にはビニール・パックに入った、一辺が三㎝の切手が四枚あった。

「出た、時の切手か!」


 顔を上げると、十艘の小型艇が集まって来ていた。

 義経がいたので、ビニール・パックごと渡す。


「ほら、出てきたよ。何か、切手みたいなのだ」

 義経は真顔で切手シートを受け取る。一枚だけ切手を外して、遊太に渡した。


「俺は三枚あればいいから、一枚やるよ」

 断ってリーネで貰っても良かった。だが、振り返れば宝箱は消え、シャチとの激闘の記録は何もなかったかのようになっている。


 遊太はシャチの激闘の記念品として一枚、時の切手を受け取った。 

 失くさないように財布に仕舞い、胸ポケットに入れた。


 疲労感が襲ってきた。時計を確認すると、二時間以上もシャチと戦っていた。

「すまない、疲れた。操縦を頼む」


 茨姫に漁船の操縦を頼んだ。

 遊太と義経一行はマンサーナ島に帰る。


 疲れたので、倉庫屋に時の切手を預けてログアウトした。

 遊太は一眠りすると、二十一時に目が覚める。


 攻略掲示板を見る。ネフェリウス討伐に関して書き込みがあった。

 三回目の募集でついに、ネフェリウスの体力を残り三割まで減らした、とあった。

ただ、三割まで減るとネフェリウスは急激に体力が減らなくなる。なので、新たなギミックの可能性が示唆されていた。


 ネフェリウスの影については、まだ情報が載っていなかった。

(まるで、ネフェリウスの影との戦いが、なかったかのようだ)

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