第38話 義経との賭け
翌日、ログインする。
茨姫から「今日は体調が悪いので、休みます」とメールが来ていた。
一人になった遊太はヴィーノの街に飛んで、道具屋に行く。
「秘密の相談がある。今の装備だと物足りなくなった。もっと良い装備が欲しい」
道具屋の主人は笑って指摘する
「対人戦に目覚めた戦闘職のようなセリフですね。でも、遊太さんの魚船で使っている品っは充分に良い品ですよ。あれなら、三mの白いカジキも、四mのヨシキリ鮫もいける」
「それじゃ、駄目だ。六m。いや、七mのシャチを仕留めたい」
主人は面食らった。
「六m。漁船が十二mでしょう。漁船の半分以上もあるシャチを相手にするんですか?」
「そうだ。今の装備だと六mクラスには通用しない」
主人の表情は冴えず、否定的だった。
「マンサーナ島にシャチはいないし、セレーツア島でも滅多に見られないですよ」
「いいから、売ってくれ。もっと良い、魔法の竿、銛、巻き上げ機を」
主人は困った顔をする。
「そんな品はないな。特注品かな? でも、そうなると、三ヶ月は見てほしいな」
「あるよ。お望みの品。ただし、中古だけどね」
声のするほうを見ると、店には滅多に出ない老主人がいた。
「なんだ、あるんだ。どんな品だ」
老主人が昔を懐かしむ顔で言葉を続ける。
「昔、とある漁師が機械技師と魔道士に作らせた特注品の銛だよ。性能は保障する」
「すぐ、使えるんだろうな」
「メンテナンスはしてある。でも価格は相応に高いよ」
「竿と巻き上げ機は、ないのか?」
老主人は微笑を湛えて教えてくれた。
「六mともなれば、竿も巻き上げ機も無駄さ。通用する武器は銛だけ。銛を打ち込んで相手を弱らせて捕獲するのさ」
「そんで、その素晴らしい銛はいくらなんだ? 金額を知りたい」
老主人が告げた金額は、遊太の有り金全部より多かった。
(倉庫の品を売れば、買えるな)
「なるほど、高いな。でも、金額に見合う価値のある品なのかい?」
老主人は頷きながら優しい顔で過去を語る。
「昔、負けず嫌いの漁師がいた。その漁師が、どうしても七mのシャチを捕獲したくて作った銛だ」
「それで、その漁師は、七mのシャチに勝てたのかい?」
老主人はにこにこしながら語る。
「もちろん、勝ったさ。だから、勧めている。買うか、買わないかは、考えてくれていい」
「いや、買おう。誰かが買いに来るかもしれない。手付金を払っていく。残金は少し待ってくれ」
「手付金を入れてくれるならいいよ。誰にも売らないで取って置くよ」
遊太は道具屋を出る。
倉庫屋に寄るって、賢者の石の小さな欠片と魔法のワインを取り出す。
オークション会場に行って、品物を見せて係員に話す。
「魔法のワインと賢者の石の欠片を売りたい。すぐに売れる価格はいくらくらいですか?」
係員が思案顔で相場を教えてくれる
「魔法のワインが四十万リーネ。賢者の石の欠片が六十万リーネかな」
(少し安いが、百万リーネあれば銛が買えるな。充分だ)
遊太は係員の助言に従って、魔法のワインと小さな賢者の石の欠片を出品する。
売れるのが待つ間に、オーエンの店に行く。
「深海のリングは、いつになりそうだ?」
オーエンが冴えない顔で告知する。
「まだ、掛かるそうだ。それと、残念な知らせがある。ネフェリウス戦だが、次か、その次が終わったら、しばらくないぞ」
「何かあったのか?」
「ネフェリウス戦を始めるのに、時の金貨が千枚必要だ」
「そういえば、そうだった。時の金貨が大量に要るんだった」
オーエンが冷静な顔で説明する。
「義経の手持ちは四千枚だって話だ。義経は、もう二回も失敗している。あと、時の金貨は、手持ちが二千枚しかない」
(そうか、呼び出すのもタダではないから、止むなしか)
「宝箱から出るといっても、そんなに頻繁に出る品でもないし、出ても、一枚、二枚だからな」
オーエンが厳しい顔で頷く。
「市場に出ている時の金貨は白頭の鷲が買い占めて、すでに使った。倉庫に眠らせているプレイヤーはいるかもしれない」
「まだ持っているプレイヤーは、使い道が判明した以上、値上がりを待つ、か?」
オーエンは知的な顔で静かに語る。
「そう。つまり、あと、二回を逃すと、しばらくは挑戦できない。だが、深海の指輪が間に合うかどうか不明だ」
「わかった。俺は今できる計画を実行する」
オーエンの店を出て、オークション会場に行く。
品物がすでに売れていたので手数料を引いた額を貰った。
金を持って道具屋に行く。道具屋にはフードを
男は老主人と話していたが、遊太が店に入ると、会話を止めた。
「噂をすれば」と男が口にしてフードを外す。男は義経だった。
義経がフランクな態度で頼んできた。
「久しぶり、遊太くん。ちょっとお願いがあって、やって来た。お宅が買う予定になっていた銛、俺に売ってくれ」
「海賊が漁船の装備を持っても、使い道が限られる。俺が使ったほうが有意義だ」
「お宅は、あの装備の価値をわかっていない」
「わかっているさ。ネフェリウスの影を仕留めて宝箱を頂くのには必要だ」
義経はおどけて態度で茶化す。
「あら、まあ、知っていたのか。お耳が早いことで。なら、俺が欲しがる訳がわかるだろう」
「ネフェリウスの影が出す宝箱からは、時の切手が出るかもしれない。時の切手が出なくても、ネフェリウス攻略に必要な品が出るかもしれないから、だろう」
義経は友達にものでも頼むかのように頼む。
「本当に頭の回転が早くて、助かるよ。なら、ここは譲ってくれ」
「ネフェリウスの影は俺が釣る。漁師として釣ってみたい」
義経は幾分か不機嫌な態度で語る。
「未知のモンスターに挑戦したい、だって? 白頭の鷲みたいなセリフを言ってくれちゃって。そういうのは、賢いって評価できないな」
「義経さんはもうここまで来るまでに、だいぶリーネを使ったんだろう。だから後には引けない」
義経はさして気にした様子もなく打ち明ける。
「そら、使ったさ。四億リーネは行ったかもしれない。でも、それもこれも、時の切手が欲しいからさ」
「なら、俺がネフェリウスの影から宝箱を出すから、買い取ってくれ」
義経は物腰柔らかに交渉を進める。
「お宅の船が立派なのは認める。だが、釣りの腕はわからない。六mは釣った経験がないだろう」
「ないから、挑戦する。誰にだって最初はある」
義経は渋い顔で否定的な意見を口にする。
「その最初とやらは、ネフェリウスの影で試すのではなく、他で試して欲しいね」
ここで黙っていた老主人が、穏やかな表情で、おもむろに口を出す。
「わかった。なら、こうするのは、どうだ? どの道、ネフェリウスの影を釣るには餌となる黄金鰹が必要だ。なら、黄金鰹を釣ったほうが銛を手にする、って条件は」
(鰹釣り勝負なら、逃げるわけにはいかない)
「釣りで勝負なら、いい。でも、黄金鰹が出現する確率は、五万尾に一尾。勝負が着くかな?」
義経は軽い調子で、話に乗る。
「大丈夫だ。村上の大将は、マンサーナ沖を鰹祭りにするアイテムを持っている。白頭の鷲からお詫びで貰ったアイテムだ。それを使ってもらおう」
「鰹祭りの開催。それなら、いいだろう。一般の漁師でも参加できるから、上手く行けば黄金鰹が二尾、上手く行けば、三尾は揚がる」
老主人が満足気に頷く。
「決まりだな。鰹祭りの当日に黄金鰹を先に持って港に来たほうが銛を手にする。儂はマンサーナの港で待っているぞ」
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