第37話 白頭の鷲対ネフェリウス

 三日後、天気は晴れ、海は穏やかだった。白頭の鷲がネフェリウスに挑む日が来た。


 レジェンド・モンスターの討伐に定評のある白頭の鷲がどこまでやれるか他のクランやプロ・プレイヤーは注目していた。


 港には、二百人からなる白頭の鷲の団員が集結する。

 遊太と茨姫は海から港の光景を見ていた。


 茨姫がちょいとばかり悲しげな顔をする。

「やる気ですね、白頭の鷲。でも、ここで討伐されたら、ちょっと悔しい」


「討伐された時は悔しがろう。それよりも俺たちは、漁船の監視だ。黄金鰹を餌に誰かがネフェリウスの影を釣るはずだ。現場を見学しよう」

「でも、この広い海で見つかりますかね?」


「海は広い。だが、ネフェリウスが出る間、一般の漁師は魚が釣れないことを知っているから、海には出ない。海にいるプレイヤーはネフェリウスの影がいるのを知っている奴だ」


「海に出て行く漁船を見張れば、目当ての漁船が見つけられるわけですね」

 しばらくすると、港から白頭の鷲の団員が消える。


 もう少し待つと、白頭の鷲の紋章を付けた漁船が一艘、港に出現した。

 茨姫が色めき立つ。


「出ました、遊太さん。怪しい漁船です」

「よし、こっそり後をけよう」


 白頭の鷲の漁船は海を彷徨さまよう。漁船には三人が乗っていた

 遊太は船を操縦しながら、遠くから監視する。


 監視対象の漁船は目的地がはっきりしていない様子で、ふらふらと海上を走る。

 望遠鏡を覗きながら、茨姫が愚痴る。


「どこに行きたいのか、まるでわかりませんね」

「ネフェリウスの影は魚群探知機に映らない、との情報だ。白頭の鷲もどうしていいかわからないんだろう」


 茨姫が晴天の海を見上げて語る。

「それにしても、静かな海ですね」


「ネフェリウス出現中はいつもこうだよ」

「そうですか。なら、出るかもしれませんね」


 遊太は何かが遠くからやって来る気配を感じた。

「操縦を代わってくれ。何かが来る」


「わかりました。操縦は任せてください」

 遊太は操舵室から出ると、船縁から海底を覗く。


 大きな影が海中を進む姿が見えた。

「でかい。六mはある。あれが、ネフェリウスの影か?」


「そんなに大きいんですか! 今までの釣った中で、最大の魚類ですよ」

 影はゆっくりと、監視対象の漁船に向かって進んでいた。 


 監視対象の漁船が走り出す。

 茨姫から望遠鏡を借りて手にする。


 監視対象の漁船に乗っている漁師が、ネフェリウスの影を釣ろうとしていた。

「もっと、近くで見たい。ばれてもいい。近づいてくれ」


「すぐに船を移動させます。全速前進です」


 茨姫は船を操縦して、漁船から二百mの距離まで近づいてくれた。

 遊太は漁船の上を見る。竿、銛、巻き上げ機は、遊太の船と同じ物を搭載していた。


(あの漁船に釣れるなら、俺でも釣れる)

 だが、船上の竿は無残に折られた。次いで、巻き上げは全く用をなさない。船ごと引きられる。漁師はこのままで船が転覆沈没すると判断したのか、糸を切った。

漁師は最後に残った銛を打ち込む。何とか銛は刺さった。だが、まるで動きを止められない。


 ネフェリウスの影が漁船に突進してジャンプする。相手は全長六mのシャチだった。


 シャチが漁船の真上に落ちる。全長が十二mしかない魚船が、木っ端微塵になった。


(だめだ。話にならない)

 シャチが海中に落ちた三人に向かう。


 三人のうち一人が、危険を感じたのか魔法を放つ。

 大きな閃光を放ったと思ったら、シャチは消えていた。


「よし、三人を回収に行こう」

「わかりました。海の真ん中で放っておくのも、可哀想ですしね」


 茨姫が船を走らせる。

 三人は海面や海中で何かを探していた。だが、何も見つけられていなかった。


(ネフェリウスの影は魔法や剣で倒したら、消えるのか。宝箱にするには、釣るか銛で仕留めるしかないんだな)


「どうも、水上タクシーです。マンサーナ島まで五千リーネで乗りませんか」

 三人のうち一人は知った顔だった。以前に乗せたスティーブンだった。


 スティーブンが仏頂面で頼む。

「遊太船長か。ちょうどいい。乗せてくれ」


 他の二人は渋い顔をしていたが、スティーブンが乗ると、一緒に乗ってきた。

 ぴろりんと音がして、五千リーネが送られてくる。


 茨姫が漁船をマンサーナ島に向けて走らせる。

 スティーブンは、複雑な顔で頼んで来た。


「なあ、さっき見た光景は秘密にしてくれ」

「もちろんです。ネフェリウスの影は儲け話だ。なら、黙っていたほうがいい」


 スティーブンは真面目な顔をして提案してきた。

「何だ、わかっているな。どうだ、よければ組まないか」


「とりあえず、保留ですね。黄金鰹は欲しい。だけど、島の天候を意図的に変えるようなところとは、組みたくない」


 スティーブンは肩をすくめる。

「痛く嫌われてしまったようだな」


「俺も漁師なんで、未知の大型魚に挑戦したい気分はわかります。でも、やりすぎだ」

「反省してはいるんだけどね」


 茨姫が冷たい顔で素っ気なく告げる。

「マンサーナ島が見えてきました」


 マンサーナ島に着いたので、スティーブンと別れる。

 茨姫が申し訳なそうな顔で謝る。


「遊太さん、早いですが、今日は、この辺でログアウトします」

「そうか、またね」と茨姫と別れる。


 港で白頭の鷲の団員が帰ってくるのを待った。

 疲れた顔の白頭の鷲の団員を見たので、ネフェリウス討伐は失敗したと思った。


「大変でしたね。どこまで行けました?」

 声を懸けるが白頭の鷲の団員は不機嫌な面をして立ち去った。


 同じく疲弊した潮の理の団員がいたので、声を懸ける。

「時の魚は釣れましたか?」


 団員はむすっとした顔で不満を口にする。

「駄目。全然、駄目。白頭の鷲は釣りの常識を何もわかっちゃいない。時の魚を釣るのに邪魔な位置取りをする。魚を殺す。喰わせるタイミングが合わない。全てが裏目だよ」


「連携の失敗ですか。漁師と戦闘職って、連携する機会ないですからね」

 団員が不機嫌な顔で持論を語る。


「ネフェリウスは思ったより簡単にはいかないぞ。船を操る技術に長けて、釣りが得意、そんでもって、レジェンド・モンスターに挑みたい気概の漁師が必要だ」


 ログアウト後にネフェリウス攻略掲示板を見る。

 白頭の鷲と潮の理の団員で、不毛な批難合戦が繰り広げられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る