第36話 荒天の鰹漁
翌日、ログインしてマンサーナ島に行くと天候が荒れていた。
(これは鰹漁に行くべきなのか。今なら二百五十尾に一部の確率で釣れる。でも、茨姫が一緒だからな。危険を冒すべきではないか。でも、普通に釣ったら、五万分の一だしな)
遊太は迷った。
茨姫が不思議そうな顔で訊いてくる。
「どうしたんですか、遊太さん? セレーツア島に飛んで鮫漁をしないんですか?」
遊太は希望を正直に打ち明けた。
「実は事情があって、黄金鰹が欲しいんだ。黄金鰹は海が荒れると出やすいんだ」
茨姫は渋々のていで決断した。
「荒れる海に出るのはあまりいい気分ではないです。ですが、遊太さんがやりたいと望むなら付き合いますよ」
「すまない。とりあえず、黄金鰹は一尾でいいんだ。釣らせてくれ」
命綱をして時化た海に船を出す。
荒れるマンサーナ沖は波の高さが八mもあり時折、十六mの波が来る猛烈な
小さな漁船が上へ下へと激しく揺れる。どうにか鰯の群れを見つけて、網を投げて鰯を獲る。生け簀から魚が飛び出るが、構ってはいられない。
時化の中ではカモメの群れは見えなかった。ただ、魚群探知機のみを頼りに薄暗い海を進んでいく。
どうにか、魚群を見つけた。
竿を振る。当りの強さから鰹だと思った。満を持して上げると
「違う、ここじゃない。次に行ってくれ」
船を操縦する茨姫に叫ぶ。同時に身振りで移動するように伝える。
次の魚群でも同じような当りが来た。
引き上げると、シイラだった。船を移動させようとすると、寄ってくる漁船が見えた。
(こんな荒天で釣りとは、奇特な漁師がいたもんだ)
次の魚群に移動する。
今度は鰹にしては引きが強すぎた。案の定、引き上げると小ぶりな黄肌鮪だった。
「違う、ここでもない。次に行ってくれ」
移動しようとすると、また漁船を見えた。
(あれ、変だぞ? こんな猛烈な時化の中で、漁だと? まさか、黄金鰹が狙いか?)
次の魚群に行くと、そこにはすでに漁船がいた。漁船はすでに釣っていた。
遊太も釣り針を垂らすと、鰹が掛かった。
よし、ここだと思い、釣った。すると、漁船が一艘、また一艘と集まってきた。
(これ、完全に荒天の中での黄金鰹狙いだよ)
魚群が移動するまで、五艘の漁船で鰹を釣る。
魚群がいなくなると、漁船は次の魚群を探して荒れた海の中を走る。
荒れる海の中、鰹を取り合う展開になった。
遊太はどうにか六十尾の鰹を釣った。だが、黄金鰹は一尾も揚げられなかった。
辛い漁を終えて、ずぶ濡れになり、港に戻った。
茨姫はげんなりした顔でぼやく。
「あれだけ苦労しても釣れないんですね、黄金鰹」
「確率二百分の一だからなあ。明日は晴れるだろうから、別の内容を考えよう」
だが、次の日も猛烈な時化だった。どうしようかと思案する。
茨姫が優しい顔で告げる。
「いいですよ、鰹漁。黄金鰹を狙って釣りに行きましょう」
「わかった、この埋め合わせは、いつかする」
だが、結局その日も鰹は六十尾も獲れたが、黄金鰹はなかった。
翌日、ログインすると、またもマンサーナ島の天気は猛烈な時化だった。
「おかしいな。マンサーナ島が三日も続けて荒れた天気だなんて、初めてだ」
茨姫がどんより曇る空を見上げて、浮かない顔で尋ねる。
「何でしょうね? 低気圧が居座っているんでしょうか? それより、今日も鰹を釣りますか?」
「できれば、お願いしたいが、いいか?」
茨姫は微笑んだ。
「いいですよ。一人だと魚船が沈んじゃいますし」
再び六十尾を水揚げするが、黄金鰹はなかった。
茨姫が暗い表情で愚痴る。
「三日も粘って、大変な思いをして、零ですか。これは、きついですね」
「俺もちょっと凹んだ。でも、黄金鰹が欲しいんだよな」
「もういっそ、鰹を売った代金で、黄金鰹を買いませんか?」
「漁師としては癪だが、買うか。一尾くらい売りがあるかもしれない」
ヴィーノの街に行く。オークション会場で黄金鰹の売り物があるかを見た。
売り物はなかった。直近三日の取引量を調べるが、零だった。
(おかしい。最低でも五艘で鰹漁をやっているんだ。日に一尾や二尾は黄金鰹が揚がっていても、いいはずだ。なのに、出品がされていない。誰かが釣って隠し持っているな)
「遊太さん、どうしたんですか? 難しい顔して」
「俺だけが知った儲け話だと思ったら、他にも知る人がいた、って話だよ」
茨姫が不思議そうにしたので、こっそりと教える。
「黄金鰹はネフェリウスの影と呼ばれる魚の餌なんだ。それで、ネフェリウスの影を釣り上げると、宝箱が手に入る」
茨姫がはっとした顔をする。
「まさか、宝箱の中身って、時の切手?」
「中身は様々って聞いたから、何とも判断ができない。だが、大当たりなら出るかもしれないと思った」
茨姫は意気込んで語る。
「事情はわかりました。なら、明日も挑戦してみましょう。きっと、明日も荒天ですよ」
だが、翌日ログインすると、マンサーナ島は晴れていた。
「今日は晴れたか。少し残念ではあるが、いいか。時化が続くと他の漁師が困る」
茨姫を待つと、いつもより少し遅れて茨姫が現れた。
茨姫は少し怒った口調で語る。
「聞きました、遊太さん。白頭の鷲の件。先の三日連続の猛烈な時化は白頭の鷲の魔術師の仕業だったんですよ」
「そうなのか? レジェンド・モンスター狩りたさに、他のクランの領地を荒らすとは、馬鹿な所業だな。下手すりゃ、ネフェリウスに挑戦できなくなるのに」
茨姫はむっとした顔で、不満を込めて口を尖らせる。
「白頭の鷲の団長と潮の理の団長が話し合って、白頭の鷲の団長が詫びを入れる形で片付いたそうです。それで、何とか三日後のネフェリウス戦には挑戦できるようになった、とか」
「三日後に白頭の鷲がネフェリウスをやるのは、変わらずか」
「挑戦は、するそうです。ただ、先の天候操作騒動で潮の理の心証が悪くなったので、漁師の協力が得られるかどうか、わからなくなってきました」
「だろうな、荒れた海に出て漁をするのは危険だし、初心者には無理だ。なのに、事前に断りもなく三日も天候を操作して荒天にしたら、潮の理の下の者が困る」
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