第35話 黄金鰹とネフェリウスの影

 次の日から、茨姫に操船を頼んで鮫釣りに挑む。

 鮫釣りはヴィーノ街まで売りにいく手間を考えると、一日に二尾までが限界だった。


 新調した装備と上がった腕のおかげで、三mのネズミ鮫なら、針に掛かれば一時間以内に釣り上げられようになった。


 ただ、鮫が多く棲息するセレーツア沖の北部でも、大きな鮫は珍しい。

 丸一日を掛けても遭遇できない日もあった。


 一週間後、ヴィーノの街で鮫を売ったあとに、オーエンの店に顔を出す。

「どうだ? 深海のリングは手に入りそうか?」


 オーエンは申し訳なさそうな顔で詫びた。

「駄目だ。職人がひいひい嘆きながら、マナを込められるリングを生産している。だが、得意先からの注文に応えるのが、やっとだそうだ」


一見いちげんの客より、得意先が大事だからな。二回目の募集にも入れないな」


 オーエンが控えめな態度で尋ねる。

「遊太はやっぱり時の切手が欲しいのか」


「それは欲しいよ。でも、今は珍しい時の魚を釣ってみたいね」

 オーエンがさっぱりした顔で、感想を口にする。


「何かすっかり漁師になったな」

「そうだな、最近は漁と釣りに嵌っている」


 傭兵斡旋所に行くと、茨姫が待っていた。

 茨姫が心配顔で訊く。


「どうでした、深海のリング? 手に入りそうですか?」

「駄目だった。まあ、いいさ、次を待つさ。まだ、二回目だからな」


 茨姫が曇った表情で教えてくれた。

「白頭の鷲がネフェリウス討伐に力を入れると、聞きました」


「白頭の鷲はレジェンド・モンスターと戦うのが好きなプレイヤーで占められているからな。でも、白頭の鷲に漁師って、あまりいるイメージがしないけど」


「漁師はうしおの理に要請して、派遣してもらうそうです」

「白頭の鷲と潮の理が手を組んだら、ネフェリウス討伐も行けるかもしれないな」


 茨姫は遊太を気遣って忠告した。

「時の切手が欲しいなら、急いだほうが良いですよ」


「早く深海のリングを手に入れて、黒船海賊団の募集に応じる。ないしは、白頭の鷲にコネを作ったほうがいいか。とりあえず、現状でできる善後策を取るよ」


「わかりました。では、ネフェリウス戦に行ってきます」

 茨姫を見送る。マンサーナ島では魚が消えるので、セレーツア島に移動する。


 蟹籠漁をしようとすると、桟橋でアルシノエと遭った。

「久しぶり。綺麗な鮫の鰭が欲しいのか?」


 アルシノエが、つんとした顔で発言する。

「別に、欲しくわないわ。でも、くれるって申し出るなら、貰ってあげてもいいわよ」


(全く素直じゃないな)

「鮫の鰭をやるのはいいけど、何か代わりに欲しいな。俺も漁で稼いでいるから、タダはちょっと」


「欲深い人間ね。でも、いいわよ。代わりに何が欲しいの?」

「封印された時のネフェリウスの情報が欲しいね」


 アルシノエは澄まし顔で提案した。

「いいわよ。ちょっと変わった情報を教えるわ」


(有用な情報ではなく、変わった情報か。興味があるな)

 遊太はセレーツア島の倉庫屋に行く。


 先の釣りで、売らないで保管してあった鮫の鰭を取り出す。

 ついでに、漁協に入ってクッキーも貰ってくる。


「綺麗な鮫の鰭と、クッキーを持ってきたぞ。情報を教えてくれ」

 アルシノエは穏やかな顔でクッキーをつまみながら話す。


「ネフェリウスが暴れていると、マンサーナの近海のどこかに、ネフェリウスの影と呼ばれる大きな魚が出現するわ」


(八百万ならではの未知の魚か)

「初耳だな。餌は何がいいんだ?」


 アルシノエは、あまり興味がなさそうな表情で語る。

「何でもいいって噂よ。だけど、喰いつきがいい餌は黄金鰹ね」


「鰹はたくさん釣った。だけど黄金の鰹なんて見た覚えがない。それで、ネフェリウスの影を釣ると、どうなるんだ?」


 アルシノエは平然と告知する。

「ネフェリウスの影を釣り上げると、宝箱に変わるのよ」


(宝箱に変わるだと? そいつは興味があるな)

「中に何が入っているんだ?」


「色々よ。ただし、ネフェリウスの影は魚群探知機には映らない。だから、漁師の勘が頼りね」


「なるほど、いい情報を聞いた。夢が膨らむ話だ」

 遊太は蟹籠漁を中止して、マンサーナ島に戻った。


 静かな海に船を出して、ネフェリウスの影を探した。

 されど、三時間ばかり粘ったが、全くネフェリウスの影は、見当たらなかった。


(本当にいるんだろうか? ネフェリウスの影なんて魚)

 島に戻ると、くたびれたプレイヤーの一団がいた。


 二回目のネフェリウスの討伐も失敗に終わったと知った。

 港に座っているプレイヤーに声を懸ける。


「お疲れ様。よかったら、どこまで行けたか、教えてくれないか?」

 疲れた顔のプレイヤーが、投げやりに語る。


「前回と同じとこまでだよ。時の魚を釣って喰わせる作業が、安定しない。漁師が上手く立ち回らないと、先へ進めないんだ」


(漁師は戦闘職ではないからな。戦闘職ほど小まめに動ける奴は、いないんだろうな)


 遊太はマンサーナ島の漁協に行って女性職員に話を訊いた。

「黄金鰹ってマンサーナ沖のどの辺で獲れるの?」


 女性職員は微笑んで教えてくれた。

「広い範囲で獲れるわよ。ただ、揚がる確率は、五万尾に一尾ね」

「そんなに確率が低いのか! どうりで見ないわけだ」


「鰹祭りの日と海が荒れた日は、獲れる確率が二百分の一に上がる、って噂があるわ。でも、鰹祭りはいつ来るか、わからない。海が荒れた日は、当然に遭難の危険があるわ」


「なるほど、幻の魚なわけだ」

「黄金鰹は美味しいし、価格は普通の鰹の十倍よ。だけど、釣る困難さと利益を天秤に掛けたら、狙うほどの価値はないわよ」


(つまり、大多数のプレイヤーは、黄金鰹の真の価値に気付いていないわけだ。もし、ネフェリウスの影から出る宝箱の中身に時の切手があれば、一気に大金持ちだ)


 ログアウトして、攻略掲示板を調べる。

 だが、ネフェリウスの影と黄金鰹の関係については情報が載っていなかった。


 遊太は一人だけ儲け話を知った事態に楽しみを覚えて眠る。

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