第33話 対クラーケン戦と深海のリング

 遊太の船には三名のプレイヤーが乗っていた。適当な雑談をして、戦闘水域まで時間を潰す。話題はクラーケン関連ではなく、時の切手だった。


 未来の自分から手紙を受け取るなら、どんな手紙がいいかと笑い合って話す。

 しばらく、他愛もない話が続く。魚群探知機の端に大きな影が映った。


「お喋りはここまでのようだ。魚群探知機がクラーケンを捉えた」

 三人の顔が引き締まる。


 近くの軍艦から、念が飛んでくる。

「漁船部隊はクラーケンの真上に移動。対クラーケン用爆雷投下。クラーケンにダメージを与えて浮上させろ」


 遊太は船を走らせて、一番にクラーケンの真上に来る。

 三人が爆雷を海中に投下する。爆雷の投下が終わると、遊太の船は離脱する。


 他の漁船もやって来て、爆雷を投下する。海中で爆発が起こり、泡立つ。

 だが、操船が慣れていないプレイヤーがいたのか漁船同士が衝突する。


 海上で爆発する船が四艘も出た。

 速度が遅かったために浮上したクラーケンと衝突する漁船が出た。


 被害は多く爆発する漁船は六艘にものぼった。

 クラーケンが出現した時点で、漁船の半数は沈んでいた。


 爆雷で攻撃されて怒ったクラーケンが漁船を追う。

 漁船を囮にする形で軍艦が移動して包囲網が形成された。


 十一隻の艦による百七十門以上の大砲がクラーケン目掛けて発射される。

 遊太の漁船も小さいながらも砲を積んでいたので砲撃で戦った。


 砲弾が当たる。だが、クラーケンの肌は硬く柔軟で、砲弾に耐えた。

 クラーケンが攻撃を浴びつつも、手近な六十五m級軍艦に近寄り、足を叩きつける。


 他の艦はクラーケンに肉薄されている味方に構わず砲撃を続けた。

 味方からの砲撃とクラーケンの攻撃により、一隻が沈んだ。


 クラーケンは、また近くの艦を標的にする。

 やはり、残りの艦は味方の艦に被害が出るのも構わず砲撃を続けた。


(戦術も戦略もありゃしない。ただ、やたらめったら撃ち放題だ。慣れない人間を多数抱えて戦うから、仕方ないか)


 クラーケンは二隻目に続いて三隻目も沈めた。遊太は絶えず砲弾が飛んでこない場所を探して魚船を操縦する。クラーケンの攻撃と味方の砲撃の間を絶えず掻い潜った。


 クラーケンが四隻目に向かおうとしたところで、急に動きが鈍くなった。

 クラーケンは、そのまま海中に沈んで逃げようとした。


 近くの軍艦から強い調子で念が飛ぶ。

「対クラーケン爆雷投下。逃がすな。止めを刺すんだ」


 クラーケンの付近にいた軍艦から爆雷がばら撒かれる。

 派手な水飛沫が連続で立つ。数秒後、クラーケンが浮いてきた。


 怒号のような念が飛ぶ。

「出現したアイテムを回収するぞ。宝箱には触れるな。クラーケンのマナが欲しい奴はクラーケンに触れろ」


 艦と漁船から人が海に飛び込んで、クラーケンの死骸に触れに行く。

 遊太も漁船をクラーケンの近くまで寄せて、クラーケンの足に触れた。


 背中がぞわりとして、冷たい何かが体を駆け抜ける。

 水域に力強い念が飛ぶ。


「宝箱が回収できた。クラーケン討伐はこれにて終了とする。各自、あとは漁船や艦に乗ってくれ。取り残されるなよ」


 遊太も十人を回収してヴィーノの街に戻った。

 体に宿ったクラーケンのマナは、濡れたシャツのように感触が悪かった。すぐに指輪にマナを移して体からマナを抜きたかった。マナを抜いてもらおうと、宝飾品店に行った。


 用件を伝えると、店主は申し訳ない顔で謝った。

「ご予約のお客様でいっぱいでして、受注をお断りしています」


 別の店に行く。別の店の店主も謝った。

「深海のリングを作れる職人は限られております。腕の良い職人は現在、仕事が殺到している状況で、仕事を受けられないんです」


 ヴィーノの街なる主だった店や工房を廻ったが、全て断られた。

(いやあ、これ、このまま過ごすのは気持ち悪いぞ)


 彫金師に知り合いはいない。ダメ元でオーエンの店を訪ねた。

「深海のリングを作ってくれる職人がいなくて困っている。誰か知らないか?」


 オーエンは素っ気なく答える。

「彫金師の知り合いはいるにはいる。だが、そいつも今は仕事で手が回らないと、愚痴っていた」


 非常に惜しいが、気持ち悪いので、ぼやく。

「このクラーケンのマナは気持ち悪くて仕方ない。捨てるしかないのかな?」


 オーエンは笑って提案した。

「おいおい、そんな勿体ない真似をするなよ」


「でも、これは不快過ぎる。長時間は耐えられない」

「マナは保管が可能だ。抜いたマナを保管しておいてやるよ。それで、彫金師の手が空いた時にリングに移してもらったらいい」


(ネフェリウスは一回で倒せるとは限らないから、二回目か三回目の戦いを目指すか)


「とりあえず、体に宿ったクラーケンのマナを抜いてくれ。気持ち悪くて仕方ない」

 オーエンは店の棚から、ソフトボールくらいのガラスの球体を取り出す。


 オーエンが遊太に触れて呪文を唱える。

 球体の中に烏賊いか墨のような黒いもやもやが入った。


 遊太の体からは気持ち悪さが抜けた。

「ありがとう。気分が楽になったよ」


 オーエンは微笑んで告げる。

「なあに、これも商売さ」


 オーエンにマナの保管料と彫金師への手数料を払い店を出た。

 傭兵斡旋所に行くと、人がごっそり減っていた。


 傭兵斡旋所にあった魔法の鏡を見ると、募集が出ていた。

 題はその名もずばり『封印された時のネフェリウス討伐』となっていた。


 募集は既に締め切られていた。

 参加応募条件を確認すると、深海のリングが必須となっていた。


(宝飾店や職人の工房を廻っている間に、募集が出て締め切られたか。深海のリングがないから、どのみち参加できなかったけど)


 実施は明日となっていた。

 まだ、傭兵斡旋所に残っていた、茨姫が冴えない顔で寄ってきた。


「遊太さん、遅かったですよ。もう、募集が終わっちゃいましたよ」

「深海のリングをどうにか入手しようとした。でも、職人の手が空いてなくて、入手できなかった」


 茨姫は残念そうな顔をする。

「そうだったんですか。皆、狙っていたんですね。ネフェリウス」


「初めて八百万に出るレジェンド・モンスターだからな。皆、興味があるんだろう」

 茨姫は寂しく微笑んで慰める。


「ネフェリウスを一回目で倒せると思えないので、また、機会があったら行きましょう」

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