第31話 日常とクラン戦が終わって

 クラン戦に勝利した後、潮の理では祝勝会が行われた。

 だが、夜も遅かったので、遊太たち五人は、ログアウトした。


 ピザを食べて眠る。朝起きて、風呂に入って、またピザを食べる。

 ニュースをチェックする。小さいニュースだが、昨日のクラン戦について載っていた。


 ただ、ニュースでは潮の理が防衛に成功した事実を、好意的には伝えていなかった。


(無理もないか。村上の方針では、賢者の石の製造に制限が懸かる。現実世界で賢者の石を欲しがる人間にしてみれば、賢者の石を常時、作る鏡の騎士団が勝ってくれたほうが、嬉しかったんだろうな)


 リビングのドアが開いて亜美が入ってきた。

「あれ、学校はどうした?」


 亜美が微笑んで訊く。

「インフルエンザで学級閉鎖だよ。インフルエンザが流行っているんだよ。知らないの?」


 全く知らなかった。

「そうか。外に出ないし、八百万関連の以外のニュースも見ないから、知らなかったなあ。亜美は大丈夫なのか? ワクチンの金が必要なら、工面するぞ」


 今の日本には宇宙人の技術で作られたインフルエンザ・ワクチンがあった。打てば一年は、ほぼインフルエンザに罹らない。ただ、金額は一本が二万五千円するので、それほど普及していなかった。


 亜美は微笑を湛えたまま注意する。

「お兄ちゃんは、もっと外に目を向けたほうがいいよ。外ではいろんな事件が起きているんだよ」


「そうか。努力するよ。家からは出ないだろうけど」

 亜美は穏やかな顔で質問する。


「ねえ、お兄ちゃんは空に円盤が浮かぶ、今の日本をどう思う?」

(どうしたんだろう? 今日はちょっと様子が違うぞ)


「何だ? 急にそんな話題を出して」

 亜美は控えめな態度で、躊躇ためらいがちに訊く。


「お兄ちゃんがどう思っているか知りたいと思っただけ」

 遊太は正直に答えた。


「どうも、こうも、ないだろう。もう、宇宙人は来た。それで、日本に居ついた。日本は宇宙人から恩恵を受けている。なら、もう、今のままでいいだろう」


 宇宙人を嫌う日本人もいる。だが、大多数は遊太と同じように現状を受け入れていた。


 亜美は表情を曇らせて意見する。

「このままでじゃ、いけないよ。今の日本は変だと感じてよ。この季節外れのインフルエンザだって、宇宙人が持ち込んだ病気かもしれないよ」


「難しい話は政治家なり学者に任せておけばいいんだよ。どのみち、俺たちにできることなんて何もない」


 亜美は真剣な顔で語る。

「本当にそうなのかな? 何かできないかな、この国のために」


「できるかもしれないな。でも、それは亜美がもう少し大きくなったらの話だ。今は学校に行き、友達と語らったり、勉強したりしたほうがいい」


 亜美が寂しそうに語る。

「お兄ちゃんって、お父さんみたいだね。ちょっと考え方が古い」


「そうか。俺は、お父さんほど保守的ではないと思うけど」

 亜美は冷蔵庫から牛乳を出して、一杯飲むとリビングから出て行った。


(何だったんだろう、亜美の奴。急に政治的な話なんかして)

 食事が終わったので、ログインする。ゲーム内でメールが来ていた。


 郵便ポストでメールをチェックすると、クラン戦の報奨金支払いのメールが来ていた。


 報奨金を受け取る、をクリックする。十万リーネが送金されてきた。

 テッドからもメールが来ていた。


 報奨金が振り込まれたから集めて再分配したいのでヒッコリに集合とあった。

 時間通りにヒッコリに行く。テッド、茨姫、リンクル、オーエンが集まっていた。

皆で得た収入を合算すると二百二十五万リーネになった。


 一人当たりで割るので、四十五万リーネになる。

 テッドが真面目な顔で確認してくる。


「遊太が稼いだ二百万リーネが頭一つ飛び抜けて多いな。本当に五等分でいいのか?」


「いいよ。二百万のうち五十万は茨姫と一緒に引き上げた短剣の分だ。百四十万リーネはクラン戦の準備期間に引き上げた宝箱の中身が良かった」


 茨姫が申し訳なさそうに発言する。

「でも、遊太さん、ここまで来るのに色々な出費をしています。もっと、取り分が多くてもいいと思います」


 断ってもよかった。だが、下手に譲り合いになる状況は面倒臭いので、御免だった。


「わかった。なら、こうしよう。茨姫と一緒に引き上げた時の、まだ売っていない品と、魚から出てきた賢者の石の欠片かけらをくれ」


「俺は構わない」とオーエンが素っ気なく了承する。

「俺も、異論はない」とリンクルも承諾した。


 テッドが元気よく締め括る。

「よし、じゃあ、目的達成ってことで、このチームは解散だ」


 最後に別れの挨拶をしてヒッコリを出る。

(色々あったが、まずまずの儲けか。賢者の石の欠片が今後どういう風に値段が推移するかにもよるが、損は出ないだろう)


 遊太はマンサーナ島で鰹漁をやるために、転移門でマンサーナ島に飛んだ。

 マンサーナ島の掲示板を確認する。


 うしおの理で海底探査装置を持つプレイヤーの募集があった。

 港を見れば潮の理が漁船を準備していた。大木戸がいたので声を懸ける。


「俺も海底探査装置を持っているけど、手伝おうか?」

 大木戸は愛想の良い顔で語る。


「それは、ありがたい。先の海戦でクラーケンを参戦させるために聖遺物を海に落としただろう」


「錬金釜を落とした件だろう?」

 大木戸が目を大きく開いて驚いた。


「何で知っているんだ?」

「錬金釜が俺の船に積んであったんだよ」


 大木戸がにこにこ顔で頼む。

「好都合だ。その錬金釜を回収に行きたいんだ。手伝ってくれると心強い」


「いいけど、何に使うんだ?」

 大木戸は冴えない顔で内情を打ち明けた。


「以前に島にあった聖遺物の錬金釜は、クラン戦の前に鏡の騎士団が島から持ち出した。今の島には聖遺物の錬金釜がないんだよ。だから、賢者の石を作るのに、聖遺物の錬金釜が必要なんだ」


「賢者の石を作るのか?」

「普段は、作らない。だが、特別な時には作る。村上の大将が決めたんだ」


「クラン戦に勝っても、賢者の石を欲する圧力からは逃れられないか」

 大木戸は止むなしの態度で教えてくれた。


「今回は義経からの要求だ。海賊には先の戦いで大きな借りを作った。だから、さっさと返済しようって話だ。借りが馬鹿高いものになる前にな」


「事情は理解した。錬金釜を引き上げて、賢者の石の生産設備だけは整えておこう」

 船の魚群探査機を海底探査装置に交換する。潮の理の団員を乗せて海に出た。


 戦闘水域だった場所を、十艘の漁船と五十人で捜索する。

 ほどなく錬金釜は見つかったので、島に帰った。


 遊太は謝礼として四万リーネを受け取った。

「これで、しばらく、島は平穏だな」

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