第29話 三つ巴のクラン戦(前編)

 クラン戦当日、午前中にログインする。

 島では普段は見られない数のプレイヤーがいた。


 港で忙しく指示を出しているうしおの理の団員がいたので聞く。

「何か手伝う作業はないか?」


 団員はピリピリした表情で告げる。

「潮の理に義勇兵に参加しているプレイヤーには、昨日のうちに指示を出している。海賊の傭兵なら、海賊の指示に従ってくれ」


 港に黒船海賊団の六十五m級の鋼鉄艦が出ていたので、そっちに行く。

 海賊の軍艦の周りには海賊がたむろしていた。だが、こっちはひどくのんびりしていた。


「傭兵枠での参加者だ。何か手伝う仕事はないか?」

 海賊の乗員が答える。


「何もないな。クラン戦まで釣りでもして、時間を潰していたら?」

 心配なので尋ねる。


「そんなので、大丈夫なのか?」

 海賊が軽い調子で答える。


「さあね。でも、義経さんが何もしなくていいって命じるなら。いいんだろう。義経さんは何も考えていないようで、きちんと考えているんだ」


 遊太は一見するとやる気がまるでない海賊の様子に、不安を覚えた。

 魚船を出して海に出る。すると、漁船の代わりに小型艇を頻繁に見た。


(鏡の騎士団や白頭の鷲がマンサーナ島の偵察をしているな)

 しばらく見ていたが、むこうから手出しは、してこなかった。


 こちらからも手出しをしようと思わない。争いが生まれないので海は静かだった。

 暇なので、一人でもできる鰹漁をして、時間を潰す。


 鰹を獲って港に戻ると、海賊の乗員と談笑する義経がいた。

 義経は遊太に気が付くと、話し掛けてくる


「なんだ、漁に出た漁師がいるのか。それで何を獲ってきた?」

「一人で獲れる魚には限りがある。鰹だよ」


 義経は機嫌よく頼む。

「いいね。鰹。そいつを貰っていいか? 鰹の照り焼き定食を作りたいと思っていたところだ」


「いいも、悪いも、ないだろう。今日は、あんたがボスだ」

 義経は港で屯している海賊に命じる。


「よし、お前らは鰹を豪快に捌いて、鰹の照り焼き定食を作れ」

「へえ」と海賊たちは遊太の魚船から鰹を持って行く。


 義経が笑顔で、遊太の魚船を褒める。

「良い船だな。速度が、他の漁船より速そうだ。お宅、名前は?」


「名前は遊太だ。漁船は強化船だから、速いよ。もっとも、強化された小型艇には劣るけどね」


 義経は穏やかな顔で命令した。

「もしかしたら、その船が今回の戦いの要になるかもしれないな。できるだけ俺の側にいて指示を待て」


「了解だ。期待しているよ」

 十五時になる。軍艦を所有しているプレイヤーが軍艦を港に出す。


 港に六十五級の鋼鉄艦二十隻が出現する。用意された砲弾が次々と軍艦に積まれていく。


 艦には一隻当り四十人が乗る。二十隻のうち、十六隻が義勇兵を乗せて戦闘海域に向けて出航した。


 時計を確認すると、十六時。クラン戦の開始まで残り二時間だった。

 港に残った四隻の内、一隻は義経の艦だった。


 義経が船首に立ち、微笑を湛えて訊く。

「どうだ、遊太。十六隻の艦隊で勝てると思うか?」


「十六隻が訓練を積んだ連携が取れる艦隊なら勝てる。でも、義勇兵が大半じゃ、意思の疎通が取れない。訓練された鏡の騎士団や白頭の鷲相手に、どこまで戦えるか」


「そうだな、じゃあ、俺も出るか。遊太の船を出してくれ」

「漁船でどこかに行くのか?」


「なに、一工夫するんだよ」

 義経は軍艦を降りる。


 遊太が漁船を出した。義経の部下が十艘の漁船と二十艘の小型艇を出す。

 義経は陽気に告げる。


「よし、傭兵諸君は小型艇の後ろに乗ってくれ。これより俺たちは隠密作戦を実行する。先頭はこの船だ。残りの漁船は海に落ちた傭兵とクルーの回収用だから、ここでは乗らないでくれよ」


 義経の指示に従い大半の人間が小型艇に乗る。

 八人の海賊と義経は遊太の船に乗ってきた。


 義経が元気よく命令する。

「よし、遊太船長、出航だ。マンサーナ島の付近で真珠が取れる小島はわかるか?」


「南東に一時間ばかり行った場所にある島だろう?」

「そうだ。その島に向けて、全速前進だ」


 義経の指定した場所は戦闘海域とは懸け離れた場所だった。

 義経が何をしたいか不明だが、命令なので漁船を出した。


 漁船が約二十二ノットで島に向かう。全速前進なので魚船はかなり揺れた。

 だが、義経と仲間の海賊の八人はバランスを全く崩さなかった。


(さすがは海賊だな、揺れる船の上でも安定感がある)

 四十五分で前に茨姫と一緒に真珠を獲りに来た島に到着した。


 水深が浅いと座礁するので漁船は島の近くで止めた。

 義経と八人の海賊は服が濡れるのも構わず海に入る。義経と八人の海賊は島に上陸した。


 義経が腰に下げていた短剣を抜いて呪文を唱える。何もない空間で義経が短剣を振るう。


 空間が裂けた。空間の裂け目から、大きな釜が転がり落ちる。

 義経がおどけた調子で部下に声を掛ける。


「聖遺物のおでましだ。今回は馬鹿でかい錬金釜か。そら、梱包しちゃって」

 義経の部下が釜を手早く梱包する。


 八人の部下と義経は梱包した錬金釜を持って漁船に戻ってきた。

 義経の部下が梱包された錬金釜を荷台に載せる。


(なんか、こんな仕事を以前にもしたな。襲ってくるんだろうな、シー・ドラゴン)

 義経が明るい顔で命令する。


「よし、遊太船長、出発だ。全速損前進で戦場に行くぜ。ここで遅れたら、見せ場がなくなる」


「軍艦もなしに、たった六十人で突撃するのか」

「問題ない。主賓は後ろから追ってくる。ぐずぐずするな、パーティーに遅れちまう」


(これは、あれだな、シー・ドラゴンをおびき出す。そのシー・ドラゴンを餌にクラーケンを戦闘海域に誘導する気か。でも、いくらクラーケンが強くても、どこまで当てになるやら)


 義経の指示に従って漁船を全速前進にする。

 二十分ほど漁船を進めると、念を使って会話する魔道具の声が頭に響く。


 念を発している人物は、漁船に乗っている義経の部下だった。

「義経さん、予定通りにシー・ドラゴンが追ってきました。距離にして千八百m」


 義経が軽妙な口調で、念を飛ばす。

「小型艇の組は作戦通りに攻撃してシー・ドラゴンの速度を落とさせろ。攻撃を喰らって、海中に落ちたり小型艇を壊されたりしたら、後続の漁船に拾ってもらえ」


 シー・ドラゴンが本気になれば漁船は追いつかれる。だが、義経の部下が小型艇から攻撃してシー・ドラゴンの進路を妨害する。なので、なかなか距離が縮まらなかった。


 魚群探知機を見ると、画面の端に巨大な影が映っていた。

(来た。クラーケンが釣れた。こっちに向かっている)


 時刻を確認すると、十八時三十分。海戦は中盤に向かおうとしていた。

 波に混じって、砲撃が飛び交う音が聞こえてきた。


 義経が魔法の望遠鏡を出して覗く。義経が愉快な口調で念を飛ばす

「おう、やっている、やっている。円形になって撃ち合いだ」


 義経の言うとおり、二十隻の軍艦が円形になって、ひたすら砲弾をばら撒いていた。


 ただ、潮の理の旗を掲げる軍艦は、七隻が沈んでいた。

「よし、あの円の中心に聖遺物を放り込むぜ。行けるか、船長?」


 聞こえるかどうかわからないが、怒鳴った。

「やってやるさ。この漁船は、普通の漁船とは違う」


 遊太は砲弾が飛び交う海域のど真ん中に漁船で突っ込んだ。

 砲弾が破裂して、水飛沫を上げた。


 さながら荒れる海のように海水が横から上から降り注いだ。

 どうにか、砲弾の雨を回避して軍艦が作る円の真ん中に漁船を持って来た。


 義経の部下がロープを切って海中に聖遺物を投げ込む。

 義経が海水を浴びながら、上機嫌に指示を出す。


「よし、船長。俺たちはマンサーナ島に帰島する」

 指示に従い漁船を操縦する。まったく気の抜けない操船を強いられた。


 マンサーナ島に向かった。あまりの騒音と、降り注ぐ砲弾から、背後を振り返る余裕がなかった。シー・ドラゴンがどうなったのか、クラーケンが無事に敵の軍艦を襲ったのか、わからなかった。

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