第26話 思惑の暴露

 遊太は次の日、マンサーナ島の掲示版を見る。

 島の東側に真珠の養殖場を作る。船で通りかかる際にはロープに注意すること、との注意があった。


(真珠の養殖ねえ。成功するのかな?)

 港で茨姫と合流して、宝箱の引き上げをする。


 ガラクタが五回に宝箱が五個と、まずまずの成果だった。

 宝箱からは、時の金貨二枚が手に入った。他にも、封がされた魔法のボトル・ワインが二本、水中で呼吸ができる魔法薬が二本、と高価な品の収穫があった。


 引き上げ品を持って、マンサーナ島に帰る。

 港にある掲示板の前には、人が三十人ほど集まっていた。


「おや、何の騒ぎだろう?」

うしおの理の団員が港の掲示板に集まっていますね」


 荷物を下ろして、船を異空間に仕舞う。人込みに近寄って掲示板を確認する。

 掲示板には『運営からのお知らせ』とあった。


『クラン戦が開催されます。潮の理が、鏡の騎士団と白頭の鷲から宣戦布告されました』


「何だって? 潮の理って、鏡の騎士団や白頭の鷲と、友好関係にあったはずだろう? 何で、宣戦布告されたんだ」


 クラン戦とは支配している領地を巡ってクラン同士が戦う行為であり、負けたら領地を失う。この場合は潮の理が鏡の騎士団か白い頭の鷲どちらかに負ければ、マンサーナ島の支配権を失う状況を意味した。


 茨姫は困惑していた。

「今朝にログインした時にはなかった掲示です。でも、いったい何で?」


「三つのクランの考え方が大きく違ったからさ」

 声のした方向に目が行く。黒い外套を目深まぶかに被った小柄な男がいた。


 群集の一人が不審がって男に尋ねる。

「あんた、何か知っているのか?」


「さあね。今夜に酒場で動きがある、とだけ予言しておくよ」

 男はそれだけ告げると、身を翻して酒場の方角に歩いて行った。


 群集の誰かが囁く。

「今の、ひょっとして海賊かな?」


「わからないけど、今夜、酒場に行ってみようぜ」

 茨姫が揺れる瞳で訊いてくる。


「どうします、遊太さん?」

「酒場にいるしか、ないだろう。そうしないと、情報が掴めない」


 遊太は高価な品の売却は後回しにして、ガラクタだけをヴィーノの街で売る。

夜遅くなった時の事態を考えて、茨姫にログインしたままになってもらう。


 先に風呂に入って、食事を取った。

 遊太は十九時に再度ログインした。すると、茨姫が申し訳なさそうに語る。


「遊太さん。今日は、ここまでしか、ログインできません。あと、お願いできますか?」


「わかった。何があったか、しっかりと見届けておく」

 茨姫が去ったあと酒場に行く。


 酒場は本来であれば八十席ある。だが、今夜は真ん中に円形のテーブルが一卓あるだけ。テーブルには予約席の札が載っていた。他のテーブルと椅子は片付けられていた。


 酒場には六十人近い人がいた。だが、人はどんどん増え続けついには入場禁止になった。


 遊太はどうにか入れた。百人近くの人間が真ん中にある一つのテーブルを注視する、異常な状態だった。酒場に入った他のプレイヤーたちも「何があるんだ?」と囁き合うばかりだった。


 十九時四十五分。酒場に潮の理の団長である村上が入ってきた。村上はしかめ面だった。


 給仕の男性が椅子を一つ出して、円卓テーブルに席を一つ作る。

 次いで、五分ほどすると入口がざわつく。


 入口にから軽い調子で声がする。

「どうも、義経の名前で予約していた海賊です。村上の大将は来ていますか?」

「こちらです」と給仕の男性が義経を円卓に案内して椅子を一つ持ってくる。


 給仕は村上の正面に席を一つ作った。

 義経が笑って注文を出す。


「とりあえず、ビールと軽い抓みをくれ。そう、チーズと生ハムなんかいい。料理は腹が空いてないんで、要らない」


 義経は軽い調子で、村上にも注文を促す。

「村上の大将も何か頼んだら? 何も頼まないと、店の人も困るでしょう」


 村上はむすっとした顔で尋ねる。

「用件は何だ? 何が望みだ?」


 義経は明るい顔で、フランクな調子で話す。

「用件は簡単。クラン戦を挑まれて困っているお宅ら潮の理に、俺たちが加勢しようって話」


 村上は目に力を入れて拒絶する。

「加勢は無用だ。俺たちの島は俺たちが護る」


「無理しちゃって。鏡の騎士団、白頭の鷲、どっちか片方が相手でも大苦戦なのに、二つ同時に相手じゃ、勝ち目はないって。わかっているでしょう、大将?」


「仮にだ、潮の理に黒船海賊団が加わったところで、勝ち目は変わらない」

 義経は椅子に深く腰掛けて、深刻さが微塵もない態度で持論を披露する。


「零にいくら零を足しても、零だ。だが、一%が加われば一%だ。一%と零は大きく違う。もっとも、戦い慣れした我が乗員が加わって勝てる可能性が一%とは言わないがな」


「何が望みだ? いくら欲しい?」 

 村上の発言に、場がどよめく。


(何だ? 村上は、ここにきて心が動いたのか?)

 義経は真面目な顔で要求する。


「まず、戦費として、島に残っている賢者の石の欠片をくれ。残さず全てだ」

 賢者の石の名前に聴衆がどよめく。


 義経はにこやかな顔で暴露ばくろする。

「もう、隠していても無駄だ。クラン戦が終われば、どうせ外に出る情報だ。皆さん、このマンサーナ島では、賢者の石を作っていますよ」


(義経の奴、俺たちが秘密にしていた情報をぶちまけやがった)

 聴衆の一人が声を上げる。


「賢者の石なんて、作れないだろう?」

 義経は澄ました顔で、暴露を続ける。


「一般キャラクターには作れん。だが、宇宙人があやつるユニーク・キャラクターとマンサーナ島があるなら、造れんですよ、これが」


 聴衆の誰かが、また声を上げる。

「そうか、潮の理、鏡の騎士団、白頭の鷲は、賢者の石の分け前を巡って対立したのか」


 義経はいくぶん芝居がかった調子で聴衆を見渡す。

「それは違います。賢者の石には、別の側面があります。誰かわかった方がおりますか? わかった奴には、あとで景品をやるぜ」


 もう情報を隠し通すメリットがないと思ったので、義経に教える。

「レジェンド・モンスターだ。賢者の石は、生成過程を変えればレジェンド・モンスターを呼べる」


 義経は感心した顔をする。

「ほう、少しは頭の回る奴がいるな。なら、整理だ。潮の理の目的は何だ」


「この美しいマンサーナ島を護ることだ」

「じゃあ、鏡の騎士団の目的は?」


「賢者の石を作って売り捌くことだ」

「なら、最後に残った白頭の鷲は?」


「レジェンド・モンスターをこの島に呼び寄せて狩るのが目的だ」

 義経の三つの問いに遊太は綺麗に答えた。


 義経は聴衆を見渡し、大袈裟に語る。

「はい、よくできました。つまり、三つのクランの目的が分かれたのが、今回のクラン戦の原因です」


 村上が眼光も鋭く、義経を見据えて訊く。

「まだだ。黒船海賊団の目的が不明だ」


「目的がわからなければ、潮の理も安心して組めない。鏡の騎士団や白頭の鷲のように、後ろから襲い掛かってくるかもしれないからな。では、我が黒船海賊団の目的を明らかにします」


 義経が一拍の間を置いてから真剣な顔で答える。

「俺の目的も、実はレジェンド・モンスター。でも、ブラック・ドラゴンでもクラーケンでもない。俺の目的は、封じられた時のネフェリウスを呼び出すことだ」


 聞いた覚えのないモンスターの名前に他のプレイヤーからの疑問の声が出た。

「ネフェリウスなんてレジェンド・モンスターがいるのか?」


 義経は自信に溢れる態度で、聴衆の問いに答える。

「ネフェリウスの話はもっとあとでいい。この島の防衛に成功したら、どうせ俺が呼び出す。その時は、海賊だけでは倒せないから、一般に募集も懸ける。もちろん、成功したら、分配金も出す」


 義経は村上を悠然と見て尋ねる。

「さあ、村上の大将。選択の時だ。可能性ゼロの戦いをするのか、それとも勝てる見込みのある戦いをするのか」


 村上が難しい顔で確認する。

「ネフェリウスは、マンサーナ島の環境を汚染するのではないだろうな?」


「相手はレジェンド・モンスターだ。呼び出しただけでも、環境に影響する。クラーケンやブラック・ドラゴンのようにな。だが、俺たちは白頭の鷲とは違う」


「どう、違うんだ。レジェンド・モンスターは島を荒らす」

「島の支配権を潮の理から奪おうとは思わん。あんたが嫌なら、次からは、俺たちに島を貸さなければいい」


 義経は村上を見据えて宥めつつ話す。

「俺たちがクラン戦を挑んでも、海賊が相手なら協力者は集まりやすい。レジェンド・モンスターを呼ぶのは、とりあえずのお試しの一回だ。どうだ、良い話だろう?」


 村上は真剣な顔で決断した。

「何か騙されているかもしれんが、申し出はわかった。明日に幹部会を開いて、結果を出す」


 義経は笑顔を浮かべて立ち上がる。

「いい返事を期待しているぜ、村上の大将」

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