第25話 ネズミ鮫を釣れ

 翌日、ログインすると茨姫は港で待っていた。

「今日はネズミ鮫を釣る。付き合ってほしい」


 茨姫は笑顔で了承する。

「いいですが、名前からすると随分と小さな鮫ですね」


「小さいってことは全然ないぞ。相手は三mもある」

 茨姫の表情が曇る。


「三m! そんなの、釣れるんですか?」

「大丈夫だ。竿、銛を新調し、巻き上げ機を購入した。新たな武器でネズミ鮫に挑む」


 茨姫と一緒にセレーツア島に転移門で行く。

 ネズミ鮫がどこにいるのか知りたいので、茨姫と一緒に漁業組合に顔を出す。


「ネズミ鮫って、どの辺りに出るか、わかります?」

 女性職員はにこやかな顔で教えてくれた。


「島の北側に出るわよ。人魚に綺麗な鰭でも持ってくるように要求された?」

「そうですけど、どうしてわかったんですか?」


 女性職員は穏やかな顔で教えてくれた。

「人魚たちは時折、漁師に鮫を釣るように要求するのよ。それで、綺麗な鰭を欲しがるの」


「鮫の鰭なんて集めるといいことあるのかな」

「何でも、集めると、陸に上がれる薬と交換してくれる錬金術師がいるんだって」


 茨姫は人のよい空気を出して意気込む。

「浪漫のある話ですね。じゃあ、釣ってきて渡してあげないと」


 魚船に乗って魚群を探す。反応があったので網を投げると、烏賊いかが獲れた。

 烏賊を生け簀に入れて、魚船を北に走らせる。


 魚船の操縦は茨姫に任せて、遊太は釣り糸を垂れる。

 しばらく、暇なので茨姫に問い掛ける。


「昨日のリンクルさんの手伝いって、収穫が何かあったのか?」

 茨姫は得意げな顔で自慢する。


「とても大きな収穫がありました。大きすぎて、信じられないくらいです」

「それは、気になるな。聞いてもいいか? その大き過ぎる成果ってやつをさ」


「実はマンサーナ島の辺りには、海底都市アセロンが存在したらしいんです」

 アセロンの伝説は聞いた覚えがあった。


 だが、アセロンはあるとは伝えられているが、場所は不明となっていた。

「マンサーナの近海って、そんなに水深は深くないぞ。それに遺跡らしい遺跡もない」


 茨姫は気落ちも悪びれもなく語った。

「だから、らしい、なんですよ。裏は取れていません」


「アセロンがあると、レジェンド・モンスター襲来の秘密が解けるのか?」

 茨姫が上機嫌で語る。


「アセロンには海中から魔力を集めて貯蔵しておくための神殿が建っていた、と伝承にあります」


「最初はアセロンの力を正しく使えずに、魔力の過剰放出を招いた。だから、レジェンド・モンスターが襲来した。二度目はアセロンの力を正しく使い、魔力の過剰放出を防いだ。だから、レジェンド・モンスターが来なかった」


 茨姫はうんうんと頷く。

「マンサーナ島にアセロンの遺跡があると、説明が付くわけです。もし、アセロンを発見できれば、賢者の石がなくても大金持ちになれるかも、です」


(アセロンが存在しても、冒険をしない俺には、あまり価値のない発見になるかもな)


 竿に当りが来た。糸を巻こうとしても、まったくリールが言うことをきかない。

(でかい。二m以上の当りだ。来たか、ネズミ鮫か)


「お喋りはここまでだ。鮫との格闘の時間だ」

 手動では手に負えなかったので、巻き上げ機に頼ると決めた。


 竿からリールを外す。竿を固定台に入れ、糸は直径三十㎝の巻き上げ機に装着する。


 竿がぐいぐいと撓る。巻き上げ機がぶーんと音を立てる。

 だが、鮫の引っ張る力は強く、すぐに糸が巻かれない。


 それどころか、船がおかしな方向に傾きそうになった。

 引っ張る力は荒ぶる海の生命力そのものだった。


 慌てて茨姫が舵を操作して、バランスを取る。

 遊太は巻き上げ機を止めて糸を延ばす。糸が勢いよく海中に延びてゆく。


「まずいぞ、これ。吊り上げられないかもしれない」

 魔法の竿がばちばちと青く光った。海中に延びびてゆく糸がゆっくりになる。


 巻き上げ機のスイッチを入れる。ぶーんという音がして糸が今度はゆっくり巻かれる。


 巻き上げ機が糸をどんどんと引いていくと思ったら。また、糸の巻き上げが止まった。


 糸がぴーんと張られて、竿がぎしぎしとしなった。船が減速する。

 まずいと、感じたので巻き上げ機のスイッチをゆっくり逆回転させる。


 糸が海中に延びびて行き、船が安定する。

「これは、スリルがあるな。無理に糸を巻き上げようとすると、船が沈むぞ」


 魔法の竿はばちばちと光っている。魔法の竿は鮫からスタミナを奪っているはずだが、一向に鮫の力は衰えない。竿が不良品なのではとすら思った。


 五分、十分、十五分と時間が過ぎるが鮫の引く力は衰えない。やっと三十分を過ぎた辺りで、竿の撓りが急に弱くなった。


 巻き上げ機のスイッチを入れると、音と共に糸が巻き上げられていく。時折、引っ張る力が強くなり船が揺れるが、前ほどの力はなかった。


 そろそろ、勝負も終わりかと思った時だった。竿が今までにないくらい大きくしなった。


 船が傾いた。急いで、巻き上げ機のスイッチをゆっくり逆回転させる。

 糸を引っ張る力を弱める。さあーっと糸が海中に延びて行く。


 落ち着いたところで再度、巻き上げ機のスイッチを入れる。糸は順調に巻かれる。

 鮫の頭が海面に出てきた。鮫との距離は十m。


 鮫は抵抗していた。だが、疲れが出てきたのか、船を揺さぶるほどの力はなかった。


 距離が八m、五m、と縮まる。三mまで来た時に遊太は銛を打ち込む。

 銛が鮫の頭に命中すると、銛からバチバチと音がする。


 鮫が痙攣して動かなくなった。

 鮫が気絶している間に鮫を引き寄せ、網に入れる。鮫の全長は三mあった。


 茨姫が寄ってきて訊く。

「随分と大きな鮫ですが、これはネズミ鮫ですかね?」


「わからん。でも、ネズミ鮫であってほしい」

(道具屋の主人に感謝だな。魔法の釣り竿、電気銛、巻き上げ機、どれか一つでも欠けていたら、こいつは釣り上げられなかった)


 四時間を掛けてセレーツア島からヴィーノの街の魚市場にネズミ鮫を運ぶ。

魚の仲買人に鮫を見せる。


「鰭は貰うが、身は売却したい。いくらになる?」

「ネズミ鮫の今日の価格は一㎝当り八十リーネだ。身だけだと二万四千リーネだね。鰭をつけてくれるなら、もう十万リーネ高く買う」


 茨姫が素直に驚いた。

「鮫のあんな小さな鰭が十万リーネ」


 魚の仲買人は澄ました顔で教えてくれる。

「鮫の価値なんて、ほとんど鰭さ。だから、こっちとしては、鰭なしはあまり嬉しくないんだ」


「悪いが鰭は人魚にやる約束なんだ」

 仲買人はやれやれと肩をすくめる。


「そんな話だと思ったよ」

 鮫の鰭を切ってもらう。身は全て売却して、茨姫と半分ずつにした。


 転移門でセレーツア島に帰る。島の近くの桟橋には人魚がいた。

「アルシノエと連絡が取りたい。ネズミ鮫の鰭が手に入ったと伝えてくれ」


人魚は海中に消えた。

浜辺で網を修理する若い漁師に話し掛ける。


「鮫の身って使い道あるのかな?」

 漁師は素っ気なく答える。


「鮫は烏賊と違って簡単に加工できない。ヴィーノの街まで売りに行くしかないね。毛蟹、鮫の鰭、黒真珠はセレーツア島の名産だから高い。他はそうでもない」


「鮫の鰭や黒真珠は錬金術師や魔術師には人気の品だからか」

「そうだよ。でも、慣れればここもいい島だよ」


 漁師と話していると、アルシノエがやって来た。

 桟橋のところまで移動して、ネズミ鮫の鰭を渡した。


「さあ、マンサーナ島の秘密を教えてくれ」

 アルシノエは真面目な顔で教えてくれた。


「大した情報は知らないわよ。あの島はね、元海底にあった都市の一部なのよ」

 茨姫は色めき立つ。


「もしかして、アセロンの神殿ですか?」

「人間はそんな言葉で呼んでいたわね」


 茨姫が身を乗り出して質問する。

「島には秘密の地下空間があって、まだ神殿がある、とか?」


 アルシノエの表情は渋い。

「知らないわよ。だって、都市はもう陸になってしまったんだもの。陸に興味はないわ。神殿なんて、あるかも知れないし、ないかもしれないわね」


 茨姫はやきもきしながら質問する。

「もっと詳しくわかるものは、ありませんか、古文書とか古地図とか」


 アルシノエは、むすっとした顔で話を打ち切ろうとした。

「あるわけないでしょう。もう、ずっと昔の話なんだもの。じゃあ、そういうことで」


「待ってくれ。もうちょっと何かアセロンについて教えてくれよ」

 アルシノエが考えこむ顔をする。


「そうね。マンサーナ島の沖に真珠が取れる場所があるでしょ」

「ああ、あるな。そこがどうかした?」


 アルシノエはもう立ち去りたい空気を露骨に出しながら答える。

「真珠が取れる海の近くにある小さな島。島に鍵を持って行くと、アセロンに関連する聖遺物が出てくるわよ。じゃあ、そういうことで」


「待ってくれ、鍵って、何だよ?」

 アルシノエは苛立った顔で怒鳴った。


「そんなの知らないわよ。何から何まで、聞かないで。人魚が全てを知っているわけじゃないのよ。適当に海底を漁っていれば、そのうち出るわよ」


 ドボンとアルシノエは海中に入ると、沖に泳いで行った。

 茨姫が残念そうな顔をする。


「行ってしまいましたね」

「でも、着実に前進はしている。必要ならまた鮫を釣るさ」

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