第16話 秘密の侵入口(後編)

 換気孔に入ると、換気孔の先から甘い香りが漂ってきていた。

(何だこの香りは? シナモンのように甘いぞ)


 換気孔は緩い下り坂になっていたので、這うようにして前に進む。

 光の漏れる先は地下室の天井になっていた。


 天井には目の粗いフィルターが嵌まっていたので、下がよく見えない。

 それでも目を凝らすと、人間が入れるくらいの大きな釜が見えた。


「おや、鼠かい」と下から老婆の声がする。

 老婆が顔を上げる。紫のローブに襷をしていた。顔に黒いペストマスクをしていたので表情は見えなかった。


(何だ、あの老婆は? 錬金術師か何かか? まずいな。侵入したのが、ばれたか?)


 老婆は面白そうに語る。

「鼠なら、黙って引き返しな。宝を追い求めてきた海賊なら、降りておいで。面白い話をしてやろう。さあ、どうする? 私はどちらでもいいよ」


(地面までの高さは三m。下手に下りると、上がれないな)

 遊太は答えないが、引き返しもしなかった。


 老婆は遊太が下りていかないと、残念がった。

「慎重というより、臆病な奴じゃな。まあいい、見ているだけでも価値はある。ただし、御代はいただくがね」


 老婆は砂金のような塊を釜に入れて呪文を唱える。釜が光ると老婆はピンクの薬液を加える。


 釜から激しくピンクの煙が舞い上がる。煙は換気孔に上ってきた。

 思わずむせそうになる。口をハンカチで覆った。体から急激に力が抜けていく。


(まずい、これは毒の煙だ。しかもかなり強力な毒の煙だ)

 あまりの不快感に身悶えするが、脂汗を流しながら耐えた。


 老婆は遊太が苦しむのに構わず、材料を加える。老婆はどんどん作業を進めていった。


 立ち上る不思議な煙に苦しめられたが、遊太は耐えた。

 遊太の視界が苦痛に歪む。老婆は釜から鰹節ほどの大きさのある、黄金の物体を取り出した。


(まさか、賢者の石の欠片か? 粒から欠片を作ったのか)

 遊太が疑問に思うと、老人が顔を上げた。


「さて、この秘儀を見たお前さんは、どうする? 教えを請うか? ならば教えてやろう。もちろんタダではない。ここで見た秘密を誰かに話すか? さすれば、金にはなるが、面倒事も呼び込むじゃろう」


 遊太は老人の問いに答えず、ゆっくりと後ずさりした。

「この臆病者め」と老人が嘲けり笑う声がした。


 換気孔から何とか這い出る。

「おい、そこで何をしている!」


 男の声がする。見つかった。顔を上げる。

 荷車を牛に牽かせたオーエンがいた。


 オーエンは遊太を見て驚いた。

「遊太、遊太か。お前まさか、忍び込んで毒の煙を吸ったのか」


 オーエンの顔を見て、ほっとする。

「すまない。ふらふらする。手を貸してくれ」


 オーエンは懐から小さな円筒形の吸入器を取り出した。

「とりあえず、この吸入薬を吸い込め。それで、いくぶん楽になるはだ」


 オーエンから渡された薬を吸い込むと、呼吸が楽になった。

「この荷車に乗ってくれ。魚の臓物を捨てに行くところだ。魚の臓物で匂いを消すぞ」


 遊太は魚の臓物が詰まれた荷車に隠れた。

 オーエンが魚の臓物と遊太にむしろを掛けて運んでいく。


 具合が悪い中、悪臭に耐えて運ばれて行く。

 途中、荷車が止められた。だが、筵の下を確認されることはなかった。


 村のゴミ捨て場に着いた時には、幾分か気分は楽になっていた。

 荷車から這い出した遊太は、尋ねた。


「オーエン。あの婆さんは何者だ? 錬金術師のようだが中々に様になっていた」

「コンスタンスと名乗る錬金術師だ。コンスタンスは宇宙人プレイヤーだ。あのキャラクターは、特殊な仕様でできている。本人もいたく面白がって演じている」


 宇宙人のプレイヤーが操るキャラクターと聞いて合点がいった。

「コンスタンスは一般では不可能とされた賢者の石の精製方法を知っている。賢者の石を作成する秘儀。それこそが、大手クランの求める宝か」


 オーエンは悔しそうな顔で語る。

「粒から欠片。欠片から石。同じ道具と材料を集めて普通のプレイヤーがどれほど錬金術のスキルを上げても、コンスタンスのようにはいかない」


「あの釜と薬液は特殊なのか」

「コンスタンスの使っている釜は、錬金術師が使う釜の中でも、さらに特殊な釜だ。ピンクの薬液は蠍の一団から買っている」


「何だい、蠍の一団って?」

「八百万には、宇宙人プレイヤーしか相手にしない商団が存在する。蠍座の一団も、その一つだ。蠍座の一団は、オークションには出ない品物を扱っている」


「そんなのがいるんだ。だとすると、まずいな。コンスタンスは、すでに鏡の騎士団に押さえられている。これを鏡の騎士団から奪取するのは無理だ」


 オーエンは厳しい顔で告げる。

「無闇に鏡の騎士団と事を構えるのは悪手だ。そこで、オルテガ・バンクのやつらは主原料を抑えにいった」


「製造できるプレイヤーがいても、主原料がなければ、意味がないからな」

 オーエンが難しい顔で告げる。

「お宝の正体がわかったな。海底鉱床とコンスタンス。これがお宝の正体だ」


 遊太はまだ納得しなかった。

「結論づけるのはまだ早い。レジェンド・モンスター襲撃の件がある。コンスタンスの作り出す賢者の石は、レジェンド・モンスターを呼ぶのか?」


 オーエンは首を横に振って遊太の問いを否定した。

「賢者の石にレジェンド・モンスターを呼び寄せる効果はないぞ」


「だが、偶然とは考えられない。俺たちにはまだわからない秘密がある。そこに俺たちの儲け話が存在する」


「そう示唆するなら、もう少し、コンスタンスの助手として内偵を続けてやるよ」

 オーエンは去っていったので、海水で汚れを落としてから港に戻った。


 港で茨姫の姿を探す。だが、茨姫とは合流できなかったので、その日はログアウトした。

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