第15話 秘密の侵入口(前編)

 ヴィーノの街までぶり目鉢鮪まぐろを運ぶ。

 魚市場で鰤の価格を調べると、一万二千リーネだった。目鉢鮪の値段を確認すると、一㎝当りが三百六十リーネ。百六十㎝だと、五万七千六百リーネだった。必要のない鰤だけを売却した。


 レンタルで大八車を借り、氷とむしろを買って目鉢鮪を運んだ。

 料理屋ヒッコリは魚市場から少し離れた場所にあった。


 ヒッコリの店の前には全長二mの鮪の看板が出ている。

(鮪の看板が出ているから鮪料理の専門店なのか)


 入口から中を覗く。ヒッコリの客席数は六十席ほどと、まずまずの大きさの店だった。


 茨姫が店の入口から奥に声を掛ける。

「御免ください。テッドさんの指示で鮪を持ってきました。解体お願いします」


 店の主人は背が高く、太っちょで、馬に似た顔を持つ種族のオークスの男性だった。

「昼の営業が終わったところだ。ちょうどいい。捌いてやるよ」


 店主は大きな刃物を持ってきて、店の裏で鮪の解体を始めた。

 生の鮪が綺麗に部位ごとに切り分けられていく。


 茨姫が真剣な顔で鮪の解体を見守っていた。六十分を掛けて鮪は解体された。

「ほい、これで解体終了だよ。解体料として、大トロと中トロの部位を貰っていいって話だったけど、本当にいいの?」


 茨姫は目を皿のようにして何かを探していたが、店主の声で我に返る。

「いいですよ。中トロと大トロは必要ないので、持って入ってください。できれば赤身も買い取ってほしいんですけど、可能ですか?」


 店主は渋い表情をして思案する。

「仕入れは今朝に済ませたからな。それに、もう、お昼過ぎだ。そんなに高くは買えないよ」


「いいんです。私が赤身を貰っても悪くするだけですから」

 赤身の代金を二人で分ける。


 ヒッコリを出て、転移門に向かって歩いてく。

「なあ、傍から見れば、海で釣った目鉢鮪を料理屋に運んで安く売っただけだ。何がしたかったんだ?」


 茨姫は辺りを見回して、人がいない状況を確認してから話す。

「実はですね。テッドさんは、鮪から賢者の石の欠片が出て来ると睨んでいたんですよ。外れましたけど」


「鮪から賢者の石? 本当なのか、テッドの情報は?」

 茨姫は真面目な顔をして語る。


「でも、海から賢者の石の欠片が出ていると噂は流れています。鰹漁に制限を掛ける方針も、鰹節の安定供給ではありません。鰹から出る賢者の石の欠片を、他人に渡さないためです」


「本来なら、そんな馬鹿な、と捨てておく。だが、大手クランがこぞって海底を調べているのは、事実なんだよな。ある程度の大型魚が賢者の石の欠片を飲み込んでいる可能性はある」


 茨姫が悔しそうな表情で歯噛みする。

「でも、今のままでは、どこまで行っても可能性なんですよね」

「俺としても。確固たる証拠がほしい。確証があればガンガン釣る」


 茨姫は思わせぶりな態度で発言する。

「実はマンサーナ島で一箇所、怪しい場所があるんですよ」

「どこなんだよ?」


 茨姫がこっそりと教えてくれた。

「ゲームの設定上では、密造酒の保管庫となっていた場所です」

「実情はどうなんだ? どこかの大手クランが抑えていたら、怪しいが」


うしおの理は使っていなかったんです。だけど、最近になって、鏡の騎士団が借り上げました」

「また、鏡の騎士団か。賢者の石の秘密を探ると、必ず突き当たるな」


 茨姫は目に好奇心の色を浮かべて尋ねてくる。

「どうです? 忍び込んでみませんか?」

「テッドの指示を待たなくて、いいのか?」


 茨姫は胸を張って堂々たる態度で発言する。

「私はテッドさんの手下ではなく仲間です。指示を受けるまで待つなんて、性に合いません」


(これは、駄目だな。放っておいたら勝手に突っ走る。なら、俺が付いていたがほうが、まだましだ)

「わかったなら、こっそり忍び込んでみるか」


 茨姫はとても乗り気だった。

「そうしましょう」


 転移門を使いマンサーナ島に戻る。まだ、日は高く夕方前だった。

 茨姫は他人目ひとめを避けて港の反対側に廻る。


「おい、こんな明るい時間に忍び込むのか」

「こんな時間だからこそ、気分も緩み監視も緩くなるんですよ」


(本当だろうか? 何か不安だな)

 すると、林に隠れるように、板塀に囲われた、倉庫のような古い石造りの建物が見えた。


 倉庫は床面積が八百㎡はありそうだった。

「あれが、そうか、それで、どこから忍び込むんだ?」

「任せてください。侵入口は調べてあります」


 茨姫は機敏に動いて板塀に近寄ると、板塀の一箇所を叩く。

 板が外れて侵入口が現れた。


「さあ、早く行ってください」

 遊太は穴から中に入る。目の前に倉庫の壁が見えた。


(これが、秘密の施設か)

 塀の外側で男の声がする。


「おい、そこで何をしている!」

(ほら、いわんこっちゃない。見つかった)


 茨姫が走る去る気配がして、誰かが追う足音がする。

 ぐずぐずと現場に残ると危険だと思った。遊太も侵入口から足早に移動する。


 どこかに隠れる場所はないかと探した。倉庫の壁に人がやっと通れるくらいの換気孔らしき場所があった。


(こんなところに換気孔だと? ひょっとして、倉庫には地下空間もあるのか?)

換気孔には格子戸があったが、外れたので換気孔から中に入った。

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