第12話 オルテガ・バンクの陰

 レジェンド・モンスターの襲撃から三日後。道路の整理は着いたが、各施設は壊れたままだった。大量のゴミも島に残っていた。


 うしおの理が情報を発信するSNSでは、島をどうするかの会議が行われると、報告があった。


 マンサーナ島の魚市場も水産加工場も使えない。遊太はマンサーナ沖で獲った鰹を ヴィーノの街まで売りに行こうとした。


 だが、同じ内容を考える人間が多く出たので、魚価が通常の三割まで値下がりして、利益が思うように上げられなかった。


(鰹を鰹節に加工できないのが、痛いな。それに、鰹は釣りやすく値段が高いから皆が殺到して、魚価が下落しているのも苦しい。魔法の船で、ガソリン代が掛からないからいいけど、現実だったら、かなりの痛手だ)


 鯖、鰯、秋刀魚、鯵と大型魚以外の魚の売却を試みた。だが、ヴィーノの街まで掛かる時間を考えると、それほどいい儲けにならなかった。


 他のプレイヤーがどうしているのか、確認する。

 他のプレイヤーもヴィーノの町に鰹を運んでも儲けにならないのがわかっていた。なので、クランやフレンドを集めて、燻製を作って、輸出していた。


 試しに真似ようとした。料理スキルがないも同然では捌いて干すだけでも、頭が千切れ、見栄えが悪くなる。ここからさらに、薫煙となると技術が必要だった。


(捌いて干すだけでも、技量が要る。燻製にすれば、日持ちするから陸路を使って、ゴースの街まで持っていける。鯖や鯵でも燻製にすれば、ゴースの街ならそこそこの値段で売れるんだけどなあ)


 遊太は一人でやっている。とてもではないが、釣って、捌いて、薫煙して、陸路で運んで、を一人でやるには難易度が高かった。

(となると、大型魚を狙うか宝箱の引き上げか)


 どっちも経験が不足しているので、成功するとは思えなかった。

(まあ、いいか。ゲームなんだし、楽しまないと)


 宝箱の引き上げは、海底探査装置の他にも道具が要る。

 潜るための空気タンク、潜水スーツ、潜水帽子。泳ぐための足ヒレ。宝箱を浮かせるための浮力玉。


 道具は前ならマンサーナ島の道具屋でも売っていた。だが、今は道具屋が壊れたのでヴィーノの街まで買いに行かねばならなかった。


(買いに行くのは面倒だな。どれ、鰹よりもっと大型の魚を狙ってみるか)

 鰯を餌にとり魚群探知機、とカモメを頼りに大型魚の魚群を探した。


 すると、変わった漁船がいる状況に気が付いた。

 紋章を外した所属不明の漁船がマンサーナの沖に何艘もいた。


 漁船は鰯や鯖の魚群と離れた位置にいた。なので、単純な漁ではない。カモメの下にもいないので、遊太のように大型魚を狙っているわけではない。


 沈没船の引き上げかと思った。

 だが、双眼鏡で辺りを見るが、引き上げた荷を積み込む貨物船の姿がない。どの魚船にも、一艘に四人から五人が乗っている。宝箱の引き上げは金になるとはいえ、五人でやれば儲かる仕事ではない。


 これが、一艘、二艘なら、友人同士で遊んでいるとも考えられた。だが、どうも念で連絡を取り合って何かを探してように感じられた。


 遊太は怪しいと疑ったが、声を懸けるのは、躊躇ためらわれた。とりあえずは、さも鮪でも探しているように振舞った。


(海賊ではない。潮の理でもない。鏡の騎士団でも白頭の鷲でもない。大手クランぽいけど、どこのクランだ)


 何か念がもれてくるかもと思い、念を拾う魔道具の感度を最大にしておく。

「支店長に報告……」と雑念にも似た念が入った。


 念は途中で区切れた。だが、はっきりと『支店長』の単語は聞こえた。大手クランの中で階級に『支店長』を使うのは、銀行系クランだった。


 銀行系クランは八百万で経済的成功を求めるクランだった。

(この地方に手を伸ばしている銀行系クランといえば、オルテガ総帥が率いる。オルテガ・バンクだな。壊れた島を直すのに銀行系クランから支援を受ける展開はわかる。だが、なぜオルテガ・バンクは、海を調査するんだ?)


 船を操縦しながら考えを巡らせる

(島に上陸して島の被害状況や財産を査定する作業は納得がいく。だが、海中を探るのはなぜだ。定期的に出現する沈没船を財産とみているのか? だが、データは潮の理が握っている。わざわざ、独自に海底を調査する必要があるのか)


答えは出ない。あれこれと考えて船を走らせたおかげで、漁の収獲は零だった。

船を港に戻して異空間にしまう。


女神像の前からログアウトしようとする前に、島の酒場に行く。

酒場は壊れたままだったが、酒場の掲示板は復旧していた。


酒場の掲示板をチェックすると、潮の理の集会のお知らせが張ってあった。

集会は明日だった。


(けっこう、急な動きだな)

 近くで掲示板を見ていた男の漁師に訊く。


「なあ、明日の潮の理の集会って、何を話すんだ?」

 漁師は冴えない顔で教えてくれた。


「大木戸さんの話だと、今後のマンサーナ島をどうするか決めるそうだ」

 男は潮の理のメンバーだった。


 それとなく残念さを滲ませて話す。

「潮の理が運営するマンサーナ島が自由で好きだったんだけどな。海賊に島を渡しちまうのかな?」


 漁師は渋い顔で内情を語った。

「海賊に渡すはさすがにしない。でも、大手クランに売却する話は出るだろうな」


「潮の理は解散? ここまで大きなクランなのに、もったいない」

「もっと、小さな島でやり直すのかもしれない。解散をするかのかもしれない。全ての選択肢を視野に入れて明日の全体会議を行うのさ」


 漁師は寂しげにいうと去っていった。ログアウト後、潮の理の公式SNSを見る。

マンサーナ島をどうするかについての会議を行うので団員は積極的にログインするように、との呼び掛けがあった。


(潮の理が何を選択するか興味がある。だが、俺には何の関与もできないかなら)

 三日後、クランの団長の村上の名で、発表があった。


「潮の理はオルテガ・バンクから財政支援を受けて島を復興させる。復興事業に伴ない、一般プレイヤーや大手クランには協力を要請したいので、お願いする」


 村上の発表にマンサーナ島で漁業を営むプレイヤーは、ほっとした。

 遊太は気になったので、酒場に行く。


 酒場の店舗はまだ壊れていた。だが、道にテーブルを出しただけの形態で営業しており、飲み物を売っていた。


 寂し気な顔で飲んでいる潮の理の若い女性漁師を見つけた。

 何か訳を知っていそうなので、漁師に近寄って話し掛ける。


「掲示板を見たよ。とりあえずは、潮の理が残ってくれて、安心している。ここは、いい島だ。この美しい海と島は、俺も好きだ」


 漁師は冴えない表情で語る。

「そうでもないさ。島は残った。潮の理も残った。でも、全てが襲撃前と同じとはいかないのよ。自由がなくなった」


「そうなのか? そんな内容は掲示板に書いていなかったぞ」

 漁師は苦い顔で語る。


「全体会議が潮の理を二つに分けちまったのさ。オルテガ・バンクの島への介入をよしとする団員と、よしとしない団員とにね、よしとしない団員はこの島を去るしかない」


「そうか。あんたは、どっちなんだ?」

「さあ、どっちだと思う?」と漁師は微笑むと、名残惜しそうに店をあとにした。

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