第6話 錬金術師オーエン
夕闇にくれる街を遊太は走った。人込みに紛れて後ろを振り返る。追っ手は見当たらなかった。
(追われてはいないか。安心はできない。海賊の持つスキルの中に、尾行があるかもしれない)
海賊の持つスキルについて遊太はうろ覚えだった。
遊太は鰹節に偽装された物が何かを知りたかった。
知り合いの錬金術師のオーエンを訪ねると決めた。
遊太は細心の注意をしながら、ヴィーノの街の錬金術師街を足早に移動した。
錬金術師街の大きな表通りから、一本奥に入った場所にある小さな店の前で立ち止まる。
店のドアには『CLOSED』の看板が掛かっている。
ドアに手を掛けると、鍵はまだ開いていた。
誰も見ていない状況を確認してから、ドアを開けた。中は五十㎡しかない小さな店だった。店の中にはポーション棚や商品を載せる棚が並んでおり、怪しげな雑貨店のようだった。
男の錬金術師であるオーエンが店仕舞いをしていた。
オーエンの外見は二十歳のブッシュ。だが、以前に話した時に、実年齢は三十歳以上だと語っていた。
オーエンの身長は百六十㎝と、ブッシュの中では高い。だが、体重は四十㎏しかないので、痩せて見える。
オーエンの格好は袖の広い紫のローブを着て、緑のベレー帽子を被っていた。腰にはクリーム色の布ベルトを巻き、サンダルを履いていた。
オーエンは遊太を見て、笑顔で応じる。
「こんな時間に来るなんて、珍しいな。何か急に必要になった物ができたのか?」
遊太がきょろきょろしていると、事情を察したのか、オーエンが真面目な顔でカーテンを閉める。
遊太は扉に施錠すると、背負い袋の中から謎の品を見せる。
オーエンは興味深気に謎の品を見る。
「一見すると、ただの鰹節だな。これが、どうしたんだ?」
「その話をする前に一つ。鏡の騎士団と白頭の鷲が何かの品を巡って争った話は、知っているか?」
オーエンは軽い調子で認めた。
「それりゃあ、あれだけ派手にやれば、一般人でも知っているさ」
「その争いの元凶になったのが、この鰹節に偽装された品だ」
オーエンが謎の品を手にとって、あまり信用していない顔で発言する。
「偽装ねえ。どれ、鑑定スキルを使って、鑑定してみるか」
謎の品を持ったオーエンの手が、仄かに黄色く光る。
オーエンは露骨に遊太の言葉を疑った。
「俺の鑑定スキルだと、鰹節の不良品と出たな。鑑定スキルは商売上、必要だから、きちんと上げているんだ、これは本当に謎の品なのか? 怪しいね」
「たぶん、偽装されているんだと思う」
「なら、鰹節の表面を削っていいか」
「あまり傷つけたくはない。どかん、となったら嫌だからな」
オーエンは鼻で笑って、おどけた調子で微笑んだ。
「いきなり、どかん――は、ないだろう。俺には、鰹節を使った飛びっきりのジョークにしか思えないね。サプラーイズ、とか」
「笑い話であってくれると、いいんだがな」
オーエンが銀色のナイフで鰹節の表面を削る。
オーエンが不審な表情をする。
「おや、鰹節にしては硬すぎるな。途中でミスリル鋼の刃が止まっちまった」
オーエンが、少しだけ削れた鰹節の切断面を確認する。
オーエンは厳しい顔をして、切断面を遊太にも見せた。
切断面は黄金に輝いていた
「遊太の想像通りだったな。これは鰹節の不良品じゃない。別の何かだ」
「何かって、何だよ?」
オーエンは気落ちした表情で見解を述べる
「俺の鑑定スキルが通用しないんだ。知りようがないだろう」
「もっと鑑定スキルが上の人間に見せれば、どうだ?」
オーエンはお勧めしないの表情で忠告する。
「いいけど、遅かれ、早かれ、この謎の物体をお前が持ち出したのが、ばれるぞ」
(今ここで俺の関与が露見すると、厄介だな)
「それも困るな。鏡の騎士団や白頭の鷲のような大手クランに、睨まれたくはない」
オーエンが困った顔して訊いてくる。
「さりとて、謎の品が何か、知りたいんだろう? 欲深い奴だな」
「何か手はないのか、オーエン大先生」
オーエンが真面目な顔で教えてくれた。
「実は方法がある。ただ、かなりまだるっこしいやり方で時間が掛かる。それに、俺を信じて、謎の品を預けてもらわなければならない」
興味が湧いたので訊く。
「どんな方法なんだ?」
オーエンは真面目な顔のまま、急に話を切り替えた。
「時に、遊太よ。賢者の石の話を知っているか?」
「日本円にして一億円とも三億円とも値が付く奴だろう?」
オーエンが厳しい顔で、ひっそりと語る。
「実は錬金術師の間では、鏡の騎士団がその賢者の石を入手した、って話が出ている」
(おっと、急に一億円が転がりこんだか。オーエンと山分けでも五千万円だ)
「じゃあ、まさか、俺が偶然に手に入れた品は賢者の石か?」
オーエンの態度は急に弱気になった。
「かもしれん。違うかもしれん。俺には、遊太が持ち込んだ品が鰹節の不良品だとしか、わからなかったからな。わからないとしか答えられない。ただ、賢者の石は小さなものではない」
(そう、都合よくは、いかないか)
「だとすると、これは欠片かもしれないな。欠片ならいくらなんだ?」
オーエンが謎の品を見ながら、しみじみと語る。
「謎の品が賢者の石の欠片でも、数十万リーネはするだろうな。だが、欠片はいくつ集まっても欠片だ」
「どういう意味だ?」
オーエンが難しい顔で説明する。
「欠片の効果は、とても小さいんだ。そうすると、大手クランが集める理由が不明だ」
(いったい大手クランの連中は、賢者の石の欠片を集めて、何をしたいんだ? これは、ひょっとして大きな事件になるな。来たね、大きな利益を生む、大きな厄介事が。所詮はゲーム。なら、冒険してもいいだろう)
「よし、乗りかかった船だ。謎の品の正体を時間が掛かってもいいから、調べてくれ」
オーエンもやる気になったのか、白い歯を見せて笑顔で請け負う。
「わかった。吉報を気長に待ってくれ」
遊太は店から出ると、その日はヴィーノの街の女神像の前からログアウトした。
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