第5話 ヴィーノの街へ
マンサーナ島からヴィーノ街へは漁船だと巡航速度で行くと八十分掛る。
光の石で魔法の門を出して飛べば、一瞬で着く。だが、鰹節が入った木箱のような重い荷物を背負ってだと、魔法の門が使用できない。なので、特産品で儲ける場合は船で運ぶしかなかった。
(今から出れば、陽が落ちる前には着くだろう)
航海は順調に思えた。だが、マンサーナ島とヴィーノの街の中間地点に、軍艦が一隻いた。
帆の紋章から、軍艦は白頭の鷲のものとわかった。
迂回してもよかった。だが、下手に針路を変えると、あらぬ疑いを掛けられる恐れがあった。
気にせず軍艦の横を通り過ぎようとする。
軍艦の側に待機していた二艘の小型艇がやってくる。小型艇から念が飛んで来る。
「漁船の船長に告ぐ。停まってくれないか」
何も
「こんな海の真ん中でいったい何? 何の検問?」
小型艇の操縦者が真面目な面をして切り出す。
「仲間が海賊に特産品を盗られた。取り返そうと張っている。お前は海賊の仲間か?」
(これ、嘘だな。先日の鏡の騎士団との宝の奪い合いが、まだ続いているな。鏡の騎士団はマンサーナ島から目当ての宝を持ち出すのに失敗したか。どのみち、面倒事は御免だ)
大きな利益を生む、大きな厄介事なら首を突っ込んでみたかった。だが、小さな利益しか得られない、ごちゃごちゃした厄介事ならお断りだった。
遊太は正直に申告した。
「荷は俺が釣った鰹を加工した鰹節だ。ヴィーノの街に売りに行くところだろよ」
「なら、荷を確認させてもらって、いいか?」
「どうぞ」と答えると、高速艇から白頭の鷲の団員が二人やってきて木箱を開ける。
団員は鰹節の一つ手に摂ると匂いを嗅ぎ、小刀で薄く削って口に入れる。
「間違いない。鰹節だ」
もう一人の団員も厳しい目で鰹節を手にして確認してから声を上げる。
「全部、鰹節だ」
小型艇の操縦者が詫びる。
「疑って、悪かったな、行っていいぞ」
白頭の鷲の団員が木箱を元に戻してロープを掛けた。
遊太はそのまま軍艦と小型艇をやり過ごし、ヴィーノ街に向かった。
ヴィーノの街が見えてくる。ヴィーノの街は高さ十二mの背の低い城壁に囲まれた港町だった。港は整備され、漁港と貿易港を持つ。ヴィーノの街はハスラク地方では大きな街だった。
貿易港の桟橋に船を着ける。ロープを外して木箱を背負うと、船を異空間にしまった。荷物を背負って、貿易商のいる商館に向かった。
途中で『鰹節高価買い入れ』の看板を掲げる、中くらいの商館を発見した。
さっそく商館に行って、玄関で声を上げる。
「御免ください。マンサーナ島の鰹節を持ってきました。いくらになるか教えてもらえませんか」
ハスラク地方の商人が好んで着る黄色いワンピースを着た商人の青年が出てくる。
商人は鰹節の目方を大きな秤で量る。
「十三万五千リーネだな。わかっていると思うけど、この街から遠く、人口が多い大消費地に運ぶほど、売値は大きくなるよ。ゴースの街まで持っていけば、十五万リーネを超えるね」
(ゴースまでは陸路だな。歩いて行くと
「道中が危険でいいなら、プルーバまで行くといい。あそこもゴースと同じくらいの値が付くだろう。ただ、海路で行ける反面、海賊も出るけどね」
(ここでいいか。とりあえず、飽きるまで漁をしながら、金を貯めるか)
「いいです。ここで鰹節を売ります」
商人は鰹節の売却が決まると、一つずつ検品していく。
検品が終わると鰹節を一個横に避ける。
「これ一個だけ、質が悪いので買い取れないよ。でも、ご自宅用で使うなら、問題ない。自分で料理する時に使うといいだろう」
(不良品か。百個も作れば一個くらい不良品もできるか)
売却の書類にサインする時に「おや」と思った。書類上では売却個数が百となっていた。
(変だな。鰹は、きっかり五十尾だったはず。鰹節生産機は鰹一尾で鰹節二個ができる。失敗はなかったから、鰹節が百一個できることはないはずだが。こういう事態もあるのか)
不思議に思ったが、まあいいかと思う。売れなかった鰹節を紙で包んで背負い袋に入れる。
遊太は飯を食うために料理屋を探した。ゲーム世界で食事をしても、現実世界に戻れば空腹を感じる。では、何のため食べるのか。
カロリーを気にせず味を楽しむプレイヤーもいる。だが、プレイヤーのほとんどは、料理による恩恵効果を得るために食べていた。
八百万で食事をすれば、冒険をするのに有利な恩恵効果が長時間、得られる。
(掲示板情報によると、鰹の照り焼き定食を食べれば、操船技術が上がる、とあったな)
遊太は料理屋街に移動した。料理屋の看板を見ながら鰹の照り焼き定食を探す。されど、どこの店にも置いてなかった。
(おかしいぞ。そんなに熟練の技を要する料理でもないだろう。こんなに何軒も置いていないものなのか。今日は誰も鰹を魚市場に納品しなかったのかな)
食べたい時に、食べたいものがない。こういう時は諦める人間も多いが、遊太は違った。
遊太はどうにかして食べたい料理を探そうとする人間だった。辺りに注意を払いつつ、料理屋を廻っていると、遊太はフェリペを見かけた。
フェリペは昨日の冒険の時とは違い、よれた外套を着て目立たない格好をしていた。
(鏡の騎士団の副団長。あのクラスの人間って、どんな料理屋を利用するんだろう?)
ちょっと興味が湧いたので、フェリペの後を尾ける。
フェリペは百席もある大きな大衆向けの料理屋に入っていた。
(こういう大衆向けの店が好きなんだ。きらきらした鎧とか剣を持っているから、もっと高級志向かと思った)
店先の看板を見ると。『本日の夕食・鰹の照り焼き定食』の文字が見えた。
(いいね。犬も歩けば何とやらだ。見事に鰹の照り焼き定食を出している店を見つけたぞ)
遊太は店に入る。混雑している店は、三種類の定食しか出していなかった。
定食は大きな丸い皿に盛られていた。
皿を取って、会計カウンターで金を払う形式だった。
飲み物は別のコーナーがあり、木製のジョッキに入れられて売られていた。
夕飯時の店は混雑率が九割で、空いている席は少なかった。
空いている席を探すと、フェリペの後ろの席になった。
フェリペとは背中合わせに座る格好になった。
フェリペの顔を知っている。けれども、それほど親しくないので挨拶はしなかった。
食事をしていると、フェリペとフェリペの隣の謎の男の話す声が聞こえてきた。
「ブツはどうした?」と謎の男が聞く。
「ローサが隠した。鰹節製造機の中だ」とフェリペが答える。
(あ、これ、やってしまったか)
いくら鈍い遊太でもわかった。遊太は知らず知らずのうちに、誰もが狙うお宝をマンサーナ島から持ち出していた。
背負い袋の中にある鰹節に偽装した何かを、フェリペに渡そうかとも考えた。
フェリペが急に立ち上がった。振り返ると遠くから義経が二十人からなる手下を連れてこっちに向かってきていた。
謎の男が何かを投げる。とたんに紫色の濃い煙が店内に充満して、視界を奪う。
「行け、逃すな」の義経の叫び声が聞こえる。
遊太も危険と思い、食べかけの料理を放り出して逃げ出した。
七、八分ほど掛けて安全な場所まで移動する。
「完全に品物を返すタイミングを失ったな。さて、これから、どうしよう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます