第7話 カジキ祭り

 ログアウト後に食事を摂ろうとキッチンに行く。流しの洗い桶の中に浸っている食器から、両親が帰宅していると知った。


 遊太の父親の義雄は宇宙人の働くビルのフード・コート・コーナーで、店長をやっている。


 母親の美咲は宇宙人の秘書をしている。二人の勤務時間は宇宙人に合わせて二日連続の勤務のあと、五日休みの勤務体系だった。


 さすがに、四十八時間ぶっ続けての勤務は疲れる。なので、帰ってくると両親は食事をして、すぐに眠る。


 遊太は洗い桶に浸っている食器を洗うと、オーブンでピザを焼く。

 ピザが焼けるまでの間に賢者の石に関する情報をチェックした。


「賢者の石。鉛を黄金に変える、その石は人体に影響すると、あらゆる病気を治すとされる。また、若返りの薬の材料となる。その製造法は不明、か」


 賢者の石の欠片について調べてみる。

「賢者の石の欠片。欠片と呼ばれるが賢者の石と比べると効果は格段に弱い。少量の鉛を黄金に変えるのがやっと。人体に遣えば体内の生命エネルギーのバランスを整える。なお、欠片を集めても、賢者の石にはできない模様」


 賢者の石の欠片の価格を調べると、数万円~数十万円だった。

(賢者の石の欠片は、それほど凄い宝ではないのか、だが、何か引っ掛かる)


 ピザが焼けたので食べる。風呂掃除をしたのち、風呂に入ってから眠った。

朝になったので、八百万にログインする。


 ヴィーノ街の近郊でも釣りはできる。だが、ヴィーノ街の近海の魚場はアクセスが良いので、競争になる事例が多い。


 せっかくの釣りなので、ギスギスした環境を避けたかった。

 遊太はマンサーナ島に戻ると決めた。


 魚が釣れ易くなる恩恵効果を狙ってヴィーノ定食を食べる。

 漁船でマンサーナ島に戻ってもよかった。けれども、時間が惜しかった。


 街の外れにある転移門まで行く。転移門は凹型をした門で、行き先を念じれば二十秒で、一度行った記憶のある街に飛べる。


 料金は飛ぶ距離によって違うが、マンサーナ島までなら一万リーネで行けた。

(さて、今日も鰹漁で稼ぐか)


 港に行く前に天候をチェックする。島の掲示板を見に行った。すると、『カジキ祭り』の掲示があった。


 マンサーナ島では特定の大型魚が釣れ易い日には○○祭りの掲示が載る。

カジキは鰹より儲かると聞いていた。

(カジキが狙い目か。どれ、カジキ釣りに挑戦してみるか)


 島で準備を調える。小型の魚群を探して、餌となる鰯を入手する。カモメの下の魚群を探す。ここまでは鰹漁と同じだった。


 カジキは釣りをする人間に人気のある魚種なので、漁船を何艘も見た。遊太は取り合いを避けるために魚場を譲ると、なかなかいい魚場に巡り合えなかった。


 魚場を譲り合っているうちに、二時間が経過する。

(これ、駄目だな。祭りの日は積極的に魚場を取りにいかないと、釣れないぞ)


 競争に参加しようと決意すると、カモメが急に出現した。

 他人によい場所を取られる前に急行して竿を振る。料理の恩恵効果もあったせいか、すぐに強い当たりが来た。


 リールを巻き、時には送り込み、竿を前後左右に振る。

 カジキと格闘すること十五分で、海面に角が突き出したカジキの白い顔が見えた。


(白カジキが掛かったぞ)

 ぐいぐいとリールを巻く。竿を固定する台に竿を入れる。カジキとの距離が近いので船の先端に付いている銛を打ち込む。


 銛が白カジキの頭に見事に命中して、白カジキは静かになった。

 白カジキを船上にあげる。白カジキは全長が百四十㎝と、とても小型だった。だが、今まで釣った魚の中では最高の大きさだった。さっそく、生け簀に白カジキを入れる。


 周りを見ると、他に二艘の漁船が集まってきていて白カジキと格闘していた。遊太は、まだ釣れるかもと、淡い思いを抱き、餌の付いた針を投げ入れた。


 今度もすぐに当たりが来た。白カジキとの格闘が始まる。二度目は一度目より上手くできた。


 カジキはすぐに船体に引き寄せられる。遊太は再び銛で仕留める。船上に上げると、今度のカジキはさらに小さく、一mしかなかった。

(随分と楽に上がると思ったら、また、小さい白カジキだな)


 三尾目を釣ろうとするとカモメが散って行った。魚群探知機を確認する。

 反応がなかったので、白カジキの群れが移動したのがわかった。


 他の漁船もここには用はないとばかりに移動する。

(小さな白カジキが二匹か。いったい、いくらになるんだろう)


 船をマンサーナ島の漁港に戻す。魚市場で魚商人に白カジキを見せる。

 魚商人は微笑んで褒める。


「おや、随分と小さな白カジキだね。でも、最初なら、逃げられなかっただけ上出来だ」

「小さいと値は落ちるのか?」


「カジキは㎝あたりいくらだよ。ただ、カジキ祭りの日はカジキが釣れ易い反面、価格は落ちるね。今日の価格は白カジキなら一㎝当り、二百リーネだよ」


「合計で二百四十㎝だから四万八千リーネか。まだ、昼前だから、もう一回は漁に行けるな。だけど時給に換算にしたら鰹漁と同じくらいか、少し悪いな」


 魚商人は苦笑いして教えてくれる。

「それは掛かった白カジキが小さいからだよ。マンサーナ沖で摂れるカジキは三mくらいが普通だからね。だから、カジキ祭りの日でも、鰹漁よりは儲かるのさ」


「三mか。百四十㎝でも苦労したんだから、釣り関連のスキルを上げないと、釣るのが大変そうだな」


 もう一回、カジキ漁に出ようとした。今から出ると料理の恩恵効果が切れそうだった。

(料理屋でヴィーノ定食を食べて、恩恵効果の更新しておくか)


 料理屋に移動しようとした。すると、話し掛けてくる船乗りの格好した若い男がいた。


「なあ、ちょっと、いいか? あんた、漁船持ちだろう? ひょっとして、海底探査装置を持っているか?」


 海底探査装置は船に装着するパーツだった。装備すれば海底の状況がわかる。主に海底に落ちている宝箱や、沈没船を発見するのに使われる。


 ただ、価格が高価な割に用途の狭さから、余り持っているプレイヤーはいない。

「持っているけど、何?」


 遊太は漁船を宇宙人と茶碗との交換で貰っていた。茶碗は亡き祖父が集めていた骨董品の一つだった。


 良い値がするそうだが、価値がわからなかったので、ほしがる宇宙人プレイヤーとゲーム内の漁船と交換に応じた。その時に宇宙人は大変に喜び、海底探査装置も付けてくれた。


 船乗りは喜んだ。

「やっぱり、漁船の強化に金を使っているから海底探査装置を持っているかもと思ったんだ。俺はクランうしおの理の大木戸。よかったら、船を出してくれないか、礼はする」


(潮の理のメンバーだとすると、ちょっと妙だな)

「いいけど、潮の理って海に特化した大手クランのイメージがあるんだけど。一般プレイヤーの手を借りるのか? 海底トレジャー・ハントって、クラン内だけで回していると思っていたよ」


 大木戸は少しばかり弱った顔で依頼してきた。

「ちょっと事情があって、海底探査装置を装備した漁船が足りないんだよ。頼むよ、協力してくれよ。報酬は最低で六万リーネを約束する」


(いいか。海底トレジャー・ハントは、やった経験がないから、やってみるか)

「素人でよければ手を貸すよ。俺の名は遊太だ」


「なら、明日の早朝。港で待っている」

 大木戸と別れる。大木戸はその後も、カジキ祭りでカジキを釣って戻ってくる漁船を待つ。


 大木戸は漁船への金の掛け方を見ては、声を懸けていた。

(潮の理の海底トレジャー・ハントか。どんなものなんだろうな)


 遊太は夕方までカジキを釣ろうとした。だが、カジキとの格闘の末に何度も逃げられ、カジキを釣ることができなかった。

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