街づくり
王都のあった場所を復興させると決めたライラ達は、魔王となったヘズを中心にして活動を始めた。と言ってもまず初めに行ったのは引っ越しだった。
三人と一匹で今まで使っていた家から全てを持ち出し、城に住まう準備をする。ヘズはライラやペルケレに教わりながら、荷物の移動に魔術を使用した。元々王族として魔術を使っていたので覚えが早く、加えて豊富な魔力は体をむしばむ事も無く馴染んだ。
空を飛ぶなどライラよりも自由に扱えるようになったヘズは、魔術を思いきり楽しみながら使う。
いきなり何十倍にも広がった家は何をするにも非常に使い勝手が悪く、初めの内はひとところに固まって住んだ。
果実や木の実、薬草などを森が消えて影響が出る前に移植しなくてはならない。ライラの父が
そのうち、森の消失をいぶかしんだ周辺の村人たちが武器や農具を手にしながらやってくる。五百年の間、城は変わらずそこにあったのだが、村人たちにとっては突如現れたものとして認識されていた。
城の主として丁寧にもてなそうと、門の前までヘズが出迎える。まだ門番すら置ける状態ではないので仕方のないことだった。
「ようこそ、魔王城へ。魔王のヘズだ。以後、お見知りおきを」
長い金髪、整った顔立ち、堂々たる振る舞いのヘズは確かにおとぎ話に登場する魔王と名乗っても遜色はない。
真面目に受け取って恐れるべきか、冗談と受け止めて笑ってやるべきか。
村人たちの間には微妙な空気が流れた。後から来たライラが慌てて横から説明をする。
「ごめんなさい。こちらはヒーシ国第二王子のヘズ様でいらっしゃいます」
「ライラ、私はもう身分を捨てた身だ」
「こっちの方がしばらくは都合が良いの。黙ってて」
説明に向いていそうなラッリは故郷へ助力を願いに帰っていて不在だ。ペルケレはお昼寝中である。
「ライラさん、これはどういうことか説明していただけないだろうか」
「王子殿下が新たにこの辺りを治めるってことか?」
顔見知りの村人たちがライラを見て敵意を和らげると、周りも武器を下ろして話を聞く態勢に入る。
ライラはすべてを正直に話す。誤魔化しても良かったのだが、知られたときに疑いを掛けられるのを避けたかった。
もちろん、自分が魔女であることも。ヘズに話すのにあれほど躊躇ったにもかかわらずである。
「それで、あなたたちにも街づくりを手伝ってもらいたいのだけど」
話しているライラにも荒唐無稽な話に思えたし、現在の魔女の扱いはヘズから聞いていたものの、それが庶民の間ではどんなものなのかまでは分からなかった。様子をうかがいながらお願いすると、村人たちは互いに目配せをしたり、ため息を漏らした。
一人が、代表として意見を言う。
「俺たちだけじゃ決められねぇ。村長か…ひょっとしたら領主様辺りまで伺いを立てないと」
「信じてくれるの?」
「それも含めてだ。取り敢えず危険なものでないか、様子を見に来ただけだからな」
「それは安心して頂戴。ヘズや私は絶対にそんなことはしないと言えるわ。けれど……」
ライラは隣にいるヘズを見やると、顔を曇らせながら頷いた。
「私の父や兄上が兵を送ってくるかもしれない。そうだな、完全に城の中で生活してもらうならともかく、行き来はまだ難しいだろう。丁度、領主の一人に掛け合っているから上から通達が来るまではここへ近づかない方が良いかもしれない」
消えた森はいくつかの領に接しており、ラッリの父親が治める領だけではない。新たな火種とならぬよう十分な手回しが必要だが、それもクレルヴォたちの出方次第だった。
予想通り、暫くして森の消失に気付いた王城からライラたちの城へと軍が派遣され、宣戦布告も無しに襲撃を受ける。当然魔王となったヘズが守っている城は無傷だ。
遣いを出して様子を探りもせず、兵士たちに負担を強いるだけのあまりの粗末な策に流石のヘズもクレルヴォの評価を下げ、襲撃を行った兵士たちと共に空を飛んで王城へと戻る。
城についた途端、イルマリネンの配下が攻撃をしてきたので、ヘズは手加減が出来ずイルマリネンもろとも魔術で消し去ってしまう。
玉座で怯える父に魔王になったと告げ、森の有った部分を自領とすることを宣言する。自分に付く者は城に来るように周囲に勧めると、クレルヴォが激高して魔術攻撃を仕掛けた。
呪詛を防いでみせ、味方になるものは守ると言えば臣下たちはこぞって離反しヘズに付く。恐怖政治を敷いていただけのクレルヴォの方が余程魔王らしく、臣下に対して今までと変わらぬ対応をするヘズの方が求心力があった。
「兄上、魔術を封じさせていただきます」
「魔王になったのなら、殺せばいいものを。それで人格者になったつもりか」
「いいえ。彼女が守ってきた者の数に入るからですよ、私も、兄上も」
ライラがヘズに対して使ったのと同じ魔術を、父である国王と兄のクレルヴォに対して施す。魔術師同士のいざこざでは必須かつ簡単な術で、魔王になったばかりのヘズでも扱うことが出来た。
体のどこに施してもいいのだが、ヘズはライラと同じように首に施した。まるで絞首台の縄をかけられるような感覚に、クレルヴォは取り乱す。
「術の使えなくなった私がどのような目に合うのか、想像がつくだろう。ヘズ、頼む、いっそ殺してくれ」
初めてヘズを見てくれたクレルヴォがしたのは命乞いだった。その無様な姿にヘズは泣きながら笑う。
クレルヴォを恨むものはヘズを憎むもの以上に多い。
「さようなら、父上、兄上。出来れば生きている内に分かりあいたかったのですが、私は二度と会うつもりはございません」
―――その後、国王とクレルヴォの行方は二度と知れなくなった。
ラッリの父親を中心とした周囲の領主たちの援助も受け、町づくりは加速していく。
ヘズの魔術で全てを行うこともできたが、ライラたちが望んだのは人が生きるための国だ。どれだけ遠回りになろうとも極力手間は省かずに丁寧な国づくりを心掛けていた。
「子供の頃に見た時から姿が変わらなかったから、魔女だってのは薄々気づいてきたんだが……」
「元々は王女様だったなんてねぇ。今まで失礼してなかったかな」
各領地から開拓地として様々な階級や職種の者が派遣される。
雑貨屋の店主と服やの女性店員は店を出すためにすぐに駆けつけてくれた。募集を掛ける上でライラやヘズの状況を説明しなければならず、受け入れてもらえるか心配だった。だが二人は嫌な顔をせず、むしろ二号店を格安で出せると喜んだ。
「安すぎるかしら?相場に詳しい人がいなくって……」
「まだ街づくりの途中なんだろ?かなり不便だし売り上げも見込めないから、定着するまでは安い方が良いんだ」
「そのうち税金も取るようになるでしょうし、今のうちは融通を利かせてくれるとありがたいよね」
国土のほぼ中央に有り、治めるには最適な地だった森の跡地は長い年月をかけて王都となっていった。
一城の主に過ぎなかったヘズが、長い年月をかけて街を整え、国を整え、国王になっていく。魔術が使えるだけで王になるのではなく、君主として相応しくあろうとする。常日頃から自分を戒め、迷い悩む姿は、ライラやラッリが心配する程だった。
そしてもう一つ、ヘズは急に強大な魔力を得て体に馴染んだ分、精神が不安定になる時が多々あった。
書類仕事をためこんだヘズはラッリの監視のもと、読みながらサインをする作業を延々と行っている。
「ライラに会いたい」
「お互いに仕事が忙しくていらっしゃいますからねぇ」
「何故未だに夫婦になれんのだ!街など造らず二人きりでここへ済めばよかった」
「ライラさんが愛想尽かして出ていく姿が目に浮かびますね。四六時中べったりとヘズ様に引っ付かれて」
呑気に答えるラッリの傍で、ヘズがうめく。
「うう……」
「不老長寿になったのだからゆっくりでいいじゃないですか」
「ううううう…………」
森の神の能力もしっかり引き継いでいたヘズは、魔力が抑えきれず城に植樹された木々を無意識に暴走させる。増殖して街を飲み込むほどではなく、最初は葉を茂らせさわさわと少し動く程度。その内我慢が出来なくなって枝葉がするすると伸び始めて城の壁に絡みついてくる。
そんな時に呼ばれるのはやはりライラだ。
人々が魔王であるヘズに恐怖心を持たぬよう、橋渡しの役目もしていたライラは血相を変えたラッリに呼び出されて不機嫌であった。小脇になぜかペルケレを抱えている。
「ヘーズ―?私の仕事を無駄にしないで頂戴。せっかく商会と開催に漕ぎつけた大事な会合だったのに、やっぱりうちの国は付き合いにくいとか思われたらどうするのよ」
「やっと会えた……ライラぁ」
ぱーっと花がほころぶ様に笑顔になったヘズ。ライラに抱き着こうと伸ばした両手にはペルケレがすっぽりと収められた。
「ため込むくらいならペルケレに癒してもらいなさい」
「なんで俺がっ!?」
「私も忙しいの。どうせ昼寝ばかりしているならそれくらい協力しなさい」
ライラとペルケレが言い合っている間、ヘズはにこにこ笑いながらもぽつりと小さく呟く。
「ペルケレ殿なんかよりライラを膝に乗せて仕事したい」
言葉はしっかりとライラに届いた。ライラは頬を赤らめる……ことはなく、ペルケレに憐みの目を向ける。
「ペルケレ、振られたわね。可哀そう」
「いや……それ、おれはどんな反応すればいいんだ?ライラもかなり疲れているんじゃないか?」
「あはは……取り敢えずお茶にしましょうか」
ラッリの提案に、ライラはすかさず仕事を持ち込んだ。
「だったら輸入を検討している紅茶を試飲させて頂戴。ヘズの意見も聞けたら嬉しいわ」
「ライラが喜ぶならなんだってする」
「傾国になるつもりは無いわよ
暴走した木々に花が咲いて、人々はヘズの機嫌を知る。「あら、ヘズ様がライラ様とお会いになっているのね」と恐怖心どころか生温かい目で見られていることをヘズ達は知らない。
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