神殺し
「っアイツっ!やりやがったなっ」
ペルケレが突然叫び出して驚いたライラだったが、直ぐに自分の掛けた魔術から異変を感じて外へ飛び出した。石に掛けたものとヘズに掛けたもの、両方が飽和状態の強い魔力に晒されていることから場所を古城と特定した。外につないだミエリッキにまたがり、ペルケレが鞍の前に飛び乗ったのを見届けて急ぐ。
「ヘズの奴、石を傷つけたんだ!」
「わかってる」
始めは困惑していたライラも、徐々に理解が追い付くと裏切られたと言う思いでいっぱいになった。口惜しくて悲しくて、涙が溢れてくる。
五百年前、守る対象は家族や城や街での顔見知りだった。自分を含めて守りたい一心で術を使った。年月が経ち、顔ぶれは入れ替わる。ライラの事情を知る者はいなくなり迫害なども受けた。
それでも、守るべき『民』が形骸化しないように雑貨店の店主や服飾店の店員などとも多少交流を持っていた。だが彼らにも話すことは無かった。
踏み込ませなかった。立ち入らせなかった。ヘズの様な『特別』が現れると思っていなかった。
「なのに、信じて全てを話したのに、どうして」
「石がなくなればライラは自由だとでも思ったんだろ。お前を思っての行動だ。あまり責めてやるな」
ペルケレも考えなかったわけではないが、相手は神だ。名前を知られていないことから比較的新しい神であることが分かる。予想としては森に居た精霊が年月を経て神格化したものが考えられるが、それゆえに何をしでかすか分からない。精霊にとっての善悪の基準はとても曖昧なものだからだ。
木を切ったことに腹を立てたのなら、切った本人や命じた王族の命を奪ったり呪いを掛ける程度で済ませる。石を出現させ森を増幅させるとなると神自身にもそれなりの負荷がかかり、元神のペルケレでも目的が読めない部分があった。
この一件を知った時には既にライラが封じた後だったので、ライラを手助けすることで様子を見ると決めた。
馬で走れるところまで乗り、木々が生い茂って立ち入れない場所からライラは自分の足で走った。もつれそうになる足を必死で動かし、たどり着いた古城の崩れた隙間から緑色の光が漏れているのを目にする。
―――ヘズが自分の剣で切り付けた直後、玉座の間は緑色の光で溢れた。眩しさに耐えきれずヘズ達が腕で顔を覆っていると、宙に浮いていた石が床に打ち付けられる固い音が響く。
光がゆっくりと収束してやがて人の形を作ると漸く視界が利くようになった。石は真っ二つに割れていて、光を失った状態で床に転がっている。
その石の真上に、髪も肌も緑色の男神が現れていた。ライラの魔術はまだ宙に浮いたままの状態で発動していて、神の力を制限していた。
『なんとまぁ、人間とは愚かな。我が造り出した石を切ってしまうとは』
雷のように響く低い声。眩しい程では無いものの、その声に反応するように周囲に光が揺らいでいた。
ヘズは、神に向かって問いかける。何が起こるか分からないと、ある程度の気構えはあったので臆することなく対応できた。
「そなたが、この石を出現させた者か」
『いかにも。神の残したものを壊した罰を受ける覚悟はあるか、人間よ』
威圧するように光を発する神に、怖気づくことなく剣を突き付けるヘズ。
「民をいたぶり弄ぶ存在のどこが神だ。祀られることもなく国を亡びに導くなど、悪魔や邪神の類ではないか」
『祀られていない……?』
ヘズに言われて初めて辺りを見回す神は、漸く自分の置かれた状況に気付いた。自分の壁や天井は崩れ落ち、座る者がいなくなって久しい玉座は朽ち果てている。ライラが自分で歩く場所のみ時折掃除をしていたが、それ以外はほこりまみれだ。
とても、神が祀られるような場所ではない。
『何故だ。どうして祭壇も無いのだ。我はこのような廃墟に放置されていただけなのか』
山脈の内側を全て森で覆いつくし、森の民として生きる人間たちに崇められる計画だった。城を神殿がわりにし玉座の前に自らの分身を置けば、王に対するのとと同じように人々はひれ伏すと思った。
予想通りに事が進まず神は混乱している。五百年も経てばそれなりに力だって成長している筈なのに。
「神殿も祭壇も人が造るものだ。神を崇める風習だって人がいてこそだろう。人を追いやって退けたものがどうして祀られると思うんだ?」
『なるほど、やり方が悪かったのは認めよう。思ったよりも人が愚かであったことを見抜けなかった私が悪い。だが、それなら今からやり直せば良い。そなたを許してやるから我を崇めよ』
神の申し出はヘズに受け入れられるものではなかった。ライラの国を滅ぼした神から次にどのような要求が来るのか、ろくでもないことはヘズにも予想できる。
存在を黙っていてやるから呪いを解けとライラに言い放った自分を思い出して恥じた。
父にも兄にも認められずとも、誰に見られなくとも、ヘズが王子であることは動かしようのない事実だ。だからこそライラの様に一人になっても責任を果たしたかった。
「私はヒーシ国第二王子ヘズ。お前のせいで苦しめられた人の為に、これ以上の森の神の横暴を止めに来た。大人しく立ち去れ、神よ。そなたはこの国にふさわしくない」
神の目が細められる。
『私を恐れるどころか、愚弄するかぁっ!』
「殿下っ!」
怒鳴り声と共に発せられた光によって、ヘズは吹き飛ばされた。間一髪、辛うじて壁に叩きつけられる前にラッリが体を滑り込ませてかばう。衝撃で一瞬だけ息が止まったが、直ぐにヘズの無事を確認した。
「っいたた…殿下、ご無事ですか?」
ヘズの方は経験した事の無い強さの魔力を当てられて、軽くめまいを起こしていた。ラッリに答えることは出来たが、まだ頭をふらふらさせている。
「ああ、何とか。だが今のような術を使われては一太刀浴びせることも出来ないな」
「万事休すですね。それともそのまま逃げちゃいますか」
「少しだけ待て。まだめまいが…」
一方で思ったよりも自分の力が発揮できない神は苛立っていた。周囲に浮いたまま自分を囲む光の帯を忌々しげに見つめる。帯の外側へ出ようと触れた手がばちっっと弾き返された。
『森の力を防ぐ魔術か。目障りな』
使い始めは脆弱だった魔術も、毎日ライラが魔力を注ぐことによってより強固なものへと変わっている。神が魔力を使い帯を弾き返そうと、バチバチと火花を散らし始めた時、たどり着いたライラが玉座の間に入ってきた。
ライラはヘズを見つけたら怒鳴りつけようとしていた。人が守ってきた物をどうして無駄にしてくれたんだと言おうとした相手が倒れているのを見て、一気にそんな気が失せる。
「ヘズっ!」
「ライラ、来るなっ」
ライラは神には目もくれず、ヘズ達に駆け寄りけがの様子を確認した。その様子を興味深く眺める神。石を出現させる直前の記憶を探り出す。
『ああ、お前か。見覚えがあるぞ、確か王女だったか。何故まだ生きている?……そうか、その足元の悪魔と契約して不老長寿にでもなったか』
「その通りよ。これ以上森を広げない為に、力を封じさせてもらったの」
ライラの不幸の元凶。五百年前には只々怯えるしかなかったライラは、ヘズ達をかばうようにすくっと立ち上がった。
術を施したのがライラだと気づくと、神はライラを睨みつける。
『魔女め。お前が石を封じたせいで人々の畏怖が得られなかった。その人間もお前が誑かして石を切らせたのだろう』
「させるわけがないわ。ただ私は民を守るために森の侵食を防ぎたかっただけ」
『どうだか。父親に木を切らせた母親そっくりだな。男に罪を犯させるところなど正に似ているではないか』
神は鼻で嗤った。その笑い方はひどく歪で、ライラは心のどこかでこれは神ではないと思い始めていた。おかしいのだ。あれほど恐ろしい神だと思っていたから、他の選択肢となる物がなかなか見つからなかったはずなのに。
魔術書は神を殺す方法など当然載っていなかった。だから封じ込めるしかなかった。神でなかったのなら他にいくらでも方法はあったのに。
「あなたは、本当に神なの?」
『私が神でなかったら一体なんだと言うのだ』
「神ってのは人の信仰心で力や格が上がるんだ。精霊だったあいつはライラの親父さんの一件を切っ掛けにして、より多くの力を求めたかったんだろう。一応神と言う分類に入っているが、微妙な所だな」
ペルケレがとてとてとライラの元へ歩み寄りながら、ライラの疑問に答えるように解説を始めた。
「若い神の考えそうなこった。だがそのために人を遠ざけるなんてお前馬鹿だろ」
『悪魔ごときが知った風な口を利くな』
「ふうん?俺の名はペルケレだ。昔、神なんぞをやってたんだが聞いた事ねェか?」
ペルケレが名乗った途端、森の神は表情を一変させた。
『ふ、古き神々の一柱が,何故人間の味方を』
「ま、今は悪魔だがな。悪魔になってもやることを変えてねぇだけだ。お前は導くどころか力を振りかざすだけだろ」
『我を滅ぼすと言うか』
「俺はやらねぇよ。やるのはこいつらだ。さんざん人間を見くびっていた仕返しをきっちり受け止めろ」
ペルケレと神が話している間にライラがヘズを回復させ、二人は立ち上がる。後ろでラッリが遅れて立ち上がったが足を引きずっていた。
「父様の、国の仇―――」
今になって、怒りが満ち溢れてくる。見ればライラの術はまだ効果があり、そのようなもので封じられる者を崇める気にはなれなかった。
ライラの緑色の瞳が真っ直ぐに神を捉える。自分の中の魔力が怒りと共に荒れ狂っていくのを感じていた。
神はペルケレと契約したライラを恐れ、言い逃れを始める。
『初めに木を切ったのはお前の父だ』
「うるさい、黙りなさい」
「ライラ、雷で落とし前をつけろ。ヘズ!こいつを切ってやれ」
ペルケレがニイッと笑って二人をけし掛ける。
ライラに、迷いは無かった。
森の神が吹き飛ばそうとするよりも早く、ライラは腕を振り下ろして手加減無しの特大級の雷を直撃させた。ペルケレの援護も受けたその雷は、神をの体を焦がし、気絶させるほどのものだ。その間に走り寄ったヘズが袈裟懸けに切りかかる。
霧を切るような感触だったがヘズの魔法により確かに神は攻撃を受け、断末魔の叫びを上げた。
『ぐあああぁっっ』
ライラの結界の中でのた打ち回るたびに傷口から緑色の霧が噴出されて、神の体は覆い尽くされてしまった。
傍にいたヘズは慌てて後ずさるが、伸びてきた腕が霧の中へと引きずり込もうとする。
「くっ、は、離せ」
何度も霧の中へ剣を突き刺していたが、やがてヘズは緑色をした霧に飲み込まれてしまった。
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