懺悔

「まったく、女性の後を付けるなんて信じられないわ!」


 ライラが迎えに来てしまったので、ラッリは自分が見た物をヘズに報告出来ないまま家の中で説教を受けていた。自ら床の上に正座して反省の色を示しているラッリの頭の上には何故かペルケレが乗っていて、くあ~と欠伸をしていた。

 ライラの常識は五百年前のものなのでこの程度で怒って良いものか実は迷ったが、ラッリが反省しているので安心して怒りをぶつけた。


「すみませんすみません。毎日出かけられているようですし、何かお役に立てることが無いかな~なんて思いまして。暗殺者も送られてきましたし、用心に越したことはないかと……」

「ライラ、すまない。私がラッリに命令した」


 ラッリが罪をかぶろうと誤魔化していたのに、足を組んで椅子に座っているヘズは正直に白状した。ライラは目を丸くして驚く。今までヘズに行先も問われておらず、不審に思われているのも気付かなかったからだ。


「どうして?」

「ライラが毎朝どこかへ出かけるのは知っていた。初めは植物を採集するためだと思っていたが、毎日出かけるようなことでもないだろう?それがおそらく森から離れられない理由だと思った」

「出かける必要がなくなれば、我々にとって恩返しともなるのではと。ただしあの場で見たものは私にも全く分からない状況でした」


 二人で理由を説明されて悪意ではなく善意からのものだと知り、ライラはたじろいだ。その隙に畳み掛けるようにして、城での様子を知らないヘズはラッリに報告を促す。


「ラッリ」

「はい。森の奥にある古い崩れた城の中で、ライラ殿は宙に浮かぶ緑色の石に何らかの魔術を施していたようです。玉座の前に浮かび、禍々しい光を放っている石の周囲に魔術らしき光の帯が浮かんでいて…ライラ殿、あの石は一体何なのですか」


 ライラは顔面蒼白になっていた。そこまで見られてしまったからには、話しておかないとヘズ達が石に対して何かをしてしまうかもしれない。

 今までペルケレ以外に誰にも話していない過去。人に話すにはあまりにも長い時が経ち過ぎてしまっていて、ライラは恐怖を感じてしまっていた。


 ヘズやラッリの反応が怖い。ペルケレが悪魔としての本性を出した時もヘズは礼を言ったが、ライラの過去を話して同じように許されるとは限らない。


「話しちまってもいーんじゃないか?流石に五百年も前の父親の咎を責めるような奴らじゃねーだろ」

「でも……」


 信頼していないわけではない。暫く一緒に生活して人となりが分かっているので、いきなり敵に回るようなまねはしないとライラは知っている。もしもライラを許せなかったら、きっとヘズはきちんとそのように告げるだろう。

 ライラの迷いを声色から感じ取ったヘズは、猶予を申し出た。


「ライラ、今日が嫌なら明日だって良い。話したくない部分があるならばおおよその流れを掻い摘んで話してくれればいい。手伝えるかどうかは別として、共に考えることをさせてもらえぬだろうか」


 目の見えないあなたに何が出来ると言われたのを気にしているようだとライラは察していた。それでも力になりたいと強く思う気持ちが伝わる。同じ気持ちからライラはヘズの呪詛を解こうとしている以上、ヘズの気持ちはぞんざいに出来なかった。


 ここで話さなかったらこれからもずっと一人で抱えたまま。変わるには、変えるにはちょうどいい機会だ。

 ライラは頭を振って、迷いを追い出した。


「大丈夫、今から話すわ。ラッリさんも椅子に座って」


 一度大きく深呼吸をした後にライラは意を決して静かに語り始めた。あまりに長い時を生きてしまったので、まるで昨日の様になんて感じられない事実なのに、言葉がすらすらと出てきた。もしかして自分はずっとずっとこの時を待っていたのかもしれないと思いながら、ライラは言葉を紡ぐ。


「昔むかし、この辺りにはフォレスタリアと言う国があったの―――」


 王女だった。家族がいた。幸せだった。その幸せがある日突然壊れてしまった。

 玉座の間に現れた神は髪も肌も緑色で、人の形をしていた。見るものによっては美しく、或いは化け物のように感じられた。手掛けていた仕事の進み具合を父に報告をする為に偶然にもライラはその場に居合わせる。


「我が森の木を切る様に命じたのはお前か」


 低く響く雷のような声は周囲にいる者を震え上がらせるのに効果的だった。玉座に座っていた父の顔も恐怖に歪んでいたが、辛うじて王としての威厳を取り繕う為に「そうだ」と答えた。

 おそらく是と答えようが否と答えようが、神は同じ判断を下す。


「何と傲慢な。我が怒り、滅びを持って思い知るがいい」


 雷のような光と共に玉座の前に巨大な石を据え、高笑いと共に消えてしまった。


 石を封じる為に魔術を使い、それを継続させるために毎日魔力を注いでいること。そしてそのために森を離れられないこと。ペルケレと契約して、人ですらなくなってしまったこと。


 ライラを置いて行った人たちへの恨みは決して言わなかった。森に住み始めてからライラを傷つけようとした人達は関係ないとして省略した。心に受けた傷は決して小さいものではないけれど、話すべきは石にまつわる経緯だ。


 まるで懺悔のような告白をしている間、膝の上でライラは両手を固く祈る様に合わせて握っていた。



 ライラの過去を聞き終えたヘズは、しばらく何も言わずに天を仰いだ。言えなかった、が正しいのかもしれない。頭の中で何度もライラの話を反芻する。ライラは俯いて、ただひたすらヘズの反応を待った。

 やがて、ヘズが口を開く。


「木を切ったくらいで国を滅ぼすとは随分と狭量な神だな。本当に神なのか。魔王ではないのか?」

「あ、殿下もそう思います?よその国でそのくらいの時代には勇者だの魔王だのって話がよくあったのに、うちの国にないって不思議に思っていたんですよ。なんだかロマンがありますよね」

「ラッリ、ライラは現在進行形で苦しめられているんだぞ。ロマンだとか言うな。確かに伝説っぽくてワクワクはするが」

「はい、すみません。ライラ殿」


 ヘズ達があまりにも軽い口調だったために、ライラは拍子抜けした。しかも、いきなり神への冒涜だ。重たく考えすぎていた自分が馬鹿みたいなので、ライラはわざわざ自分を責める様な事を言った。


「木を切った父様が悪いと思わないの?それを止められなかった私が悪いとは―――」

「悪いのは森の神であって、ライラやお父上ではない。第一、被害は人間だけではなく神が守るべき森の生き物たちも受けているだろう?いくら神の住まう森だからと言っても手入れをする上での伐採だって必要だし、全て丸裸にされたわけではない。しかも自分はいなくなるなんて随分ふざけた神だな」


 理屈を並べたてながら起こるヘズ。神ではなくて悪魔みたいだとは思ったが、ヘズの様に怒らなかったライラ。神とは敬い崇めるものであって、怒らせた自分たちに非があるのだとずっと贖罪の念を抱いていた。


 ペルケレとの契約によって不老長寿を得はしたが、心まで魔女として染まり切れていない。ヘズの考えを聞いて、ライラは目からうろこが落ちた。

 ―――神に対して、もっと怒っても良かったのよね。


「山脈の内側に住む人間は残らず、ライラ一人の犠牲によって生存が成り立っていると言うことか」

「それはちょっと大げさよ。私はただ、殺されたくなかっただけだもの」

「始まりはそうだとしても、だ」


 ヘズは椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。見えていないのでやはりライラのいる場所からずれてはいたが、今までした事の無い最上級の敬意を表した。


「感謝する。ライラのお陰で、今の我々がある」


 ヘズの言葉は静かだが力強く、ライラの心の奥底にまで響いた。息をするのも忘れ、慌てて吸い込んだ時ライラは涙を流しているのに気付いた。

 ―――認めてもらえた。無駄ではなかった。誰にも許してもらえないかと思っていた。


「ずっと、ずっと、間違った方法を取っていたのかもしれないって、怖かったの。誰もそんなことは望んでいなくて、私の独りよがりかもしれないって…」

「そんなわけがあるか。自分が出来得る最大の方法を取ったのだろう。人であることをやめてまで、国を守ろうとしていたのだろう。誇らしくあるべきなのに、何を怖がることがある」


 凍り付いていた何かがゆっくり優しく溶けて行った。後から後から涙が溢れていく。胸の辺りから込み上げるものがあり、呼吸が辛くてすすり泣きになってしまう。慌てて口元を押さえるが、遅い。

 ライラの異変に気付いたヘズが、手を伸ばしながらもどかしさといら立ちで珍しく声を荒げた。


「ライラ、泣いているのか。ラッリ、ライラはどこにいる!」

「右斜め前に三歩程歩いて下さい」


 両手を広げてそろそろと歩くヘズの胸に、ライラは自ら飛び込んで行く。きっと子供みたいに泣きじゃくって酷い顔をしているから、ヘズの目が見えなくて良かったと安堵する。


 両手を背中に回しヘズの胸に顔を押し付けると、手が優しくライラの頭や背中を撫でる。


「ライラは頑張った。こんな森の中で一人でずっといたのか」

「俺もいたけどな」

「ペルケレ殿にも感謝を。ヒーシ国、いや、山脈の中の生き物の代表として礼を言わせてもらう。だが……すまぬ。今はライラを優先したい」


 ヘズはライラを抱きしめる手に力を入れる。その様子を見ながらペルケレはため息をついた。


「ラッリ、邪魔者は退散するか」

「そうですね」


 二人が別の部屋に移動した後、ライラは幾分か落ち着いた代わりに羞恥心がこみあげてきた。ヘズの背中に回した手を幾分か緩めた。


「あの……ヘズ」

「うん?なんだ?」


 耳元でささやかれる優しい返事に、心がきゅっと高鳴る。


「話をして受け入れてもらったのは嬉しいのだけれど」

「ああ」


 ライラは必死にヘズの胸から顔を離そうと両手で押すが、ヘズの力が思ったよりも強く、未だに抱きしめられた状態だ。


「今後どうするかは別の話で」

「そうか?五百年誰にもしていない話を、私を信じてしてくれたのだろう。それはもう既に愛の言葉と同義であると思う」

「何故そうなるの」

「何よりライラは自分から飛び込んできてくれた」

「あ…う……」


 心の弱い部分を突かれて感情が揺れてしまったとは言え、ライラは今更ながら後悔した。


「それにしても今のライラの顔が見られないのは辛い」

「見なくて結構よ。ヘズの呪いを何とかする方法を一つ方法を見つけたから、準備が整ったら実行するわ」


 魔力の回復薬を作り終えたら、別れの覚悟も決めなくてはならない。

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