暗殺者

「久しぶり、もう少しお洒落したら?今の流行りは膝上五センチだよ」


 国は滅んでしまったがライラは元王女である。既成の服を買うのには流石に慣れたが、肌を露出する服にはどれだけ長く生きていても抵抗があって、結局はひざ下丈のスカートやワンピースを選んでしまう。その丈でもかなりの妥協で、本当はくるぶしくらいにしたいのだが森歩きには向かない。

 服飾雑貨の女性店員はここ数年の付き合いだが、気心が知れて話しやすい。


「そうは言っても、短いとペルケレから見えちゃうし」

「あー、なるほど、ペルちゃんか」


 呼んだか?という仕草でペルケレはライラを見る。人前では話さず大人しくして、猫を被っていた。


「意識しているのは、本当にペルちゃんなのかな?」

「どういう意味?」

「この前、この辺りじゃ見かけない男のひと連れて買い物に来たでしょう?あちこち噂になっているわよ」

「嘘っ」


 連れて来たラッリはその辺にいそうな地味な出で立ちなので油断をしていた。雑貨屋の店主には口止めをしておいたが、ヘズを狙う暗殺者が噂を聞きつけてこちらへ来るかもしれないと思うと、共に行動するのも控えた方が良さそうだ。


「村の男どもがちょっと殺気立ってたわよ。ライラの心を射止めたのはどこのどいつだってね」

「まだ射止められていない、……と思う」


 流石に五百年前の失恋を引きずってはいないし、実は心が揺れているのも自覚している。相手はラッリではなくヘズだが、ただ、恋をしてその後は。ライラ一人が長く生き続けることを思うとどうしても色恋に対して躊躇する。


 それに、呪いを解いてしまえばおそらくヘズは城に戻るだろう。きっと歪んでしまった兄王子との関係を改善しようと奮闘するに違いない。森から離れられないのでそこにライラが加わることは出来ない。


 出来るのは黙って見送るだけだ。今ならまだ傷つかずに笑って送りだせる。


 店員は珍しく言い淀んだライラを見て口角を上げた。


「へぇ、まんざらでもなさそうね。その辺詳しく聞きたいのだけれど」

「あまり詳しく話せない事情があるの。うまくいかないと思うし、黙って見守ってくれると有り難いのだけれど」

「わかったわかった。そんな困り顔されるとこっちが困っちゃうよ。これ以上は聞かないから、安心してゆっくり見て言って」


 生活する人数が増えて困り始めたのは食料だけではない。タオルなどの生活雑貨も量が必要になってくる。二人が出て行って後に残されても困らないものだけ、ライラは買い足すことにした。

 店の中に他の客もいないので、商品を選んでいる間はペルケレが店員の相手をしている。


「ペルちゃん、おひさー。元気にしてた?」

「なーう」

「ふんふん、そうなんだー。大変だよね」


 実質、店員が一人でしゃべっているだけなのだが、律儀に付き合うペルケレ。猫じゃらしにも申し訳程度に反応している。


「にゃー」

「うん、そうだね。王子様かもしれないね」

「にゃっっ!?」


 商品を選んでいたライラも手を止めて店員を見る。


「王子?」

「ああ、なんかこの辺りで行方不明になったとかで探してるんだって、お城のお役人さんが来てたよ。けれどこの前ライラが連れて来た人とは違うみたい。金髪で顔に赤い派手なおまじないの刺青があるんだって」

「ふうん。……王子は知らないけれど、でも森の中まで探しに来るかもしれないわね」

「お城の人だから乱暴はしないと思うけれど、気を付けて」

「分かったわ。教えてくれて有り難う」


 選んだ商品の支払いは、化粧水を売ったお金の残りで済ませた。店員はペルケレの頭を最後に一撫でする。


「ペルちゃん、いざとなったらライラを守ってあげてね」

「なーう」

「うん、えらいえらい。お利口さん」




 帰り道、森に差し掛かるとさっそく妙な気配をライラは感じた。とても『お城のお役人』なんてものではなく、裏稼業の剣呑とした雰囲気を持つ者の気配。


「ライラ」

「ええ」


 ペルケレが短く声をかけると、ライラが返事をする。


 ヘズを狙うのならライラを殺しても全く意味が無い。匿っている先はライラでなければ入れない結界の中だからだ。進めば進んだだけ後をつけてくるその気配を、ラッリと同じようにやり過ごすつもりだった。

 巨木に隠れようとした瞬間、空を切る音と共にその足元に矢が放たれ、ライラは瞬時に魔法で迎撃した。


「雷鳴よ」


 呪文を短くして威力を弱めたのに、久々の攻撃魔術で加減を間違えた光の筋が暗殺者を狙う。二本目を番えようと矢を持つ右手に直撃し、焦げるにおいがした。


 余程厳しい鍛錬をしているのか「ぐっ」と短い悲鳴を上げただけで直ぐに弓を捨て、今度は左手に細身の剣を構えながら木の影に向かって「出てこい」と声をかけてきた。相手が魔術を使わないのなら戦闘の不得手なライラでも十分な勝算はあると見越して、ライラは大人しく姿を相手の正面に現す。


「お前、魔女か」

「まあ、そうね。見ての通り」

「ヘズ王子をどこへやった」


 話しをしながらライラは相手を観察する。暗殺者は口元を布で覆っていて顔の全容は見えないが目つきは鋭い。細身で、落ち葉やら小枝やら落ちている森の中なのに足音をさせていない。男性にしては低身長で、どこか幼ささえ感じられた。

 ライラはきょとんと知らん振りをして聞き返す。


「どなたですって?」

「顔に赤い模様のある人間だ。見ていないのか?」

「ええ、森と村を行き来しているけれど見てないわ」

「ならば従者のラッリは?買い物に一緒に来ていただろう」


 五百年前の基準であれば護身程度でしかないライラの魔術を、暗殺者は脅威に思っていた。距離は詰めずにライラの挙動を凝視している。


 ライラは仕留めるべきかどうか、迷う。生かして返しても命を奪っても次が来る。だから、魔女らしい判断をすることにした。


「森の中で迷子になっていたから一晩泊めただけよ。よく見たら地味顔で私の好みと違うから直ぐに開放したわ。……あなた、なかなか素敵な顔立ちね?うちに泊まって下僕にならない?」

「馬鹿にするなっ。誰が魔女の手先なんかにっ!」


 いい女ぶったセリフは恥ずかしいとは思うが、ムキになりながらもほんのり頬を赤らめている暗殺者を見ているとからかいたくなる。辛抱強く後をつけずにあっさり姿を現してしまう辺りも、まだまだ経験の浅い者だとライラは判断した。


「暗殺者ならいろいろと鍛えているんでしょう?薬品の実験台になってくれないかしら」

「ライラ……それ違う。魔女って言うより悪い研究者だ。ちゃんと誘惑しろ。せっかく美人なんだから」

「雷を受けた手を出して。治してあげる」

「違う、そんな良い人の誘惑じゃなくて」


 暗殺者はライラよりも話すペルケレを不気味なものとして見ている。危険度はペルケレの方が高いので正しい反応なのだが、やはり自分に色仕掛けは似合わないと判断した。

 いちいち文句をつけてくるペルケレは無視して、ライラは暗殺者を真っ直ぐに見て肩をすくめた。


「黒猫の言う通り、私は魔女だけども誘惑の類は苦手なの。手を出してくれれば直ぐに治してあげるわ。そのままだと仕事に支障が出るのでしょう?その代わり、早めに森から出ていってほしいの」


 おずおずと迂闊にも利き腕である右手を差し出す暗殺者。今後のヘズの為に、そしてこれほど未熟な者をよこした真意を知るためにも情報を引き出すことを優先させる。


 左手で暗殺者の手を支え右手をかざして呪文を唱える。見た事の無い魔術の光に驚いた暗殺者も慣れてきたのか、ぼうっと見とれていた。


「指先を動かしてみて。……そう、大丈夫そうね」


 光が止んでライラは完治を確認すると、暗殺者の手をきゅっと両手で包み込んだ。驚いて手を引っ込めようとするが治してくれた恩人を振り払えず、暗殺者は不安げにライラの顔を見る。


「王子とやらは知らないけれど、この森で騒動を起こすのは勘弁してほしいの」

「は、離せ」

「王子は死んだ、と報告してもらえないかしら?」

「遺体の一部を持って帰るのが決まりだ。手ぶらでは帰れない」

「そう」


 予想通りの答えに短い返事をすると、ライラは極僅かに唇を動かして呪文を唱えて暗殺者の瞳をそのまま覗き込んだ。精神に直接呼びかけ情報を引き出すための魔術だ。


「あなたをここへ寄越したのはクレルヴォ王子かしら?」

「……ちがう、だいじんのイルマリネンだ。クレルヴォは、かんけい、ない」


 暗殺者の意思とは無関係に言葉が出てくる。昔はそれなりに魔術への対策が為されていたが、今はその技術すら無いようだ。

 ライラは質問を重ねていく。


「あなた一人だけ?」

「そうダ」

「あなたが選ばれたのは何故?」

「ヘズ、メガみえナいからオレでもでキル」

「どうしてこの辺りにいると分かったの?」

「じゅソ、あイて、いキテる、ダイタい、わカル」

「あなた、連絡する手段を持っている?」

「コロシ、おえた、ラカ…え、だッケ」


 精神に支障をきたし、言葉が怪しくなってきた暗殺者をライラは眠らせた。今まで似たような職業の者を何度か相手にしてきたが、魔術への耐性も五百年前よりかなり低下していてこれ以上の情報は引き出せない。

 だからこそ、王族がいかに特別なのかがライラにも理解できた。出会った頃のヘズが傲慢だったのも頷ける。


「呪詛を解かないと居場所が割れるのか。と言うよりもう割れてんのかもしれねェな。面倒くせぇ」

「王子一人が敵ではなく、派閥がきっとあるのね。一人って言ってたけれど別の人が送り込んでこないとも限らないわ。ヘズの親は一体何やっているのかしら?」

「あぁ。ここまで壮大な兄弟喧嘩やってるのに、呪詛が怖くて息子に文句も言えないとか」

「あり得ない話ではないわね」


 その辺りはヘズから聞くと決め、ライラはぐーすか寝ている暗殺者を見た。このままここに置いて帰っても、また明日以降に鉢合わせするかもしれない。何より森の中を歩き回られて古城へと立ち入られるのは気に食わない。

 かと言って家に連れて帰るのも出来ない。可哀想だが記憶を消すかと呪文を唱え始めると、ペルケレが驚いて口を挟んできた。


「今までにも何度か殺してきただろう?どうして躊躇う」

「まだ若いみたいだし、ヘズがどう思うかしら」


 ペルケレははぁ~とため息をついた。ヘズと出会ってからライラのお人よしが酷くなっている。森に迷い込んだものは助けるが、送り込まれた暗殺者に対しては容赦なく返り討ちにしていた。目的がライラではなく迷い込んだ者を対象にしていても、だ。


「ヘズを守るために殺すってのはどうだ」

「意味のすり替えとかではなくて。えぇと、なんとなく嫌になったと言うか」

「時間を稼ぐにしても殺しちまった方が手っ取り早いのを、今まで何度も経験してきただろ」

「それは……」

「ヘズに嫌われたくないと言う理由で自分のすべきことを放棄するな。そんなの、ヘズも迷惑だろ。―――もういい。俺がやる」


 いつまでたっても処分しようとしないライラにいら立ち、ペルケレは猫としてはあり得ない程に大きく口を開けると暗殺者を丸呑みにした。血の一滴も残さず、むさぼる音も聞かせないのはペルケレなりの優しさだ。


 ライラは一言、「ごめんなさい」とペルケレに謝った。

 

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