調合

 ラッリがこの家に来たのでヘズの相手をしてもらい、ライラは魔力回復薬の製造に取り掛かる。回復薬が出来れば日課に支障をきたさずに試せる方法が増えるからだ。

 日課のついでに足りない薬草を採集し、一階の薬品庫からも保存のきく加工済みの物を取って二階の調合部屋に向かう。暫く籠るとヘズ達に告げると、ラッリは返事をしたがヘズは声がした方へ顔を向けただけだった。


 ペルケレは傍にいて、ライラの作業を見守っている。薬学の基礎知識は王女時代に学んだものだ。魔術の勉強は知識と実践に分かれていて、その知識の中には魔術を扱う上で重要な薬の調合も含まれていた。

 時代が下るにつれて変遷していくものだが、ライラはすり合わせることを怠っている。時代に合わせた勉強を行える環境が、日帰りで行き来できる場所にないからだ。


「どうしてあんなことを言ったんだ」

「あんな事って…ああ、『あなた達は大人しく私に守られていればいいのよ』?魔女らしくていいでしょう?」

「違う、その後だ。あいつ絶対傷ついていたぞ」


 ―――目の見えないあなたが、どうやって?


 確かにあの言葉は言い過ぎたとライラ自身も思っていた。けれどこちらの事情に土足でずかずかと踏み込まれる気がして我慢が出来なかった。

 ヘズは困っているのなら助ける、目が見えるようになったら手伝うと言っただけだ。それは別段気にすることでも何でも無いはずで、問題を無理やり聞き出そうとしたわけでもない。


 ならば何故これほどにいら立ちを覚えたのか。


 ペルケレはライラの王女時代を詳しく知らないので気付かないが、思い当たる節がライラには一つだけあった。

 ライラが王族として皆が遠慮する中で、気にもせずに接してきた魔術師。近衛騎士たちの目には不敬と映ったようだが、ライラには人懐っこさとして感じた。

 魔術を教える教師として頼れる存在ともあれば、年頃のライラが向ける好意が恋愛感情として変化していくのも仕方が無い。国王である父も初めは渋っていたが、魔術師を国へつなぎとめる手段としてライラを娶らせる方法を選ぶ。


 忘れたはずだった。忘れたとばかり思っていた。


 気絶する間際にライラに助けを求め、呪いを解かなければ魔女だと言いふらすと脅したかと思えば土下座をして空腹を訴え、出かけようとすれば早く帰る様に促すヘズ。

 その行動は元婚約者と似ても似つかないが、気位の高いライラでは到底人に見せられない一面を次々と目の当たりにしてほんの少し庇護欲をそそられた。自分の居場所を作ろうとしていた点は、似ているかもしれない。


 面影はほとんど覚えていないが、魔術師の彼も北方の血が濃く出ている容姿をしていなかったか。


「ヘズは、どこか元婚約者に似ているのかもしれないわ。あまりはっきりとは覚えていないけど」

「あれから五百年もたっているんだぞ。血筋…はそいつが向こうで王族に取り入ったんならひょっとしたらどこかで継いでいるかもしれねぇが、全くの別人だ。八つ当たりをしてやるな」

「それは、分かっているんだけどね」


 話をしながら今日摘んだ薬草を選別していく。一つは小さな花を取り、茎と葉の部分をまな板の上で細かく刻み、ナイフの背で叩く。一つは魔術で冷やし、霜を張りつかせておく。寒い時期になると身を守るために薬効成分が変化する植物だ。


 八つ当たりをしたつもりは無いが、ライラは反省している。目の見えない状況を打破しようとしているヘズにとって、あれは無かったかもしれない。命の危険をも顧みず、森の魔女が呪詛を解く確信も無いのにここまで来るのは相当な覚悟が必要だっただろう。

 でもそれはヘズの問題であって、ライラには関係のないことだ。


「気を許したらまた裏切られそうで」

「死を看取る覚悟までしなければならないから、躊躇するのは分かるが」

「ヘズをそんな相手として見ろ……と?ペルケレってば随分ほだされたのね。いろいろすっ飛ばしてるわよ」


 薬品庫から持ち出した結晶を砕く。袋に入れて麺棒でガンガン叩く作業は、無心になれる上にストレス解消にはもってこいだ。

 ペルケレは尻尾と耳を伏せてじりじりと後ずさり、ライラから距離を取る。鬼のような形相をしているわけでもないのに今のライラからは気迫が感じられた。


 ある程度細かくなった結晶をすり鉢で粉末状にしていると、漸くペルケレは声をかけた。


「な、なあ、ライラはなんで呪いを解こうとしてるんだ」

「雨の中で助けてくれないかって言われたから」

「ほっておくことだってできただろ」

「前にも言ったけれど、私の国の民なのよ」

「見返りは求めないのか?」


 ペルケレに問われて、ライラは初めて無条件にヘズに手を貸していることに気付いた。ライラの存在を隠すのは、寧ろヘズたちが出す条件としては悪手だ。こちらがヘズを差し出せばいいだけの話になる。もちろん、そんな事はしないが。

 ただで何かを施すなど、魔女の所業ではない。

 作業の手を止めて、ライラは考え込んだ。


「忘れてたわ。何が良いかしら」

「呪いを解いたら出ていく条件だが、多分あっちは元々その心算だったろ。さっきの言葉を許してもらうってのはどうだ?」


 ライラはちらりとペルケレを見る。普段は口が悪くて飄々としているのに、たまに説教臭くなる。悪魔と魔女が引き換えに要求するならば、魂だとか若さだとかそれらしいものはたくさんあるのに。

 返事をしないでいたら、ペルケレのだめ押しが出た。


「ちゃんと謝れよ。元神様からの忠告だ」

「……分かったわ」


 元々は神だったと言うペルケレの言い分を確かめる術は無いが、このような言動からうかがい知れる。



 下ごしらえをした材料を全て合わせて火に掛けようと言う段階で、ライラは異変に気付いた。


「あら、瓶詰で保存していたリンルのジャムが減ってる。変ね、使った覚えもないのに」


 砂糖を加えずジャムにして真空状態で保存していたはずが、瓶のふたが開けられて中身が減っている。旬の終わりに作り置きして、苦い薬品を摂取しやすくするために貯蔵しておいた。それから飲み薬を調合するのは今回が初めてだ。


 瓶いっぱいに詰めて置いた物が半分以下になっている。ふたを開けて匂いを嗅いでみると、カビ臭いにおいがした。使いかけの物は保冷の魔術庫に入れて早めに使うようにしているのに。


 目の見えないヘズや、王族に付けられるラッリの手癖が悪いともライラは思えなかった。


「ペルケレ」

「俺は知らない。猫の手じゃどうしたって開けられねーからな」


 目を合わせようとしないペルケレを抱え上げ、ライラは真正面から見据える。


「ペールーケーレー?」


 ライラが名前をもう一度呼ぶと、目を伏せてつつつっと顔を横に向けるペルケレ。


「ヘズかラッリに開けてもらったの?」

「俺は頼んでねェよ?瓶と格闘してたらヘズが勝手に開けてくれただけで」

「いつ?」

「さあて、いつだったか。ライラが寝ている時に」

「何か私にいう事は?」

「ごめんなさいにゃー」


 ペルケレがふざけて謝ったのでライラは絶対零度の視線を向ける。反省の色なしと見て、後でお仕置きが必要だと考えた。

 覆水盆に返らず。消えてしまったジャムは元には戻らない。客の飲み薬の味を優先することにして、ライラは甘味なしで魔力回復薬を作り上げた。大人しく苦みの犠牲になろう。


 解呪の実験を行うのは明日にして、ライラは階段を下りながらヘズ達に声をかける。


「ペルケレに頼まれて、ジャムの瓶を開けたのは誰?」

「私だ」


 ヘズが答えた。声色に怒気は含まれず、かといって落ち込んだふうでもなかったが、空気が非常に重い。寧ろ隣のラッリが絶望的な顔をしている。


「そう……まずはごめんなさい。昨日は酷いことを言ってしまったわ」

「気にしていない」

「嘘」


 言葉とは裏腹にヘズが口をへの字に曲げているので不機嫌であるのは一目瞭然だ。ライラはペルケレを抱え上げ、前足の肉球だけが当たる様にして軽くヘズの頬に触れさせた。

 ふにゃっと小さくて柔らかい感触。


 目を見開いたヘズは息を止め、感触を確かめるように自分の頬を触る。


「ラッリ、ライラは今何をした」

「や、えっと、あの?」


 ラッリはライラの行動が理解できないでいた。ペルケレの前足を頬に当てた、それだけである。先手を売ってライラは口止めをした。


「ラッリさん、恥ずかしいから言わないで。ヘズ、これはほんのお詫びよ。許してくれる?」

「あ、ああ。もちろんだ。ここまでされたら許さないわけにいかないだろう」

「い、意味が分からない……どうして今ので機嫌が良くなるんだ……」


 絶賛混乱中のラッリを置いてけぼりにして、ヘズは周囲にお花が飛びそうなほど顔がにやけている。頬を紅潮させて、幸せをかみしめていた。

 ペルケレはそんなヘズを見ながらため息をついた。ライラに抱えられたままなのでだらーんと脱力している。


「これが俺への罰か。ヘズは絶対勘違いしていると思うぞ」

「だってそのつもりでやったのよ。これはヘズへの罰でもあるの」

「罰?寧ろご褒美になるのだが。だってライラがキ―――」

「ヘズ!あの瓶の中にはリンルのジャムが入っていたのよ。苦くて飲みにくい薬に加えて味を和らげるものなの。旬が終わって値段も高くなったからもう作れないのに」


 ラッリが勘違いに気付いて訂正してはならないと、ライラは早口で言葉を被せた。ヘズはいつもはそんなことをしないライラの剣幕に驚き、素直に謝る。


「それは済まなかった。ペルケレ殿があまりに一生懸命に開けようとしていたようなのでついつい手助けしてしまった。だが瓶からジャムを食べさせたのはラッリだ」


 共犯は一人だけかと思っていたら、もう一人居た。キッと睨みつけるライラに、ラッリは悪びれもせず当時の状況を話す。


「流石にそのまま顔を突っ込むのもどうかと思ったので器によそってあげました。猫って、ジャムも食べるんですねぇ」

「あのねぇ、ペルケレは悪魔なのよ。普通の猫にあげて大丈夫かは知らないわ」

「そうなんですか。気を付けます」


 悪いことをしたと微塵も思っていない二人と一匹に、ライラの怒りは頂点に達した。ペルケレを下ろして仁王立ちになる。


「いい?あれは嗜好品としてではなく仕事道具として作ったの。もしも次に薬品庫にあるものに手をつけたら全員まとめて出てってもらうからね」

「全員って、俺もか?」

「ペルケレには特別に、外に猫小屋作ってあげる」

「ぐっ、わ、悪かった!すまんライラ。おい、お前らも謝れ」


 ヘズとペルケレは急いでその場で土下座を始めた。ラッリもその場で跪こうとするがペルケレの可愛い仕草に思わず噴き出してしまう。


「ラッリさん~?」

「は、はい。済みませんでしたぁ!」


 ヘズに謝ることが出来た上、リンルのジャムの仇を取れて満足していたライラは二人と一匹の土下座を前にしてしばらくすると我に返った。


「ちょ、ちょっと止めてよ。やっぱり土下座が流行っているの?ヘズは王子なのに何故そんなにこなれているのよ」

「謝罪を現す最上級の姿勢だとラッリから教わった」

「そう言えばヘズ様は王子でした。言い忘れてましたが、軽々しく土下座なんてしない方が良いですよ」

「……おい」


 ヘズの怒りがこもった声が聞こえ、二人の関係性がライラにはっきりと見えてしまった。これ以上、怒る事も無いと判断し、三人を立ち上がらせる。


「取り敢えず謝罪の気持ちは伝わったから、これからは瓶を勝手に開けないでね。危険なものもあるのだから」



 

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