【2】[現代]古代書物

『識別番号GIN確認致しました。お帰りなさい。111111111、111111112』


 そう言って出迎えてくれるのは、時空扉管理官のヒューマノイド。通称 【リゼッタ】。


「やぁ。ただいま、リゼッタ」


「111111112。ちゃんと時空扉管理官、識別No.23、もしくはゲートキーパー23と呼びなさい」


と、食い気味で訂正してくるところが、生真面目なナインワンらしい。


「すまないね、リゼッタ。ナインワンは本当にユーモアの欠片かけらもないんだからー」


「こいつの言うことは放って置いて…ゲートキーパー23、スキャニングを頼む」


『了解致しました。GIN111111111、身体的損傷なし、体力減少度通常範囲内。精神汚染なし。心身ともに正常値です』


 リゼッタはナインワンの前からわたしの前に移動すると、体にスキャニング———レーザー状の白色光を体に照射させる———を始める。


『続きまして、GIN111111112。身体的損傷あり。体力減少度通常範囲内。精神汚染なし……………失礼致しました。身体的損傷はないものの、軽度の血液汚染あり。これより12時間の精密検査及び洗浄。その後24時間の休息を命じます』


「え…?」


「やはりか。111111112の様子が、向こうにいたときからおかしいと思っていたのは、気のせいではなかった」


《ああ、あの少女の兄の血か…》


 我々タイムキーパーTKは、過去に行った際、ちりひとつ持ち帰ってはいけないことになっている。ましてや血液など、身に浴びてしまえば、血液に含まれるさまざまな遺伝子情報やウィルスなどの影響を受けかねないとされているので、厳重に注意されているのだ。


『GIN111111112。身柄を拘束し、医療研究施設へと転送致します』


「まったく…12時間しっかり反省してこい」


 呆れ顔のナインワンを横目に、リゼッタの体から触手のように伸びる転送装置に包まれ、“ごめん、ナインワン” と告げるわたしの顔を一瞥いちべつしたナインワンの後ろ姿を見た次の瞬間には、医療研究施設の検査機の上であった。


————16————


 様々な苦痛を伴う検査を6時間行なったのち、さらに6時間もの頭の痛くなるような試験を受け、ようやく解放されたのは夕刻になってからであった。


 医療研究機関、通称 “ラボ” の扉をくぐると、何者かに肩を叩かれる。


「よう♪111111112。また、やらかしたんだって?」


 そう言って、軽くおどけてみせるのは、識別番号GIN120000011、通称 【エルフ】。銀色の髪を後ろにひとつに結び、いかにも優男やさおとこ風の容姿から、私が勝手に名付けた。わたしと同じ時空監視記録官TKAであり、1つ年下の新人である。


「あ、エルフか。噂が広まるのは早いなぁ。ナインワンは触れ回るはずもないから、大方ナインワンのファン辺りがネットに書き込んだかな?」


「ほう。そういうときのかんだけは冴えているな」


と、私の耳元でいきなり声をかけてきたのは、識別番号GIN97000001。通称 【アインツ】。エルフとは対照的に肩までの黒い髪を風になびかせ、鋭い視線を投げかけてくる。


 しかし、容姿のいかめしさからは想像もつかないほどユーモラス(あくまで、この時代に於いては…だが)で、エルフと共に私が信頼している友人の1人である。4歳年上のエリート候補生の1人であり、アカデミーで主席卒業後TKAになり、現在記録官及び訓練官を兼任している。



〔現代の豆知識1〕


 なお、アインツのような識別番号8桁の種族を【8D(8 digits)】、ナインワンのようなGIN9桁の種族を【9D】と呼ぶ。



 しかし、前述した通り、我々はおおよそ7種類の種族に大別できるだけで、容姿にほとんど差異がないため———


「やぁ!アインツと会うのは本当に久しぶりだなぁ!半年ぶりか?」


と私は手を差し出し、握手を求める。


 手を握り返してきたアインツと、手と手の生体接触により情報交換をし、お互いが何者であるかをしっかりと認識するのが、我々の1番簡単な識別方法なのだ。


————17————


「久しぶりだな!今日はせっかくお前のところと2班合同任務に就けると思っていたんだが、残念だ」


「あれ?君とエルフ、いつの間にペア組んだんだ?それに、ナインワンは合同任務について、何も言っていなかったような…」


「(ACE563/8/1)今月付けで、特級時空監視記録官に昇格してね!早速、試験監督でもあった97000001とペアを組ませてもらったのさ♪」


と、エルフは嬉しそうにアインツの肩を叩く。アインツは苦笑いしているが、こういう顔のアインツはまんざらでもなさそうに見える。


「まあ、120000011は新人の中でも特に優秀で、111111111の次にスピード出世したからな。私も信頼している。111111111がお前に合同任務について言わなかったのは、彼なりにお前を心配してのことじゃないか?何しろ、お前はすぐ自己嫌悪におちいるから…ほら、今もそうだろう」


「う…ぐぅ…」


「まっ♪俺と97000001のペアは君たち同様、本部から多大な期待をされてるからな。安心して24時間遊んでろよな♪」


とエルフは楽しそうにアインツと腕を組むと、医療研究施設の北側にある時空管制塔(タイムゲートがある施設)へと行ってしまった。


《そっかぁ、アインツとエルフか。2人なら安心だよな》


 わたしは2人の後ろ姿を見送ると、大きな深呼吸をし、彼らとは正反対の南側へときびすを返す。


「まぁ、休みなんて半年ぶりだしなぁ。せっかくだから、街にでも行ってみるかな」


————18————


 街に来る機会は、我々TKにとってほとんどない。何しろ、一応エリート中のエリートでもあり、必要なものは何でも居住区に届けられる。衣食住に困ることもなければ、娯楽物でさえ何でも手に入る。とは言え、我々にとっての娯楽は食べることと、せいぜい書物を読むことくらいだろう。一般人はスポーツ観戦をしたりするが、過去の人類のように “熱狂的な” などということは決してない。


 ほら、現に今すれ違った女性達もそうだ。


「今日も111111111さん、素敵だったわね」


「ここ半年で1番のご活躍でしたよね?ほら、あのゴール前でのシュートといい、味方どころか対戦相手まで気遣うところといい、彼は心身ともに素晴らしいわ」


「彼のような方とだったら、ペアリングしたいわぁ」


 前言撤回。ナインワンのファンは “それなりに” 熱狂的なようだ。街の入り口に備えられている巨大スクリーンに映し出されるナインワンの勇姿を、女性達はうっとりと見つめている。


 とまぁ、娯楽が少ないのはさておき———街はなかなかに楽しいところである。


 街のゲートをくぐった途端、香ばしいパンの香りや、かぐわしい果実の甘い香りが鼻をくすぐる。


《うわぁ、いい香り。この香りは今若者に流行りの “クロワッサン”ってやつだなぁ。確か、太古の昔の人間のレシピを再現したとかいう…食べたいなぁ…っていけないいけない!》


 我々の健康管理は常に徹底されているので、おいそれとは手を出せない。


 いくら24時間 謹慎中きんしんちゅうとはいえ、ここで街の物を食べたら、それこそナインワンに “この食い意地の張った馬鹿!結局吐き出すことになるんだから、体に無駄な負担かけるな” って叱られてしまう。ここは我慢我慢。


 などと考えてるうちに、目的の場所へと到達する。


————19————


「やぁ!ひさしぶり、フォックス♪」


「やや!これはツーの旦那!ちょうど連絡差し上げようと思ってたんでぇ。世にも珍しいものが手に入ったんですわぁ♪」


 パチンと小気味好こぎみよい指をはじく音を鳴らし、店の入り口まで飛んできたのは、この店 【フォックスのジャンク屋】の店主。珍しいキツネ型獣人、識別No.99。通称 【フォックス】 である。


「わっ!なんだろう?」


「ほら、これですわぁ。こんな珍しい上物、ツーの旦那じゃなかったらお譲りしたくないくらいですわぁ」


と、フォックスは息を止めて、何重にも厳重に巻いた布をゆっくり、恐る恐る解いていくと———そこには古代文字で書かれている一冊の青い本があった。


「わっ!!!すごいじゃないか、フォックス!よくこんなものが手に入ったね!?古代書物は、大戦中にほとんど焼かれ、いまや世界図書館にしか残されていないはずなのに!」


 えっへん、とフォックスは胸を張ってみせると


「あっし、旦那のためにがんばりましたぜぇ。何しろ、これが政府に見つかりでもしたら、即没収。悪くすれば、あっしの商売ごとつぶされちまう」


 そうなのだ。なぜかは分からないが、古代文字で書かれた書物はほとんど残っておらず、世界図書館に何冊か保管されているのみ。それも、上級政府関係者でさえ閲覧を許されていない “禁書” エリアで厳重に守られているらしい。一般には公開されることはないどころか、その存在すらも知る者はまれときている。


————20————


 その超レアモノが、すぐ目の前にある。手で触れるどころか、見たことすらない代物に、わたしは息を飲んでしばらくの間見つめていた。


「うわぁ、すごいよフォックス。こんな素晴らしいもの、本当にわたしが譲り受けてもいいのかな?」


「当たり前ですぜぇ!ツーの旦那は、あっしの命の恩人!旦那以外に、この書物を持つ資格のある者なんざ、いやしねぇ」


「いやぁ、そんな。わたしはするべきことをしただけだよ」


と言いながらも、わたしの手はすでに書物へと伸びていた。


「これ、お高いんだろう?おいくらかな?」


「ツーの旦那だったら、100億…と言いたいところだけど、差し上げますわぁ。なんせ、売り上げに計上できないシロモンでもありますし、旦那もそんな大金いきなり捻出ねんしゅつしたら、色々と問題が起きるだろう?なっ♪」


「わぁ、フォックスありがとう!一生恩に着る!君は最高だよ!」


 本を受け取ろうと、両手を差し出したとき———耳に埋め込まれている通信機が、突然鳴り出す。わたしは慌ててこめかみを押さえると、通信を受ける。


「あれ?ナインワン?どうしたの?」


「大変なことが起きた。いいか?心穏やかに聞いてくれよ?」


 ナインワンと呼ぶなという突っ込みもなく、淡々と話すナインワンの様子に、わたしの胸がひどくざわついて、冷や汗が止まらなくなる。


「な…なんだよ、ナインワン。何だか君らしくないじゃないか…」


「97000001と120000011の両名が…任務に失敗した。現在意識不明の状態で転送され、医療研究施設にて治療が行われている。さらに、同行したもう1班の2名は完全に通信が消失した。こちらの両名の命は、恐らく絶望的だろう」


————21————

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