第5話 比翼連理(11)
私たちが影の中で過ごしている間に火はずいぶんと燃え広がってしまったらしく、幾つもの階層が崩れ、吹き抜けてしまっていた。
マンション内を飛ぶあーちゃんと私たちは、障害物を躱しながらマンションかの脱出を図るため下階層を目指したいのだが、マンション内を駆け回る影狼が下から追いかけてくる形になってしまっている為、上昇と降下を繰り返している。
「もう!しつこい!」
私は、あーちゃんによって共に救われた男性を抱きかかえながら影狼を睨みつける。男性は目まぐるしい出来事によって気絶してしまったらしく先ほどから一切の反応がない。
しかし、脈があることからまだ生きていることが分かった。だが、いつ一酸化中毒を引き起こすか分からないので安心はできない。
「はやく出口へ行きたいのに!」
私は必死に頭を回転させる。確かに、このまま上昇すればまだ燃え移っていない場所には出れるかもしれない。そこから窓でも探して出ようと思えば出れるだろう。
しかし、それはできない。
私も詳しいわけでは無いが、火事現場では燃え盛る炎の影響で酸素が薄れていく。そこへ新鮮な空気が外から一気に入り込むことで、『バックドラフト』という大爆発を引き起こしてしまう可能性がある。
なので脱出するには階層の既に空気が入り込んでいるが燃えている場所から外に出るしかないのだ。
私はあーちゃんの背に手を置く。別にあーちゃんが特別な反応を示したわけではないのだが、あーちゃんも私の考えを理解してくれていると思えた。
「行こうか、あーちゃん!」
「ピィーーッ!」
あーちゃんは急転回し、急降下する。そのまま影狼の脇を通り抜け、最下層へ向かった、吹き抜けた階層をどんどんと超え、開けた場所へと出る。
ここはマンションのロビーが位置していた場所のようだ。私はすぐに出口を探す。予想通り出入口は開放されており、密閉されてはいなかった。あそこだ!
「あーちゃん!」
あーちゃんはすぐさま出入り口を目指すが、視界がぐらっと揺らいだ。
「うわああああ」
私は必死に男性を抱え込む。何が起こったのかと周囲を見回すとあーちゃんの翼には影狼が噛み付きぶら下がっている。
「ピィギャァ」とあーちゃんは苦しそうに声を荒げるとバランスを崩し、一直線に影狼と共に落ちていく。
そのまま地面へと激突するあーちゃんだったが、私たちを庇うかのような体勢で落下したため、私たちへのダメージは少なかった。
「あーちゃん!」
あーちゃんは肌を震わせ、私たちを背から降りるように促す。私は従い、焼けた地面を踏む。足の裏には靴を履いているのにもかかわらず、じんわりと熱が伝わる。
あーちゃんと目が合い、その綺麗な翡翠の瞳は、視線を一回逸らし、私の後方にある出入口を見る。
「クエェ」
あーちゃんは顎を一度突き出し、か細く鳴く。早く行けと私に伝えている。ドンッと一緒に地面に叩きつけられた影狼があーちゃんの後ろで立ち上がる。
それに呼応してあーちゃんも立ち上がり、影狼と向き合う。
「ピィーッ!」
あーちゃんが力強い咆哮を上げた。周りの空気が振動し、全身に鳥肌が立つ。そのまま2頭はお互いに突進し、ぶつかり合った。
「あーちゃん、ありがとう」
振り返り、抱きかかえた男性を引きずりながら足早に出入口を目指す。熱い、苦しい。歯を食いしばり、目元に力を入れていないと泣き崩れてしまいそうだ。
1歩ずつ地面を踏みしめ進んでいく。出入口まではそんなに遠くないはずなのに、距離が全然縮まらない。たった数十メートルがとてつもなく長い。
私が進む間、後ろではぶつかり合う衝撃音が鳴り続ける。しかし、私は決して振り返ることはしなかった。
遂に出入口まであと数秒というところで足元がふらつき、転んだ。足は縺れ体に力が入らない。あとちょっとなのに…もう駄目か、諦めそうになった時、声が聞こえた。
「頑張れる」
「え?」
その声はどこかで聞いたことのある懐かしく優しい声だった。私は首だけを上げ、辺りを見回すが誰もいない。
「翼は人のために頑張れる。それはとってもすごい事なんだよ。」
「あ」
その言葉を言われたのを憶えている。疑いようもない。お母さんの言葉だ。
「お母さんが好きな…私」
佳代おばあちゃんに教わった好きな私は何だったのか。それを今思い出す。
「人のために動ける翼が私は一番好き」
自然と体に力が湧き、立ち上がる。人のために、お母さんの好きな私でいるために、“今”この人を助けるんだ!そして私は出入口へ飛び込んだ。
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