第5話 比翼連理(9)

 影が渦巻きながら降り注ぐ瓦礫を弾いていく。私達は半球状に広がっていく影に取り囲まれる。



影の内側に熱は無く、今までの熱さが嘘のようにも感じる。やがて、球体から内側へ数本の影が伸び、収束しながら形作られていく。形成されていく影の塊に私の鼓動は強くなる。これはあの時と一緒!



予想通りに影は四足歩行の獣の姿へと変化した。ウォォォォォと周囲に響く獣の遠吠えに、私は耳を塞ぎ、肩に担ぐ男は目を覚ました。



「うわっ!なんだ!誰だ!どこだ!」



覚醒した男は、私と獣を見て気が動転したのか暴れ出し、私から逃れるように遠ざかる。



「落ち着いて!」



男はしりもちをついてズルズルと後退していく。



「はぁはぁ、俺は…死んだのか…」



男は自らの身体を触っては、感触を確かめている。



「安心してください。まだ生きてます。」



「そうなのか?でも俺火事に巻き込まれたはず…」



男は辺りをきょろきょろと見回す。そして自分たちを取り囲む半球状の影の外側に燃え上がる炎を見つけると身震いした。



「なんだよ、まだ火の中か…」



男は現状を理解すると絶望したような表情を見せる。本当は励ましたり、勇気づけたりするのが正しいのだろうが、私は何もできずにいた。私の視界には黒い影の身体を持つ獣を捉えて身体を硬直させていく。



影狼えいろうとでも呼ぶ獣は以前見た時よりも輪郭ははっきりと出現し、象徴的な深紅の瞳は健在だった。



その瞳は真っ直ぐに私を見つめている。心のどこかでは夢の影響もあり、気付いていたのかもしれない。直感していたのだ。この影狼は私が出現させているのだと…



「意志の創造…具現化、だっけ。」



いったい、私のどんな意志がこいつを生み出したのか。想像もつかない。お互いに動かずにいる光景を見ていた第3者は、矢継ぎ早に声を荒げる。



「お前なんなんだよ!?その化け物も!俺は結局どうなるんだよ!」



騒ぎ出す男性に私が言えることは少ない。乏しい語彙の中で伝えるべき単語を模索しながら私は影狼から視線を逸らす。



「私は、成り行きであなたを助けに来ました。でも、私は本気であなたを死なせたくないって思ってます。外で叫んでたお子さんと奥さんのためにも」



「優斗と真紀に会ったのか!?無事なのか!?」



2人の情報が出た瞬間、男性は急に生気を取り戻す。急に動いたからなのか、私に近づいたからなのか、影狼は反応を示し、深紅の瞳が男を捉える。影狼が動いたことで男の動きも牽制され、止まる。



結局2人と1匹はお互い動かなくなった。すると、影の外側の世界で大きな崩壊音が鳴り響く。その音に、私は脱出する目的を思い出した。どうやって逃げるかを考えるが、やはり今の最善の手は…



「どうすれば動かせる…?」



私は病院で影狼が動いた時と夢の中で現れた白狼についてを思い出す。その2つの場面で2匹の狼はそれぞれ動いていた。どうやって…共通する要素としては



「どっちも本気で祈った、って感じかな。」



とにかく今は行動するしかなかった。私は両手を合わせ強く祈る。



“助けて”と…



しかし、何度祈っても影狼は佇むだけで動いてはくれなかった。

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