第5話 比翼連理(8)

 火事が起きているマンションが視界に入る。10数階に及ぶマンションの真ん中より少し下、4階部分の横一列からは数十メートルに渡り燃え広がる帆脳と煙が蔓延してた。



「ひどい…」



煙に埋め尽くされる階層付近はどす黒く塗りつぶされており、中を覗き込むことはできない。あーちゃんはマンションの上空へたどり着くと旋回する。



「翼、どこか入り込める場所探して」



凛空は目線をマンションからは逸らさず、念入りに観察している。



「入り込める場所…」



私も必死に探すが、どこもかしこもが煙が立ち込め燃えていない場所を探す方が難しい。辺りを見回していると、マンションの出入り口辺りでは野次馬を含めた人の波が押し寄せている。



「取り残されている人誰だろう。」「明日絶対ニュースになるよ」

「火事起こしたの誰だよ」「部屋の中のモノ無事だといいけど」



人ごみを視認した瞬間、大勢の声が私の耳に流れ込んでくる。予想を上回る声の集団は大きなノイズとなって耳を刺激する。耐えきれず私は耳を塞ぐ。



「パパァーッ!」



「誰か助けて!」



塞いだ耳に入り込んでくるひときわ大きな音に私の目は引っ張られる。瞳には小さな男の子とその子の肩を強く握る女性の姿が映った。



あの子たちが火の中に取り残されている男性の家族だろうか。



「凛空、中の人は無事なんだよね!」



「まだ生きているってだけで無事じゃない!煙をこれ以上吸い込んだら危険だ!」



「そんな…」



「入れる場所はあったか!?」



「見つけられない…」



「そうか、じゃあ行くか。」



あーちゃんは旋回を止め、降下し始める。凛空の言葉の真意はそれだけで分かった。



「行けるの?」



「行くしかない!」



降下はどんどんと進み、遂に燃え上がる4階層の端へ到着する。そこにはマンションの外側に設置された非常口があった。



「ここから行く!」



そう言って凛空は非常口へ飛び移る。



「翼も来い!」



凛空は私へ手を伸ばす。瞬間、マンションの一室が爆発し、日が噴き出す。その爆発は純粋なる“死”が具現化したようで、足がすくんでしまう。



「死ぬ気で飛べ!体の力は抜け。脱力だ。そしたらぐっと地面を蹴れ!」



その言葉は懐かしさすら憶える程の言葉だった。地面を…私は足であーちゃんの背中の感触を確かめる。あの時と違い、今は足元を感じることができる!腰に力を入れて…



「ぎゅっとッ!」



すくんでいた足は嘘のように解放され、大きく跳躍した私は凛空へと飛び込んでいく。凛空は飛び込む私を抱き止め、非常口の足場へと降ろす。



「よし、すぐ行くぞ」



「うん!」



非常口の扉を凛空が開け放つと物凄い熱風が押し寄せてくる。



「あっつ…」



すごすぎる熱気から逃れるように私は顔を逸らすが、熱さは変わることがない。逸らした視界の先には凛空が居るが、凛空は扉を開けた手をもう片方の手で押さえている。



「凛空、手…」



「あ?ちょっと火傷しただけだ。気にすんな。」



燃え盛る炎によって熱された金属製の取っ手を握ったのだ。それは相当の熱さだっただろう。



凛空のその姿を見た私は、先ほど凛空に対し激昂してしまったことを軽く後悔する。凛空は何も自己満足のために助けているだけじゃない。必死なんだ。必死に身を犠牲にしてでも人を助けようとしている。



「進むぞ」



凛空は、ゆっくりと、しかし着実に1歩、また1歩と進んでいく。私もその後に続く。マンションの中は外と違い、熱風と煙と炎が逃げることなく蔓延っている。この光景は、まるで地獄を再現しているようだった。



今居る場所はマンションの廊下部分に位置しており、各部屋がそれぞれ陳列されていた。その光景と姿は違えど、病院で見た光景と似ていた。



「どの部屋にいるの!?」



「今探している!」



私も耳を澄まし、声を探す。大きく聞こえるパチパチッとなる炎の音は澄ました耳を犯していく。



「…たい」



「聞こえた!こっち!」



私は声のした方へ凛空を抜かし進む。



「おい!待て!」



凛空は先へと進む私を止めようとする。しかし、それよりも早く私の上の天井が瓦解する。



「翼ッ!」



凛空は私を奥へと突き飛ばす。私はそのまま奥へと突き飛ばされる。そして後ろでは瓦解した残骸が降り注ぎ続ける。



「そんな…凛空!」



「大丈夫だ、他の道を探す!翼は早く男の所へ!」



凛空の声が瓦礫の向こうから聞こえる。先へ行けという凛空に私は急に一人にされた不安に襲われる。



「無理だよ!私ひとりじゃ何もできない!」



「そんなことない!お前はもう一人じゃない!」



凛空は私を叱咤する。その時、首の辺りに違和感を憶えた。に触れ見つけた。



「ここにあったんだ…」首からチェーンが垂れ、チェーンの先には無くしたと思っていた“お守り”があった。私はそのお守り。佳代おばあちゃんから貰ったペンダントを握り込む。そうだ、私は一人じゃない!



「行ってくる!」



そう凛空に告げ、私は声の聞こえた方へ再び歩き出した。



数部屋通り過ぎ、私は一つの部屋の扉の前に辿り着いた。その部屋は扉が外側から石で固定され開かなくなってしまっていた。



「これのせいで」



私は扉を塞ぐ石に触れる。ジュウゥと手が焼ける音を発しながら手には激痛が走る。



「あああああ!」



私はその痛さに悶える。痛い…凛空はこんな痛みを受けてたのか…



「あきらめ…ない!」



私はぐっと腰に力を入れ、石を下から持ち上げ転がした。手は爛(ただ)れ、血が滲んでいる。



「くぅ…」



私は力強く扉を叩く。ゴンゴンッ!とひたすらに叩きまくる。



「聞こえる?!助けに来たよ!聞こえたら返事して!」



しかし、帰ってくる音は無く、ただ無音が続いた。



私は爛れた手でドアノブを掴み、扉を開ける。先ほどと似た痛みが襲ってくるが、怯むことは無かった。



「どこに居るの!」



部屋に侵入すると一番奥の窓側の近くで倒れ込む男性を発見した。慌てて近づき、上半身だけ起き上がらせる。鼻先に手を当てると微かだが息が合った。



「煙を吸い込み過ぎたんだ。速く外に連れ出さないと…」



男を肩にかけ、動かそうと試みるが、私にそんな力があるわけなく進むことはできなかった。



「凛空、早く来て!」



祈りながら歯を食いしばり必死で男を引きづって歩く。熱さのせいで全身から汗が吹き出し、口の中はカラカラだった、



もう少しで部屋から出るというところで頭上から瓦礫が落ちてきた!潰される!



「助けて!」



その瞬間、私の周りで影が渦巻いたのだった。

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