第5話 比翼連理(6)

 しばらくお互いが無言を貫き、静まり返った空間が広がる。私は無遠慮に感情を吐露したことで口を開くことが容易にはできなかった…



「でも、一つ訂正する。」凛空が唐突に静けさを破る。



「俺にはその声は聞こえない。」



「…」



「その聞く力は俺にはない。」



その言葉は私の予想から大きく外れたものだった。



「どういうこと?」



しかし、凛空は首を横に振った。



「分からない。」



その回答に、私は少し思考する。



「助けられた人間は全員、私みたいな体験をしてるんじゃないの?」



私は少し怖くなりながらも訊いた。



「しない。翼、能力が出たのはお前が初めてなんだよ。」



凛空は、はっきりと異常事態だと私に言語外に伝えてきた。



「なんで!?」



「分からない。」



「そんなのひどいじゃない…」



勝手に助けて、起きた異常は分からないなんて無責任な!



「最初は今まで通り、助けて別れて終わりだと思ってた。だけど、お前が橋に来た時、人間にはない感じがしたんだ。それでもしかしたらって。」



「…」



私はもう気力が底をつき、ぐったりと脱力した。しかし、一つの疑問に辿り着く。



「待って、さっき凛空は助けて回ってるって言った。だけど、私は門町から遠い町の橋の上で飛び降りた。そんな私を声が聞こえないんじゃどうやって見つけたの?」



「それは…」



凛空は戸惑った表情を見せ、明らかに動揺していた。



「答えて」



詰め寄ると凛空は一度ため息をつく。



「別の力を使ったんだ。」



「別の力?」



「そう、俺にはもう2つ力がある。」



「どんな…?」



「俺は五感をそれぞれ強めることができる、翼を見つけたのは視覚を強めて見つけた。」



「視覚って、それじゃまるで」



「そう、千里眼に近い」



それじゃ凛空には様々なものが見えていることになる。信じられない話だ。が、なぜか私は納得していた、理由は凛空と初めて会った時だ。



あの時の凛空は遠くを見つめていて、ここじゃないどこかを見ているかのようだった。それを聞いてから、更なる疑問が浮かび上がる。



「それじゃあ見えてたんじゃないの?病院で何が起きたか。人が…死んだのを。」



「ああ、見てた。それで確信した。翼に能力が発現してるって。」



「じゃあ…なんでさっき訊いたのよ。」



「さっきも言っただろ、俺には翼みたいに聴く力はない。だから直接聞いて嘘を言ってないか確認しなきゃいけなかった。」



「いけなかった?」



なぜだ?



「嘘をつくのは何かを隠す時だ。人が死んだことを隠そうとする奴を信用できる訳ないじゃないか。」



そう言われ、納得した。確かに信用できない奴に自分の秘密を話すのはリスクが大きい。



でも、いったいどの程度までの範囲の事を凛空は見えているのだろうか。もしも、自分の手の届かない場所まで見えているのなら、それは残酷ではないか。



「五感を強めるっていうのは、どのくらいの範囲まで行けるの?」



凛空は少し考え、慎重に答える。



「難しい質問だな。詳しい距離までは分からない。だけど多分、翼が前に居た場所は余裕で見れたからもうちょっとあるかな。」



それを聞いてゾッとした。私が居た場所はここから40km以上離れて…そこで今更おかしな点に気付いた。



「ちょっと待って、凛空はここに住んでるんだよね?私が前に居た場所はここから40km以上離れてるはずよね?どうやって…」



「どうやって、助けたのかって?」



私はそれに頷く。だって40kmも離れている場所だ。川に流されて来たとしてもさすがに死んでいるはずだ。



「助けるのに距離は関係ないんだ。その場に行くための思い(・・)が大切なんだ。」



「ど、どういうこと?」



「いずれ分かる。翼にもその“力”はある。」



凛空は強制的にその話を切った。今の話を信じるならどうやってかは分からないが、見える範囲は助けられるという事だ。じゃあ…



「じゃあ…」



声が震える。ここから先に踏み込むのは余りにも恐ろしい、開けてはならないパンドラの箱が目の前に現れている。しかし、口走った言葉は悲しいことに引き戻すことはできない。



「なんだ?」



お母さんが自殺した時、凛空には見えていたのではないか。止められたのではないか。



目の前のパンドラの箱は、じりじりと近づき、開けろ、開けろと私に語り掛けてくる。すると、急に凛空が立ち上がる



「な、なに?」



「行かなきゃ」



「どこへ?」



「一緒に来い!」



すぐさま凛空は部屋を飛び出す!私も遅れながらそれに続く。外に出ると月明かりが私たちをライトアップし、急な眩しさに私は顔をしかめた。



「アードラー!」



凛空は片手を横に広げ、叫んだ!その言葉には聞き覚えがあった。それは妙にリアルな夢の中に居た凛空が発した言葉だった。



荒ぶ風に私の髪は揺らされ、上空にはあの恐鳥が現れる。いや、あの時の全長より一回り位小さい。



「あんまり驚かないんだな。」



私が呆然と現れた鳥を眺めていたことを不自然に感じたのか、凛空は訝しげな視線を私に向ける。



「この鳥、夢の中で見た。」



「夢?」



「寝ていた時に見てた夢。その夢にも凛空が出てきて、この子の背中に乗ってた。」



「…」



凛空は黙り込み、思慮を巡らせていた。



「その夢の事、行きながら聞かせてほしい。」



凛空は、真剣に私を見つめる。私はそれに気圧けおされて頷いた。



「とりあえず行こう。」



そう言って凛空は恐鳥、凛空が呼ぶには『アードラー』という名前らしいが…そのアードラーの背に乗って、私に手を差し伸べる。



「来い!」



私はその手を掴み、アードラーの背に乗った。



「この子、雄雌どっち?」



「変なこと聞く奴だな、雌だよ」



「雌か、じゃあ、あーちゃんだ。」



「なんだそれ」



「だって、アードラーって長いし、呼びづらいんだもん。」



「はぁ、これだから」



「ドイツ語の魅力が分からない奴は?」



私が先読みした回答に凛空はザ・驚愕といった表情を見せる。私はそれが最高に面白くてゲラゲラと笑い出す。



「あーはっはっはっ!」



「笑うんじゃねぇよ!」



凛空は笑われたことが悔しかったのかちょっと怒り気味に突っ込んだのだった。

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