第4話 邂逅遭遇(3)

 下から水面がどんどん迫ってくる。もう飛ばないと決めたはずなのにまたこの景色を見てしまっている。ぶ、ぶつかる!



私は恐怖で目を閉じた…



しかし、いつまで経っても水面に落ちる事も、何かにぶつかる衝撃も訪れてこない。



私は目を閉じたまま、体の感覚を確かめる。ぎゅっと握る手の中に確かに人の温もりがあった。



「痛い」



「だって…まだ?」



「なにが?」



「なにがって…」



「目、開けなよ」



そんなの無理!だって今は怖いんだもの。



体感する浮遊感、そしてすぐ後ろで私を掴もうとする恐怖感。それだけで自分が自分で無くなってしまうような不安が私の身体を強張らせている。



「こんなにもきれいなのに」



瞬間、風が私の頬を撫で、瞼を持ち上げる。



「え…わぁ」



思わず口からこぼれる感嘆符は、いったいどんな意味を含んでいたのだろう。きれいだがそれだけではない。



私の網膜には。色とりどりの螺旋状に連なる光の束でできた柱が何本も映り込む。それは、縦や横、縦横無尽に広がり、私達を取り囲む。



「ようこそ、記憶ゲデヒトニス時間ツァイトへ」



「は?」



「ようこそ、記憶ゲデヒトニス時間ツァイトへ」



「いや、聞こえてる。ゲデ…なんだって。」



そういうと凛空は舌打ちをする。



「だから、記憶ゲデヒトニス時間ツァイト



私はそこで耐えられなくなる。



「ぷっ、あっははははは!なにそれ!ダサっ!中二病ってやつ?」



私が思いっきりバカにすると、凛空は繋いでいる手を思いっきり握る。



「ドイツ語のかっこよさの分からない奴はこれだから…」



「あはは、はぁはぁ、ごめんって、痛いから手離して」



そこで凛空はキョトンと一瞬固まり、ムカつくあのしたり顔になる。



「ほぉ、していいんだな?」



「だから離してってば」



「ほい」



そこで私の視点はずれて、急速に落下する。



「いやあああああああああああ」



「なんだよ、望み通りしてやっとぞ」



「こんなの望んでなあああああああ」



凛空は余裕そうに私と共に落下していく。そこら中に入り組む光の柱のすれすれを通過しながら、どんどんと落ちていく。



「助けてええええ!」



「いいか、今から飛び方を教える。それができなきゃお前はこのまま時の流れの底に消えるから死ぬ気でやれ」



「死ぬ気!?なに!どういうこと!?」



凛空はくるっと頭から落ちる私と逆方向へ、180度回転する。



「まず、体の力は抜け。脱力だ。そしたらぐっと地面を蹴れ!」



「分かるか!」



「いいか、ぎゅっとだぞ!」



「言ってること変わってるんですけど!?」



「いいから力を抜け」



急ぎ私は、体の力を抜く…脱力脱力…



「そしてガッと!」



「だから変わってるって!」



確か地面を蹴る…地面?



「地面なんて無いんですけど!?」



「ばか!想像しろ!」



「そんな無茶な!?」



地面!地面!地面を蹴るってどんな感じ?!がむしゃらに足を動かし、ジタバタとする。



「だからブワァって蹴るんだって!」



「もう統一してよ!」



「急げ!底が近い!」



「ん!は!ん!」



何度も何度も蹴り上げる。でも、落下する体の軌道すら変わらない。



「底だ!」



凛空の叫び声が聞こえる。私は頭上に視線を向ける。そこは光の柱が途絶え、黒々とした暗雲が立ち込め、いまかいまかと獲物を喰らうかのように渦巻いている。



「ん!ん!ん!」



何度挑戦しても、身体は自由落下を続ける。もう駄目だ…



「これ!ちゃんとせえ」



不意に声が聞こえてくる。



「ちゃんと気持ちを込めて!腰を落として!何をするにもちゃんと腰を使って力を溜めなきゃいけん」



それは、聞いたことのあるフレーズだった。それを言ったのは佳代おばあちゃんだ…私が畑仕事の手伝いで、でこぼこな土を均していた時に言われた言葉だった。



ふっとジーンズに入れたお守りにジーンズの外側から触れる。指に押されたは、形に沿って影を表す。



「腰に…力を入れて…」



私は膝を曲げ、腰に力を溜める。もう渦巻く雲は目と鼻の先まで迫って来ている。祈りを込め、私は瞳を閉じた。



「ギュッと蹴る!」



瞬間、身体からごっそりと何かが、抜き取られた感じがする。



私は成功したのかと思ったが。すぐ身体がふぁさっと柔らかく何かに包み込まれた。



なんだ、ダメだったのか。



身体を包むものは柔らかく心地の良い肌触りで、なんだか力が抜けた。



結局、凛空は何者だったのか。私はどうなってしまったのか。全部分からずじまいだったな…



と、若干悔しく思ったが、もふもふが私の思考を阻害していく。もういっか…



わずかに感じる風は、力強く私を叩きつけている。



もうここにきてから三半規管が逝かれてしまったのか上なのか下なのか、上っているのか下がっているのか分からず、困惑する一方である。



でも、今は疲れた。襲い来る睡魔に、なす術なく私は眠りについた。

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