第3話 外柔内剛(5)

 外に出ると、空は青々と澄んでいて、心のわだかまりを晴らしてくれている気がした。



しかし、足取りはしばらくして止まる。凛空に会った場所、それは何処にあるのだろうか。



確か周りは背の高い草木に覆われ、近くには川が流れていた。だから川の岸辺を歩けば辿り着けると楽観的に考えていた。だけど、その川がない。



私は昨日の記憶を精一杯駆け回る。何か、何かの手掛かりは無いか。それだけを思い出す。すると、少し先の空に煙が立ち昇っているのが目に入る。



「焚き火…?」



私は一目散に煙の火元へと駆け出す。まるで、私の中にも大きく熱い火が灯っているかのように突き動かされた。



火の元は意外と近く、数分の内に到着した。



しかし、そこには目当ての人物はおらず、代わりに、畑で野焼きを行うおばあちゃんが居た。



平地より1段低くなったその畑は、収穫を終えた後なのか、土が盛り上がったり、へこんだりと、昔遊んだ砂場を連想させるような状態になっていた。



畑の脇で息が上げながら、見下げる私は、軽く力抜けしながら息を整える。おばあちゃんは1人黙々と、野焼きの中へ藁や草などを放り込んでいる。



立ち上る煙は未だ衰えず、もくもくと空へすさびながら天を目指す。



「ありゃ、こんな所でどうしたんだい?」



下の畑から声が聞こえてくる。いつの間にか、野焼きを終えたおばあちゃんが、ゆっくりと土手を上がって来ていた。



「あ、ごめんなさい」



「いやいや、野焼きが珍しかったかい?」



「え、あ、はい…」



おばあちゃんはにこりと笑うと私に向かい手招きする。



「な、なんですか?」



「こっちの木陰で休憩しようと思ってね、一緒にどうだい?」



畑の横にある一本松の木陰を指さしながら、おばあちゃんは小さな歩幅でゆっくりと歩き出す。私はそれに先導されてゆっくりと歩く。



木陰にはちょうど二人分くらいのブルーシートが敷かれていて、脇には、木の皮で編まれたバケットが置かれていた。



「ちょうどお昼にしようと思ってたんよ、一緒に食べてきな。」



そう言って、おばあちゃんはブルーシートに座る。



バケットから取り出されるサンドウィッチは、なぜか二人分用意されていて、たまごのサンドウィッチを手渡された。



「本当にいいんですか?」



「なに遠慮してるんね、若い子は遠慮なんかしちゃいけんよ」



そう言って、おばあちゃんは大きな口を開けて笑った。



「あ、ありがとうございます。」



おずおずとサンドウィッチを受け取り、私もブルーシートに座る。木陰には気持ちの良い風が吹き、私の髪を揺らす。この漢字には既視感があった。



「食べないんかね?」



「い、いただきます。」



サンドウィッチに齧り付くと、たまごとパンの味が口の中で広がる。



「どうだい?」



「美味しい…」



私の呟き声におばあちゃんは嬉しそうな反応をすると、サンドウィッチを口に運んだ。



しばらく2人して、黙々とサンドウィッチを食べ、最後の一口も食べ終えた。



「ごちそうさまでした。」



「お粗末様」



おばあちゃんは畑を見下ろしながら遠い目をする。



「一緒にお昼を食べたの、お父さん以来だよ。」



そこで、聞こえる。



「寂しい」「悲しい」そんな声が続々と聞こえてくる。この感覚にも既視感があった。



「お父さん?」



「そうやよ、ばあちゃんの旦那さん。もう逝っちまったけどな。」



そこで理解する。二人分のブルーシート、サンドウィッチ、一人で切り盛りするには大きな畑。おばあちゃんの中では、まだ旦那さんが生きているのだ。



「おばあちゃん…」



「あんたは大事な人いるかい?」



それは唐突な質問だった。



「私は…私も大事な人いなくなっちゃった。」



そう言うとおばあちゃんは一瞬驚き、優しい目をする。



「そうかぁ。じゃあ、ばあちゃんと一緒だ。どんな人だったんだい?」



「とっても美人で、かわいい人。優しい人。大好きだった…」



自然と目は潤み、声は上ずる。脳裏には、お母さんの姿が浮かび上がる。



「泣いてたら、その人も悲しんじまうよ?」



「え?」



「あんただって、大切な人が泣いてたら悲しいやろ?向こうも一緒だよ。」



そしておばあちゃんは、ハンカチを貸してくれた。素直にそれを受け取って涙を拭く。



「お父さんはな、笑ってる私が好きだって言ってくれたんよ、だからばあちゃんは笑うんだ。」



そう言って、おばあちゃんはニカッと笑う。お母さんが好きな私は、どんな私だっただろうか…

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