第3話 外柔内剛(4)

 最後の瞬間とき、余力を全て捧げた懇願は強く私の心に刻まれた。



その声音、表情、その他全てが強烈だった。その場に残された影は、静かに立ち尽くして、微塵も動くことは無かった。私は、また何もできなかった…



 影は、ゆっくりと動き出すと私の方を振り返る。赤い瞳は一点に私を見つめ、その瞳の力に吸い込まれてしまいそうだ。



「…えて」



動き出す影は一歩、また一歩とこちらに近づきながら、横に倒れる無残な死体を包み込んだ。



「消えて!」



絶えず進む足取りに対し、私は叫ぶ。



瞬間、絡まった糸が解けていくよう、影は霧散して消えた。



部屋には、私と、散りばめられた残骸だけとなった。



止まっていた時間が動き出すかのように、小窓からは心もとない日差しが入り込み、ベッドの残骸を照らし出す。この部屋で散った命の痕跡は、跡形もなく消失していた。



私は茫然とするしかなかった。だって、先までそこには人が居たのに…私は立ち上がり、男が消えた場所へ進んでいく。



血痕の一つ残っていないその場所は、以前よりも清涼的な印象さえ醸し出す。でも、確かにそこには、名前さえ知らない“命”があったのだ…



 時間は、刻一刻と進み、私はどの位この部屋に居たのだろうか。私の脳裏には多様な感情が廻り巡る。



いったい、私の身には何が起こっているのだろうか。だってここはだ。ヒーローはいなかったのだ。こんな事、現実で起こっていい事じゃない。ふと、ある言葉が思考を埋め尽くす。



「天国」



その言葉は私を奮起させる。



「あいつだ、凛空だ。凛空に会わなきゃ」



立ち上がり、急いで部屋を出る。今は一刻も早く、この怪奇な出来事の原因を突き止めたかった。しかし、部屋を出てから思い出す。現在地が全く分からないのだった。



この部屋に来るときは、従ってついて行っただけで、道を憶えてはいない。確か何度か曲がったはず…



曖昧な記憶を頼りに、恐る恐る歩き出す。しばらく歩いていると、静まり返っていた周囲が騒がしくなってきた。



声がする方へ誘われるかのように歩いていく。すると、ひらけた場所に出る。



どうやらここは、病院のロビーみたいだ。相も変わらず騒がしいロビー内を眺め、私は思い出した。



そう、騒がしいのだ。ここは紛れもなく病院だ。そこのロビーが本来、こんなに騒がしいのはおかしい。



その疑問で私は三度みたび、実感した。忘れていた。そうあの“声”の存在を…



そこで、ふと疑問に思ったのは先ほどの惨劇。あの時、私は男の声以外聞くことは無かった。しかも表に出た“声”以外を聞いたのは出会った時の一回だけで、その後、“裏の声”は聞こえていなかった。



どういうことだ?現状について振り返る。脇には謎の膜、聞こえてくる謎の声、現れ、消えた謎の化け物…謎だらけだ。凛空は全て知っているのだろうか。



私は心ならずも、凛空に会いたいという気持ちが強くなった。ロビーを通過し、男が仁王立ちしていた出入口を通過する。待望の病院から脱出した瞬間だった。

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