第3話

第3話 外柔内剛(1)

 鼓動が激しく躍動する。身体からは冷汗が吹き出し、後ろから、私の腕を掴む何者かの存在に慄然りつぜんとする。



「…」



後ろに立つ人物は何も言わない。



何も聞こえない。



それがさらなる恐怖感を誘い、私の意識はどんどん遠くなっていく。



途切ゆく意識の中、私の水晶体は一つの部屋を映し出した。



 そこは、私が隠れていた場所から一直線上に伸びた廊下の突き当りに鎮座し、部屋と廊下を隔てる扉に設置された小窓から白衣を着た女性の横顔が。あちらは私には気づいていない。



腕を振りほどいて走る?



いや、廊下の距離的に難しいよ。



じゃあ大声で助けを呼ぶ?



注目されて追手がもっと来ちゃうよ。



じゃあ、後ろの人に従おうよ。



え?



「いい加減、力を緩めてもらえる?」



後ろからの急な声に、ビクッと体を震わせ、後ろの人物をおずおずと見る。



そこには、一人の若い白衣を着たがっしりとした体つきの男性が居た。手は相変わらず私の腕を掴んでいる。



「もう一度言うけど、力を緩めてくれるかな、緩めてくれるなら俺も手を離すから。」



そう言って、顎で私の腕を指す。いつの間にか無意識のうちに腕に力を入れてしまっていたらしい。私はすぐに脱力する。



 すると、宣言通り男性も腕から手を離した。



「君は凛空さんで間違いないね?」



私の身元確認に、私は何も答えない。



「無視、か。じゃあ真壁まかべ先生の元へ連れていくけどいい?」



真壁先生、急に出てきた名前に聞き覚えが無かったが、『連れていく』という事は、私を実験体モルモットと呼んだの名前だろう。



私は大きく頭を横に振る。



「なら、答えて。君は凛空さんで間違いないね?」



「…はい」



本当は凛空では無いんだけどね。



「じゃあ、こっちに来て」



「ちょうど溜まってたんだよな」



私を呼ぶ声に続いて、あの声が聞こえる。溜まっていた?なんのことだろう。



「あの、どこに?」



「黙ってついてきなよ、大人しくしていれば真壁先生の所には連れて行かないから」



そう言って、この男性はさっき見つけた“あの部屋”と逆方向に歩き出した。私は少し距離を置いて着いていく。直感的に、この人から、あまり良い雰囲気を感じ取れなかった。



 この人に着いていくと、段々と人気ひとけは薄れていき、ついに周囲から人が消え、私達2人だけになる。



「ここだ」



男性は、捕まった場所から何度か右や左に曲がって到着した部屋の前で振り返り、後ろ手に扉を指さす。



「ここは?」



「黙って入れ」



そう言うこの人の顔からは表情が伺えず、嫌な予感がする。



「い、いや…」



「嫌なら真壁の所に連れて行くぞ」



その語気には、苛立ちが含まれており、完全なる脅しだった。私は口を紡いで、何度も重くなった足を無理やり前へと進めた。

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