第2話

第2話 七転八倒(1)

 病室に戻ると、そこでは先ほど診察してくれていた先生が待ち構えていた。私たちを探し回っていたらしく、栞さんは勝手に外出したことを叱られていたが栞さんは持ち前の笑顔を絶やさず対応していた。



 私はというとその場で栞さんが叱られ終わるまで待つことになり、静かに窓の外で風によって揺らぐ木々をただ茫然と見つめていた。しばらくするとお説教は終わり私の元へ先生が来た。



「お待たせしてすみません。診察結果が出ましたのでもう一度診察室までご足労願えますか?」



先生は栞さんに対して見せた少し厳しめの顔から朗らかな優しさの見える顔へシフトチェンジして私と向き合っていた。その時、先生の後ろに立っていた栞さんが先生に向かい、舌を突き出し、“あっかんべー”としたのを見て笑いを堪えるのに必死だった。本当にこの人は可愛い人だ。先生が立ち上がり、それに続き病室を後にしようと出口を通り過ぎる時、栞さんに耳打ちされた。



「襲われないように気を付けて」



私がギョッとたじろぐ姿に栞さんは笑い手を振って私を見送った。冗談だと分かっているけれど先生と少し間を開けて歩くことにした。



 診察室に着くと先生に不思議な事を聞かれた。



「凛空さん、その脇にあるものは自然にできたものですか?」



そんな意味の分からない質問をされ、私は理解できないと言わんばかりに大きく首を振る。



「いや、こんなの自然にできる訳ないです。」



それを聞いた先生は神妙な顔つきを崩さず、続けてこう口を開いた。



「では、自分でですか?」



その質問に私はどう返したらいいか分からなくなった。多分この先生は栞さんから得た情報を基に話している。



 しかし、栞さんにも凛空の事は話していない。なのでここで否定しても話が繋がらないが、もし嘘をついて言及されても答えることはできない…私が返答できずに固まっていると先生は無理に聞かず、今の私の状態について説明してくれた。



「凛空さん、今あなたの身体は今、不思議な状態となっています。今脇にあるものに触れていただけますか?」



私はそう言われるがまま脇にあるものに触れる。そして不思議な感覚に気付く、感覚があるのだ。私が驚愕した顔を見せると先生も納得がいったように頷いた。



「私もびっくりしたんですが、その膜はあなたの皮膚に薄皮のようにくっついているのです。まだ検査をしたわけでもないので適当なことは言えないのですが…私の触診と視診で分かることだと一種のかさぶたのようにも感じました。」



そんな説明を受けても私は混乱するしかない。だってこれは多分、凛空が私に張ったものだ。それが私の皮膚とくっついているって…現実的にあり得ない。その時、凛空が言った一言がフラッシュバックした。



「天国」



いや、そんな意味不明なことあるわけがない。しかし、そう思えば思うほど脇腹にある不可思議なものが私に空想を連想させる。


 もし、もしも私の脇にあるこの膜が凛空の手によってできたものだというのならあいつは、凛空は、人間なのだろうか…



「…くさん、凛空さん!」



呼ばれていることに気づかなかった先生の数度の呼びかけでまた現実に戻ってきた。



私が反応したことに安心した先生は一度ふかふかした黒椅子に深く座り直した。



「混乱するのも分かります。急にこんな話されても理解できないですよね…」



私の混乱と先生の混乱は少し意味が食い違っているが、私は無言で首を縦に振った。



「凛空さんがよろしいのでしたら、精密検査をさせていただきたいと思っています。どうでしょうか?」



私はそこで少し思案する。この検査を受ければ確かに私自身に何が起こっているのか分かるかもしれない。うまくいけば凛空についても…



「こんなちょうど良い実験体モルモットそうそういたモノじゃない。」

そんな言葉が聞こえ、一瞬にして背中に悪寒が流れた。



「は?」



「え、どうしました?」



先生には何も聞こえなかったのかキョトンとした表情を見せる。しかし、



「なんだよ、びっくりしたな。この子性格悪そうだな。」



またもや聞こえたその声に私の腹は煮えくり返った。



「このやろう!」



「ひっ」



私が急に立ち上がり激昂したのに驚いた先生は軽い悲鳴を上げた。



「り、凛空さん!どうしたんですか」



「先生には聞こえないんですか!この声」



「声?」



先生は辺りを見回す素ぶりを見せ、首を傾げた本当に先生には聞こえてないの?



「なんなんだよ、この子。幻聴でも聞こえてるのか」



違う、これは声だけど。私はその実態に気付いた。気づいてしまった…私はすぐさま後方の扉へとダッシュした。



「凛空さん!?おい!誰か!誰かその子を止めろ!」



後ろからまた声がした。その声は先ほど聞こえた声と残酷にも酷似していた。

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