第1話 暗中模索(4)

 お互いにお腹が満たされ、栞さんも私も饒舌にお互いの近況などを話し合う。



「うそ、凛空ちゃん、22なの!?若い!」



「それをいうなら栞さんの方ですよ、全く30代に見えませんよ。」



「本当?気が若いからかしら」



私は、こんなとりとめのない会話に暖かさを感じていた。思えばこんなにも素で話すことのできる人はお母さん以外に居ただろうか。いや居なかった。私は栞さんに拠り所のない信頼を抱くようになっていた。そして気になった。栞さんは私の事をどのように思っているのだろうか。そんなどうしようのない疑問が頭を過り、浮き上がっていた気持ちは落ち着き始めた。



 来た道をそのまま戻り、私たちは病院まで辿り着いた。先ほどまでいた部屋に戻るのかと思ったが栞さんは部屋へと向かうのではなく、別の場所を目指した。そのまま後ろに附いて行くと栞さんは病院の橋へ追いやられた喫煙所の中へ入ろうとした。



「凛空ちゃんはここで待ってて」



そう言って中に入った栞さんに私は少しばかりの親近感を感じた。栞さんも煙草吸うんだ。待っていてと言われたが、私も中へ入った。入室してきた私を見て栞さんは少し驚いていた。



「ここ、臭いよ?」



栞さんは入ってきた私に気を遣うかのように柔らかく退出を促した。確かに喫煙所の中は外とは違い、鼻の奥で燻るような刺激臭で満たされ、良い匂いとは言い難い。けれども、私は無言で首を振り、口を開く。



「私も吸うので…」



「そうなの?若い子で吸うなんて珍しいのね。私のメンソール無いけれど大丈夫?」



栞さんに近づくと煙草の箱を渡してくれた。吸ったことの無い銘柄だったが、タール数が私の吸っているのよりも高かった。



「ありがとうございます、いただきます。」



そう言って1本取り出して咥えると横から栞さんが火を点けてくれた。まるで仁侠映画で身分が上の人の煙草を付ける下っ端のシーンのようだったが、実際の立場は逆のあべこべな状況だ、なんてくだらないことが浮かんだ。昨日の夜、焚き火の前で吸った以来の煙草はあの時もそうだったが、今までと違う感じがした。まあ、煙草自体が違うからなのかもしれないけれど…



 お互い無言で煙を吐き続けて煙草が半分まで無くなると栞さんが口を開いた。



「ここでタバコを吸ってる女性、私だけなの」



「え?」



「病院内でね、他の女性の職員、いわゆるナースさん、看護婦さんで煙草を吸ってる人いないのよ。だからここだけが私の安息地」



そう言って栞さんは今まで見たことの無い自虐的な力のない笑顔で笑った。その笑顔を見て私は不相応にも美しさを感じた。可愛くて格好良く、美しい女性はそのまま短くなった煙草の火をすり潰した。私もいつかこんな女性になれるのだろうか。この人は、昨日まで終わりに向かっていた私に未来を見せてくれる。ふと昨日の出来事を思い出す。凛空は昨日、夜空を見上げ何を見ていたのだろうか、と。

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