第1話 暗中模索(3)
栞さんは病院を出てから歩いて数分のファミリーレストランへ私を連れて行った。
“ファミリー”レストランという名前のせいなのか、独りで暮らしていた私は、このようなところに足を運ぶ回数は減っていた。お店の独特な喫茶店とは違うゆったりとした空間に今まで来たことはあるはずなのに少し臆している私がいた。
席へ案内されると栞さんは「何にしようかな~」と無邪気にメニューを広げながら笑った。それに倣い、私もメニューを開いた。数ある品が並ぶメニューに目を通すと、ある事に気が付いた。
“あの時”財布はもちろん、ほとんどの荷物を橋の上に置いてきてしまった。ダウンのポケットに入っていた煙草やライターもダウンごと凛空に持っていかれてしまったので今懐には何もない。メニューを見て固まっている私を訝しげに栞さんは見つめる。
「あの、私手持ちが…」
正直に今の懐事情を白状すると栞さんは一瞬止まり、また笑う。この人の笑顔はとても柔らかく美人な顔がより引き立って見えた。
「そんなこと心配してたの?大丈夫よ。お姉さんのお・ご・り」
ウィンクする姿に私は同性なのにときめきを感じた。こんな人に出会ったのは人生で初めてだ。
「あ、ありがとうございます。」そう言って私もメニューを開いた。結局私はパスタ
とサラダを注文することにした。栞さんは意外にたくさん食べる人で私と同じパスタとサラダにちょっとした肉料理も注文した。料理を待つ間、栞さんから驚愕的なことを言われた。
「凛空ちゃん、間違っていたら申し訳ないけれど自殺しようとした?」
私は飲んでいた水を吹き出しそうになったが我慢して飲み込んだ。
「ど、どうしてですか?」
「凛空ちゃんの服、脇腹部分が破けていて、春が近いとはいえまだ寒い時期に上着は無し、後は服の感じね、乾いているけれど洗ったのではなく水に濡れて乾かされたような皺。門町に行きついた経歴を話せないでいる事。これらの事から凛空ちゃんは川へ身投げして生き延びてしまった…素人の推理だけどどうかしら?」
「…それだけで投身自殺だなんて…失礼ですけど浅はかじゃないんですか…」
私は内心、栞さんが怖くなった。素人と言ってはいるが鋭い観察眼だ。私は声の震えを抑えながら言葉を発す。
「そうかな?」
そこで注文した料理が運ばれてきた。「ま、とりあえず食べましょ」と栞さんはフォークとスプーンを手に取り食事を始めた。
「実は朝ごはん食べてなかったのよ」
少し照れた姿に私もお腹の限界を感じ、料理に手を付けた。しばらくお互い無言で食事を続け、きれいにお互い料理を平らげた。そこで栞さんがまたメニューを開く。
「デザートも食べちゃおうかしら、凛空ちゃんも何か食べましょうよ。」
「でも…」
さすがにそんな奢ってもらうのも悪いと思ったが「私だけ食べるのが嫌なの」と栞さんに牽制され、モンブランケーキを注文した。栞さんはティラミスを注文した。また料理を待つ時間が訪れる。今回は栞さんも口を開かなかった。その無言の時間に耐えられなくなったのか、私自身、一人で抱える事が苦しくなったのか分からないが栞さんになら打ち明けていい気がした。
「あってます」
「え?」
「栞さんの推理合ってます。私自殺しようとしました…」
そのまま私は正直に話すことにした。特に話そうと思った理由も無いけれど、ご飯をご馳走になった人へ嘘をつき続けるのは失礼だと私の心が言ったのだ。
それからお母さんの他界のことから門町に来るまでの事を全て話した。ただ、凛空に関することだけは言わなかった。なぜか言えなかった。助けられたのではなく自力で傷の処置などを行ったと嘘をついた。一通りの事情を言い終わった私は栞さんの口が開かれるのをただ待ち続けた。
「凛空ちゃん、今は?」
栞さんはゆっくりと言葉を紡ぎながら私を真っ直ぐに見つめる。ああ、この人は分かっているのだ、知っているのだ。言葉は簡易に使用できる反面、それが人を射殺すような武器にもなってしまうことを…
「…」
「今もまだ死にたいと思う?」
「…分かりません。」
「そう。じゃあもし良ければ私とまた会ってくれないかな」
「は?」
脈絡のない言葉に思わず、ただ反射的に反応してしまった。
「私はもっと凛空ちゃんとお話したい。凛空ちゃんのことを知りたいの」
「でも、もう話すことはないです。」
「違うわ、またこんな風に凛空ちゃんと食事してお出かけしたいの。私とデートして
くれない?」
そして栞さんはまたにっこりと笑った。私はただ頷くことしかできなかった。するとちょうどケーキが運ばれてきた。
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