第1話 暗中模索(2)

 朝、私は肩を揺すられ起こされた。



起こしてくれた人は制服をピシッと着て背筋がピンと伸びた背の高い警察のお兄さんだった。



 最初、家出を疑われ、この人の務める交番に連行されそうになったが、お兄さんは、私の脇腹に血のにじんだ布を見つけ、驚くと同時にすぐさま近くの病院へ連れて行くと言ってくれた。



病院に向かっている間、お兄さんは様々な質問をしてきたが、そのどれにも答える気は起きず、黙秘を貫いた。しばらく私が黙っているとお兄さんも質問をやめ、黙々と歩き始めた。



 到着した病院は大きな複合病院で、いろいろな科が内蔵されていた。建ててから日が浅いのか、手入れが行き届いているのか小綺麗な病院だなと感じた。



促されるまま病院内に入るとお兄さんが受付を済ましてくれて案内に従った。そこでお兄さんとは別れたが、診察が終わった後に迎えに来ると言われた。どうやら逃がす気はないらしい。元々逃げる気もないが…



 通された診察室に入ると中年の先生が大きくて柔らかそうな黒椅子に座っていた。



何も言わずに私は脇腹を診て貰うため、布を解いた。急に動き出した私に、先生は怪訝そうな顔をしたが、すぐに診察する準備をしてくれた。しかし、ん?と、なにか違和感に気付いて脇を見る。脇腹には布を解いたのにまだ何か



「それは?」



先生が貼り付けられている膜のようなモノを見て問いてきたが私にもその正体が分からないので答えようがない。ただ無言で首を横に振った。



「傷を塞いでるのかな…剥がしてもいいかい?」それに黙って頷く。先生が“それ”に触れ少し剥がす。瞬間、脇に一瞬激痛が走る。



「いっ…」「これは…」



先生が脇腹を凝視しながら驚愕していた。なにがどうなっているのか私には理解できなかったが、先生は少し剥がしただけで、また張り付けた。



そのまま一通り外傷の診察といくつかの質問を受けた。しかし質問に私は一切答えず、無言を貫いた。答えたくないわけでは無いが、私は口を開くのすら億劫になっていた。



先生は困ったように一旦診察を終え、そのまま私を別室へ案内した。部屋に入ると、白衣を纏う髪の長い女性が机を挟んで対面に座っていた。



女性は私を見ると、私の目の前に置かれる椅子に座るように促した。それに従って椅子に座ると女性が話しかけてきた。



「こんにちは、私は歡崎かんざきしおりと言います、あなたのお名前を教えていただけますか?」



栞と名乗るこの女性は柔和な笑みを浮かべ、私が話し出すのを待ち続けるかのようにずっと私を見つめた。私は気恥ずかしさに負け、重い口を開くのに数秒を要したが、なんとか名乗る。



「私は…



しかし、なぜか自分でも分からないが、咄嗟に私が名付けた“あいつ”の名前を騙ってしまった。



「そう、凛空さんね。よろしく」そういうと栞さんはニコっと柔らかな笑みをまた浮かべた。顔にはナチュラルメイクが施されており、元の良さが更に引き立って美人だった。



「あなたの診察結果が出るまでお姉さんとお話ししましょう。」



そういう彼女はまたニコリと微笑んだ。



 その後、しばらく警戒していたが、先ほどの栞さんに対しての態度とは一変し、私達は軽快にガールズトークをしていた。



 そこで分かったのは、ここは東京の国分寺にある門町かどまちという場所で私が元居た場所から数十キロ離れた町だった。



私は、寮のあった場所を伝えた。すると栞さんは頻りに、手元の紙に私から出る情報を書き留めていた。



そこで栞さんにどうやって門町に来たのかを聞かれたが、それにどう答えればいいか分からなくて、しばらくお互い沈黙の時間が流れたが、しばらくして栞さんが立ち上がり後ろ手にあるポットからお湯を出し、ティーカップを2つ戸棚から取り出してまたニコリと笑った。



「お茶にしましょうか」



栞さんはティーカップに温かな紅茶を入れてくれて私の前へ出してくれた。



「いただきます」



今思えば、凛空と出会ってから何も口にしていないことに気づき、喉の渇きに我慢できずすぐに紅茶を口に運んだ。これで毒でも入っていたら笑いものだ。



飲み込むと体の中へ温かい紅茶が染み渡る感覚がした。人間の自覚は恐ろしいもので何も食べていないことに気付くと、自然にお腹がぐぅと鳴った。咄嗟にお腹を押さえたが栞さんにはばっちり聞こえてたようでクスクスと笑った。



「何か食べましょうか」栞さんは私の横を通り、扉を開け、私を連れて部屋を出た。

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