第1話

第1話 暗中模索(1)

 暖かな風を感じた。


 しかし、それとは反対からの刺すような寒さに半身に春を感じながらもう半身では冬を感じているかのようなあべこべな感覚に捕らわれ、途切れていた意識が呼び戻されていく。



「う、うぅん?」



「起きた?」



「え!?」



急に声をかけられたことに驚き飛び起きる。意識は急加速して、覚醒していく。



誰!?



「服、乾かしてあるからそれ着て」



急に話しかけてきた人に驚愕して自分に向けられたであろう言葉をゆっくりと咀嚼しながら理解していく。そして完全に理解した瞬間、自分の姿を確認する。衣服は全て剥ぎ取られ、私は一糸纏わぬ姿で薄い毛布一枚をかけられているだけだった。



「~~~///」羞恥と驚愕で声にならない叫び声を上げながら、すぐさまその毛布を体に巻き付ける。



「大丈夫、何もしてない」



そんなこと言われても信じられるわけがない!声の主を睨みつける、瞬間、わき腹に激痛が走る。



「いたっ…」



「そりゃ、あんなところから飛び降りて無傷なわけない。」



痛む脇腹に触れると、そこに布が巻かれている事に気づいた。布は少し血が滲んでいて、止血するために強めに巻かれているのが分かった。



「これ、あなたが?」



不信感を隠すことなく少し強めの口調で問い詰める。



「ま、そのまま放置してたら失血死してたし。目の前で死なれるのも迷惑だからね。」



まるで自分のためだ、と言うかのような軽口で私の問に答えるこいつは一体何者なのだろうか、私はつい思ったことを小さく口に出してしまった。



「…余計なこと…」



「なに?」



何かを言ったことは分かったようだが、内容は理解できなかったような態度にホッと安堵し、もう一度口を開く。



「ありがとうって言ったの!」



「どういたしまして」



皮肉を込めて言ったが、こいつは無表情のままだった。なにこいつ。立ち上がり、とりあえず指示された通り乾かされた服の元へ行く。だが干されていた上半身の服は脇腹の辺りが全て破けていた。



「はぁ…」



思わずため息が出たが、とりあえず着ようと思い服を手に取って横に人がいるという事を思い出し、あいつを確認する。しかし、あいつはずっと夜空を見上げていた。



サラッと脇腹に巻かれている布が腕に触れた。今更恥ずかしがることもないか、どうせこれを巻かれた時に全部見られているんだし…諦め、その場で普通に服を着た。



服を着ている最中何度か確認しても、ずっとあいつは空を見上げ続けていた。ついでに周囲も確認してみる。現在の居場所が分かるかと思ったが、周りには何もなく、背の高い草が生い茂っていた。



 また、あいつが腰を掛けているような大きな岩がいくつか生えているのか埋まっているのか、地面が隆起していて、少し先には川が流れているのも確認できた。どうやらここまで流されてあいつに助けられたみたいだ。まさか無様にも死に損なうなんて…服を着終わりとりあえず元居た場所へと戻った。



「ここはどこ?」



「さあ」



相も変わらず夜空を見上げ続けるこいつは大げさに手を広げ分からないというジェスチャーをする。口調や仕草一つ一つが私の癇に障る。



「は?」



「僕にも分からない」



「あんた、ここに住んでるとかじゃないの?」



「まさか、僕がホームレスに見える?」



小馬鹿にするような態度に更なる苛立ちを感じたがぐっとこらえ、こいつを下から上までじっくり観察する。足はサンダル、下はスウェット、上はTシャツにダウンを…



「それ!私のダウン!」



干されている洋服の中にダウンがなく、流されたのかと思っていたが、こいつが着ているのは紛れもなく私のダウンだった。



「…」



しかし、私の主張を無視し、ひたすらに夜空を見上げるこいつに、もう怒りゲージは最高潮に達し、追い打ちをかけるかのように強めに言い寄る。



「返してよ!」



「助けた対価だよ」

と返してくれる気はないとはっきり言われた。こちらは助けて欲しくは無かったのに!



もう私は怒り通り越し、何も言う気にはならなかった。そしたらこいつから声をかけてきた。



「で?僕はホームレスに見えたの?」



「うん」即答で返す。誰がどう見てもこいつはホームレスに違いない!



「それはそれは、良い観察眼をお持ちで」



皮肉めいた事を言われ、また怒りゲージが溜まり始める。どうやら怒りゲージは1本貯まるともう一つ追加されるみたいだ。



「どう見てもホームレスみたいな恰好じゃん!」



私の言葉をこいつは無視し、ダウンのポケットから煙草の箱を取り出す。



「それも私の!」



また無視を決め込み、箱から一本煙草を取り出すと、私のライターで火を点けた。こいつの態度に先ほど現れた2本目のゲージもすぐに満杯になる。



「ほとんど私のじゃない!」



「うるさい」



深く吸い込んだ煙を吐きながら、こいつは人差し指を自らの口の前で立てた。



なんなの!こいつむかつく!煙草を吸う姿を睨み付けとりあえず座る。するとさっきまで私が寝ていた近くに焚き火がされていた。そういえば川に落ちたのに体が冷えていない。前にドラマで川に落ちて溺れた人が低体温症になる場面を見たことがあった。もしかして服を脱がしたのもそれを気遣って?



「ねぇ」思わず声をかけてしまったが返事は無かった。が、ふうぅと煙を吐く音がした。それを返事と受け取った私は続ける。



「私にも煙草…ちょうだいよ」



本当に聞きたかった事と、出てきた言葉は違った。本当の言葉は、あいつから吐き出される煙に溶けてもう忘れてしまった。でも多分、きっとどうでもいい事だ。



そして私は膝を抱えうずくまった。すると頭に何かが当たり地面に落ちる。顔を上げると煙草の箱があった。私は箱を開け、一本取りだす。そのまま焚き火で火をつけようとしたが、顔が焼けるように熱くなり断念する。ライターを寄こすように視線を送るとライターを下投げで渡される。火をつけ、煙を吸い込むと初めて煙草に救われた気がした。



しばらく間が空いて無音の状態が続いた。ゆっくりとお互いの手元から立ち上る煙を目で追っていたが、静寂に耐えられなくなった私はくだらない質問をした。



「あんた、名前は?」



しばらく間が空いて、無視かよ、と思ったら頭上から声が流れてきた。



「お前は?」



「え」



「そっちから名乗りなよ」



はぁ?何様なのこいつ!ムカムカと昂るイラつきを抑え、でも多分こいつはこれ以上何も言わないな、と悟り、渋々名乗る。



「翼…中川翼」



「つばさ…じゃあ



「は?」



「僕の名前、そら



「じゃあって何!?絶対嘘じゃん!」



「なんだよ、文句あるの?じゃあお前が好きなように呼べばいいよ。」



「なによそれ」



もうまじめに取り合う気も失せ、笑いが込み上げてきた。この空と名乗る人が相変わらず見つめる空を一緒に見上げた。そこは満天の星空といえるぐらい数々の星が煌めいていた。そして涼しげな横風が私の髪を揺らし、風に煽られたように1つの流れ星が一筋輝く。



「じゃあ…凛空りく



「は?」



「あなたの名前、“そら”ってイメージじゃないし“凛空”で」



そう言って地面に指で凛空と書く。それを見たこいつは、ぷっと吹き出しケラケラと笑いだした。



「お前のネーミングセンスやばいね、なんでそんな字使うんだよ」



笑いながら凛空はこちらに寄ってきて私と同じように地面に指で字を描く。



“陸”



「普通“りく”って漢字はこれだろ」



「いいでしょ、別に!文句あるの!?」



まだ笑い続ける凛空にだんだんムカついてきたが凛空の笑う顔がイメージと違って子供っぽくて自然とこちらも顔が緩んだ。凛空は中性的な見た目で、髪は私よりも長髪だ。背中の中間ぐらいまで伸びている髪に隠れているが、体の線は細々としている。しかし、言葉遣いは男勝りで性別がどちらなのか判別はできなかったが、顔の一つ一つパーツが整っていてはっきりいって美形だ。胸やお尻は出ているわけではないので余計分からない。年は私と近い位だろうか…



「さ、帰るか」笑い止んだ凛空はそう言って私の煙草とライターを手に取り立ち上がるとグッと背伸びをする。



「え、ここに住んでるんじゃないの?」



「まだホームレスだと思ってたんだ」



凛空はフッと嘲笑を浮かべ、背の高い草の中へ歩きだした。



「ちょ、待ってよ!」慌てて立ち上がり、追いかけようとしたが、後ろでパチパチッと燃え上がる焚き火に気付き、一瞬振り返って放置して良いのか迷った…がそのままにして後を追った。草木を掻き分けながらしばらく進むとコンクリートの道が見えた。



え?てっきりどこか奥地の山の中かと思ってた…



コンクリートの道に足を踏み入れると、凛空がこちらに振り返る。



「で、お前行くところあんの?」



「一応寮に住んでたけど…」



「じゃあ大丈夫なんだな、気を付けて帰れよ」



「待って!まずここはどこ!?」



私の質問を聞いた凛空はまた無視を決め込み、煙草を咥えた。煙を一回吐いた凛空。さっきから思っていたけれど、凛空はマイペースというか"間"が私と違う。それも苛立ちの1つの原因になっている。案の定、私は自然とイライラしていた。そして、彼の口から飛んできた答えはもう嘘だと丸分かりだった。



「天国」



そう言った凛空は歩きだしてどこかへ行ってしまった。もう訳も分からず、私はその場にへたり込んでしまう。



「本当にそうならお母さんに会わせてよ…」そのまま私はこの場で朝日を見るまで座り込んでいた。

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