第23話 祇園祭と恋の炎(めらめら)③
橋本は、四条の交差点でもらった宵山の観光マップを見ながら歩く。さくらよりは多少、京都の地理に詳しいらしいので、ナビを任せてしまっている。
「類くんのこと、大学では黙っていてくれてありがとう。弟ってことはばれちゃったけど、義理のきょうだいと同居とか、他の人が聞いたらたぶん、誤解するよね。どんなふしだらな女なのかって」
「おれも信じられないけど、さくらちゃんはとても純粋だし、やましいことなんてない」
「うん。男女だけど、あの家ではきょうだい」
人が多くてすれ違うのもやっかいなせいか、履き慣れない下駄のせいか、歩きづらくてさくらの脚はなかなか前に進まない。
「……祥子さん、だいじょうぶかな」
橋本が心配そうに漏らした。
「ふだんからけっこう酒豪なんだけど、今日はハイペースすぎ」
先日の類歓迎会のときも、祥子はかなり飲んでいて玲に絡みまくり、父親の春宵に怒られていた。
「けど、信じられないや。モデルの北澤ルイとか、学内の憧れ様が親戚なんて。柴崎さん、すごいよ」
「は。憧れ、様……?」
「知らない? キャンパスでの、祥子さんのあだな」
「初耳です」
「あの美貌に、才能だからね。我が大学のリアルアイドルでしょ。だから、憧れ様」
「そうだったんだ。分かる。意地悪(いけず)だけど、私にも憧れの存在だから」
そう言って、さくらは笑った。髪に挿した飾りが揺れた。
「やっぱり手、しっかりつないでいい? おれの連れだって、分からせたほうがいい。すれ違う男がみんな、さくらちゃんのことをいやらしい目つきで見ているよ」
「私のことを? まさか」
「うん。すごくかわいいからね」
「そんなことないのに」
「さくらちゃんは、自分で思っているより、かわいいよ。もっと、自信を持って」
手は、恋人つなぎになってしまった。さくらは橋本の手を強く握り返す。
玲でもない、類でもないほかの男子の手なのに。橋本を意識しないように、さくらは周囲に視線を送る。外へ。できるだけ外へ。
「ルイくんって、さくらちゃんのことが大好きだよね。誰もが知っている芸能人にあれだけ好かれるなんてさ、さくらちゃんはすごいよ」
「からかっているだけだと思う。私、きっと類くんの周囲にいた人とは、違う種類なんだよ。珍獣、みたいな」
さくらは、類に関する話題をはぐらかそうとしたが、橋本は許さなかった。
「この前も言ったけど、しっかり受け止めて答えなよ。からかっているだけとか、簡単に考えないほうがいいよ。さくらちゃんのためにも、ほかの家族のためにも。お兄さんのことが、好きなんでしょ?」
「う、うん。一応、相愛だし。同居中。でも、玲とは、つき合っていない……心の中では彼氏だって思っているけれど、家では『兄』で『家族』なんだよ」
「つき合って、いないの? 信じられない。じゃあ、さくらちゃんは、彼氏いないんだ。おれ、名乗り出ていいのかもしれない……好きだよ、さくらちゃん! 答えはすぐにいらないから、おれのことも考えて」
橋本が、重なる手にきゅっと力を込めた。まさかの告白だった。
「答えって、言われても。橋本くんのこと、そんなふうに見たことがなかった。ごめんなさい」
親切だな、と思っていたけれど、そうか……好意を寄せていてくれたのか。
うれしいけれど、申し訳ない。さくらの頭の中は、きょうだいのことでいっぱいだった。
「謝らないで。今じゃなくていい。半年とか、ずっと待つ。待てる」
心なしか、先ほどよりも橋本が、寄り添って歩きはじめたように感じたさくらだった。
***
いっぽう、取り残された類。
「……なにが悲しくて、好きな女の子がほかの男と、楽しそうに歩いていくのを見送らなきゃいけないのさ。ちぇっ、祥子のばか。酔っ払い」
祥子を膝にかかえたまま、類はぶうとふくれっ面をした。
雑踏の中の観光客はどの顔も浮かれていて、今夜ばかりは類のことなど誰も気がつきもしない。
「あんさん、みんなにチャンスもろうたやん。類も、彼にチャンスをやらなあかんえ。年下とはいえ、ひとりだけひいきされっぱなしは、あかん。フェアやあらへん」
「あれ、起きていたんだ。ん、まさか……酔ったふり? さくらとハシモを、ふたりきりにさせる作戦?」
「酔ってるで。酔って。うちとしては、さくらの相手は誰でもええねん。玲と切れれば」
「うっわー、ハメられた! ぼくがハシモと組めばよかった! さくらねえさんを奪われるくらいなら、ホモ疑惑のほうがまだまし!」
「うーん。うるさいなあ……水……ああ、ええわ。ビール、残っとった」
「もう、やめな。タクシーまで送るから、帰ろう。早くここへ戻って来ないと、さくらが危険。ハシモに喰われちゃうかも」
「あほ。通行止めで、タクシーなんか通ってへんわ」
身を起こした祥子がグラスに手を伸ばそうとしたので、類は祥子の手をはたいたが、それでも祥子はグラスを手にする。
「るーい、十八歳のお誕生日おめでとさん。もう、成人やん。乾杯~♪」
「ちっとも、うれしくなんかないね。過去十八年間で、最低最悪の誕生日だよ!」
「ええやん、ええやん。じゃ、うちがプレゼントやる」
「酔っ払い策士からのプレゼントなんて、い・ら・な・い!」
「特別に、うちをあげたるわ」
祥子は伸ばした指先で、類の唇をそろりとなぞったが、類は取り合わない。
「は? 冗談、きつい。祥子の狙いは、玲でしょ」
「ま、それはそれ。これは、これ。ずいぶんとご無沙汰そうやし、類。うちが膝に頭をのせただけで、やけに興奮しとるのが見え見え。追加ちゃん、全然やらせてくれへんからか?」
「ただの条件反射。うるさいよ、いちいち。女のくせに、そんなとこ突っ込まない」
「ええよ。類、かっこようなったし」
「年下をからかうのは、やめておきな。今のぼく、まじでさくらねえさんひとすじだもん」
「今夜だけ。おまつりの夜や、なんでもありやで!」
「……大本命の玲に、ばれたらどうするつもり?」
「そないな失敗、あるわけないやろ。なあ類、このままふたりで消えよし。つれないさくらに操を立てて、類は相当たまっとるんやろ。うちも、久しぶりになんか気分が高まってきたで?」
「……さくらねえさんだと思ってやるけど、いいの?」
「うちかて、玲と思うわ。お互いさま」
「そうすると、さくらねえさんと玲の組み合わせみたいで、ちょっといやだな」
「こんなスタイルのええ美女やあらへんえ、追加ちゃんは」
「玲だって、ぼくみたいにうまくないよ。それに、さくらねえさんは、ぼくが育てるから今のままでいいの! ぼくの知らないところで成長してもらったら、かえって困る!」
類は立ち上がった。
祥子も続いて類の腕に身体を絡めた。
「楽しみやな」
「言っておくけど今日、祥子はだいじょうぶな日?」
「うわー。超有名芸能人ともなると、どえらい態度。上から目線やね。それで何人、孕ましたんや。ま、ええよ、ええで。たぶん」
「どうなっても知らないからね。あ、正気のままじゃ、できないや。あ、栄養ドリンク、がっちり飲んでもいい?」
***
類と祥子が立ち去った三十分後に、さくらはもとの場所に戻ってきたが、もちろんふたりはいなかった。連絡も、つかなかった。
ふたりとはぐれたのだと思ったさくらは、橋本に送られて町家へ帰った。
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