第15話 旅行って、テンション上がる⤴⤴⤴⤴④-2
三人は、近くのコンビニに入った。
工場は暑かった上に、怒ったり、焦ったりと忙しかったので、店内にかかっているクーラーのひんやり感がうれしい。
さくらは真っ先にアイスのケースへと向かう。アイスを食べて頭を冷やそう。うんとおいしいやつがいい。この際、値段は見ない。
「おいおい。十八にもなって、なに真剣に選んでんの?」
どのアイスにしようか迷っていると、類が雑誌棚のほうからようやく歩いてきた。胸ポケットに差してあった眼鏡をかけている。雑誌を立ち読みしていたら、ほかのお客さんに北澤ルイだと気がつかれたらしい。
ちょっとそこまでの外出だったので、帽子などはかぶっていなかった。
変装していないと、超人気アイドルモデルの類の正体はすぐに見破られてしまう。
「類くんは、どのアイスにする?」
「は。ぼくが、アイスなんて食べるわけないじゃん。水、水でいいよ」
「あっちのいいおとなも、真剣にアイスを選んでいるよ? 笹塚家は、甘いものがだいすきだったんだ」
涼一はアイスケースに首を突っ込むようにして、吟味している。どれにしようか、ひとりごとをぶつぶつ言いながら。
「類くんも、たまには糖分補給しなさい。体重コントロールも大切だけれど、甘いものを取ると疲れが吹っ飛ぶよ」
「んー、仕方ないなあ。オトーサン……じゃ、このアイスにして、さくらねえさんと半分こしよう」
選ばれたアイスは、カップの抹茶アイスである。
「これ、半分こするにはふさわしくない。一緒に食べたいなら、分けやすいモナカとかにしようよ」
「アイス、さくらの口移しで食べたい」
「それは無理でしょ、溶けちゃうし、あんまりおいしくなさそう。っていうか、ひとり一個でいいよね。父さま、分けなくていいよね?」
「そこの熱々カップル、どうぞお好きなように」
「あと、お水。あとで、一緒に運動しようね。ぼく、さくらの上に乗っかりたいな」
「今夜は、私が塩焼きそばを作ろう! 焼きそばにビール。ザ・王道めし」
「食べることばっかり、オトーサンは。ねえ、油の量は控え目にしてよー」
嘆きながらも、類は笑っている。
近くの公園のベンチに座り、三人は並んでアイスを食べた。甘くて冷たくてとろける味は、まさに極上。
類は、さくらにお口あーんで、ひとくち食べさせてもらうと、それで満足したらしい。モデル体型を保つには、相当の努力と忍耐が要る。アイスのほとんどは、さくらが食べている。
「はあ、おいしいなあ」
玲にも食べさせてあげたい。
さくらが自分の分の、クッキークリーム味を口に運びつつ、ほんわかうっとりしていると、類と涼一はブランコ漕ぎ競争をはじめていた。
「いいか、どっちが高くなったか十秒後、さくらに判定してもらうぞ。さくら、ひいきはなしで、どちらがより高くまで漕げたか、ジャッジしてくれ!」
「いや、若いぼくが勝つに決まっているよ。オトーサン、若作りだけどいい歳でしょ? 昨日のお風呂では言わなかったけど、おなかの肉がたるんできているよ」
「な、なに! 気にしていることを。よし、アイスのあとは運動だ」
「ぼくはさくらの上にまたがって、激しく腰を振る運動をしたいんだけどね」
「いや、そいつには及ばんぞ。ほら類くん、ブランコの上で、腰を大きく振り動かせ」
「あっ、立ち漕ぎ? ずるいな」
いいおとなと美形男子が真剣に漕いでいるので、公園に居合わせた幼い子どもたちが思いっきりぽかんと見上げている。
「五、四、三、二、一、どうだ!」
「こっちだよ、さくらねえさん!」
アイスのカップとスプーンを持ったまま、さくらは見上げた。
「……同じぐらいだよ、ふたりとも同じ」
無難な返答をしたが、それがかえって納得いかなかったらしい。
ふたりの動きがいっそう激しくなった。ブランコが、振り切れんばかりに大きく揺れている。
「さくら、正確に冷静に判断しておくれ」
「さくらねえさん、これは勝負だから。引き分けとかないから」
「でも、ふたりとも、振り切れそうなぐらい上まで届いているし。上にあがるよりも、ブランコを待っている子どもたちに、早く譲ったほうを勝ちにするよ」
「「な……に!」」
ふたりは急ブレーキでブランコを止めた。遠巻きに見ていた子どもたちが、わいわいと寄ってくる。
「よくできました。ふたりとも最高、大好き」
「……オトーサンの娘、いい性格してますね。さっすが二股姫」
「いい機転だったぞ。さくらの勝ちだな」
「そうだね。さくらねえさんがいちばん!」
……もう、なんの勝負だったのか、分からない。さくらは笑った。
ブランコに寄ってきた小さな男の子が、類を指差した。
「あ! てれびでみた! はだかんぼうのおにいたんや」
はだかんぼうの、おにいたん……今、しきりにテレビで流れている、北澤ルイ出演の化粧品コマーシャルのことを言っているらしい。
「あれは、お仕事なんだよ。おーしーごーと。いつもは、はだかんぼうじゃないよ」
類はしゃがんで、男の子と同じ目線になって笑顔で答えた。
男の子は三歳ぐらいだろうか。類の目をじっと見て会話している。
「きょうはおようふく、きてはるんやね」
確かに、映像の中のルイは、薄い白布一枚を身にまとっているだけで、半裸なのだが。常に裸の姿で生きていると思われているらしい。
「おにいさんは、ルイくんだよ。北澤ルイ」
「はだかんぼうのおにいたんが、てれびにでると、ママがめっちゃよろこぶんや。うわー、かっこええわあーって、てれびだっこして、ちゅーしはるん!」
遠くで悲鳴が上がった。たぶん、ママさんの。北澤ルイファンなのだろうが、お気の毒……。
それでも、類は男の子を見て、にこにこと笑っている。
「勉強ができるとか、仕事ができるとか、いろいろあるけど、男はやっぱり裸のカラダが最強の武器だからね。ボクもがんばって、カラダを磨くんだよ」
「からだをみがく?」
小さい子に、なんていうことを教えているんだ、類は!
さくらは止めようとしたけれど、涼一に制された。類が、ことばを続けようとしている。
「カラダをきれいに磨くには、毎日ごはんをちゃんと食べて、よく寝て、たくさん遊んで、ママの話を聞いて、違うと思ったら言い返す。『自分をつくる』ってことだよ」
もちろん、男の子は意味が分からずに、きょとんとしていた。けれど、類の笑顔には説得力があったらしい。元気に、『うん』と応えた。
「これからまいにち、おふろで、ちゃあんとみがくで。そしたら、かざらなくても、きれいになれるな!」
男の子はそう言うと、ブランコに突進した。もう、類には興味なさそうである。
「……飾らなくてもきれい、か。確かに類くんは、高価なブランド品なんて身につけなくても、カラダそのものがきらっきらの宝石だもんなあ。子どもは、いいこと言うね」
類本人は、困ったように首をかしげていたけれど、涼一は感心していた。
涼一と聡子、それに類は京都にもう一日滞在し、帰宅した。
家族で過ごした時間は、久しぶりににぎやかで、あっという間だった。
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