第13話 旅行って、テンション上がる⤴⤴⤴③-2
露天風呂からは、きょうだいの口論がまだ聞こえてくる。
久々に顔を合わせたせいか、マシンガンのように激しく、罵り合っている。ここには書けないような、お下劣なお下品なゆゆしき単語も飛び交っている。
「類くん、東京のマンションにいると、新婚夫婦のおじゃまみたいだって気にしていたよ。父さま、聡子さんと謀って、類くんを追い出そうとした? そんなに聡子さんとふたりになりたい?」
「まさか。そんなことは、しないさ。でも、結果的に彼がそうとらえてしまったかもしれないことは、否定できないね。さくらが出て行ったあとは、残された三人がマンションで顔を合わせるなんて、一度もなかった。家事分担も、できていないし。類くんは、受験勉強のほかに、さくらとの家族的な触れ合いも欲しているんだろうね」
「全然、家族的じゃないよ。俺様的な触れ合いなんだよ、類くんはいつも強引で、怖い」
「私は、玲くんがさくらを欲しいと頭を下げたなら、京都行きに関して誓約書なんて書かせなかった。きょうだいとしてではなく恋人どうしとして、同居を許したよ。でも、玲くんは仕事で一人前になるまで、寸止め生活になるだろう。彼は、禁欲的で頑固だからね。さくらは、待てるのかい? 職人として成長するには、二、三年の話じゃないと思う。最短でも、十年かそれ以上かかるはず。でも、相手が類くんなら、さくらの夢をわりとすぐに支えてくれるだろうね」
玲が、自分を望んでくれるのは早くても十年後だという。これから先の十年なんて、どうなるのか想像もつかない。
玲を信じて待つ暮らしが、自分にできるだろうか? ほんとうは、待ちたい。けれど、待ち続けたら、自分の夢を殺すことになりかねない。
「それに、さくらは町家をいつ出てもいいと、私は思っている。大学のもっと近くにアパートを借りてもいいんだよ。資金は出すから。ただし、出世払いで。玲くんを選ぶということは、我慢の道だよ」
さくらの着替えがあるので、涼一は話を切り上げて脱衣所を出た。
涙をこらえて重い重い浴衣を脱ぐと、床にどさっと落ちた。身体についた水分をよく拭き、けれど素早く新しい浴衣を身につける。脱衣所に、きょうだいがいつ入って来るかも分からない。
新しい浴衣は、藍色だった。桜色にウサギ柄の帯がついている。さくらはとりあえず新しいものに着替え、ドライヤーで髪をざっと乾かした。
***
その後、きょうだいは正座させられた。聡子は、類の横暴を許さなかった。玲もさくらを守れず、類と不毛なお湯かけ合戦を行ったことで、同罪に堕ちた。
「ごめんってば。だって夢だったんだよ、さくらねえさんと混浴するの。家族っぽいでしょ?」
類は言い訳をした。
「だからって突き落とす人がいますか。けがでもしたらどうするの? それに、類が求めていた行為は、変態、けだものと呼ばれても反論できない。家族には、ほど遠い」
「類の、けだもの」
玲がつぶやくと、聡子は説教をかます。
「玲も、しっかりさくらちゃんを守らなきゃだめ。類の思う壺」
「だったら、類を京都に送り込む件、取り消ししてくれ。俺は、二十四時間類を監視できない」
「騒がしい東京を離れて、勉強に打ち込みたいっていう気持ち、理解してあげなさい。玲以外に、類を任せられる先がないの」
「俺だって、未成年だ。それに、勉強に打ち込めるわけないだろ、さくらを誘惑することで、頭の中がいっぱいなのに。俺は断固反対だ。外国でも送ってしまえ。無人島とか」
「血のつながらないさくらねえさんと同居しているのに、実の弟のぼくは許さないわけ? 血判までしたのに。フェアじゃないよー」
「こいつは危険だ。さくらの安全が、保証できない」
「半年のことだよ、玲くん。来春からは仕事も再開するだろうし、東京に戻るよね。類くん?」
涼一の質問に対し、類はほほ笑むだけで答えなかった。
「……もういいよ、みんな。誰も、けがしなかったんだし、類くんの悪ふざけには慣れっこ。私、もう眠い。せっかくの家族旅行なんだし、仲良くしよう」
いつまでも揉めていてはつまらない。不毛な旅行にしたくない。
「さっすが、さくらねえさん! 新しい浴衣も似合っているよ。もう一度だめにしたら、また新しいものを出してくれるのかな。いろんな浴衣の、さくらねえさんが見てみたいな」
「おいおい、類くん。これ以上事件を起こしたら、社内での私の立場がなくなるよ」
「だいじょうぶだよ、オトーサンはうちの母さんをゲットして、柴崎ファミリーになったんだし、天下のアイドルモデル・北澤ルイが息子だよ? 会社が、オトーサンを切れるはずないよ。いざとなったら、母さんの会社に入社すればいいだけだし。幹部重役、間違いなし!」
「じゃ、各人の寝る位置だけど」
聡子は類の提案を無視し、てきぱきと決めた。
入り口にもっとも遠い場所が、さくら。
その隣、聡子。
真ん中に涼一。
その隣が、玲。
戸に近い場所が、類となった。
「あからさまだね、ずいぶん。なんで、ぼくがさくらねえさんにいちばん遠いのさ。親は、奥の寝室のベッドで、いちゃいちゃ仲良く寝ればいいじゃん」
「至極妥当な配列だ」
「同意。おやすみなさい」
さっそく、さくらは布団を頭からかぶった。類が襲いかかろうとしたが、玲と涼一、男ふたりに阻まれた。
「……類はいっそのこと、去勢しようか?」
なかば、聡子の声は本気だった。
***
翌日。
無事に朝を迎えたさくらは、久々に家族全員で朝食をとり、旅館の庭園を散歩した。昼間のお庭も、新緑がとてもうつくしてよかった。家族写真というものも、初めて撮った。
家族で旅行するという夢が叶った。類の、『さくらと混浴』という野望も叶った。困ったこともあったけれど、満足度はなかなか高い。
あとは、墓参りをして町家へ戻るだけ。午後から、玲と聡子は仕事の予定。
「また来ましょうね」
「はい!」
上機嫌で、聡子はさくらと手をつないだ。
指先のネイルがとてもきれい。パールが光っている。今度、教えてもらおう。
「母さん、ずるいー。ぼくも、さくらねえさんと手をつなぎたいー」
「だめ、母子の特権。類は荷物持ち」
「モデルに、重い物を持たせるとか」
「男の子なんだから、文句を言わないで、持つ。手が空いていると、すぐにイタズラするし」
「腕が折れるー」
玲は、四人からやや離れて歩いている。仕事のことで頭がいっぱいらしい。
柴崎家の墓の前まで来ると、昨日よりも供花が増え、いっそう豪華になっていた。
「あれ、花が増えている!」
類が叫んだ。
「増えているって、知っているの?」
「うん。昨日、さくらねえさんと来た。みんなで来る前に、墓のことを知りたかったから」
「なんだ。私たちも、ホテル入りする前に来たんだよ。みんなでお参りする予定だったけど、先に挨拶しておきたかった。きょうだいの父親が眠っている場所で、新しい婿がのうのうとしていられない」
「つまり、最初に母さんたちが来て、その次に類とさくら。最後に俺か」
「玲も?」
「ああ。嵐山に来たからには、まずはと思って。お寺の閉門時間を過ぎていたから、市内で花を買って、門を乗り越えて」
「昨日のうちに、みんなお参りしていたなんて」
「家族だね、同じことを考えていたとは」
「だけど、新しい家族の集合を見てもらったほうがいいよ」
「そうね」
五人は墓前でしばし佇み、ひとりずつ改めて墓前に向き合った。
玲は、相変わらず澄ました表情を崩さない。静かに、実の父と対面しているようだ。
こんなときは、さすがの類も神妙な顔つき。ふだんとのギャップがあって、つい見とれてしまう。
さくらも祈った。天国のおとうさん、私は自分を信じて進みます。
後悔しないように!
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