番外編・曽根崎慎司は行動する(2)

 次に曽根崎が病院を訪れたのは、実の弟である阿蘇が目を覚ましてからだった。


「阿蘇さん! メロンですよメロン!」

「バカふざけんなよお前! お見舞いといえばリンゴにきまってるだろ! 阿蘇さん、これウサギさんのリンゴです! 目もつけてみました!」

「阿蘇さん! このケーキ食べてみてください! 作ってきたんです!」

「阿蘇さん阿蘇さん!」


「…………」


 阿蘇のベッドの周りには、彼の舎弟(自己申告)と思われる屈強な警官共がわらわらと集まっていた。そこにヒョロリと細長い男如きが入る隙間など当然無かったが、一切気にしないのが曽根崎である。


「忠助、来てやったぞ」

「あ、兄さん」


 長身を生かしてのっそりと阿蘇の視界に収まる曽根崎に、周りの警官は驚きおののいた。


「ヒィィッ! 怪異の掃除人!?」

「目を合わせるな、呪ってくるぞ!」

「馬鹿野郎、怪異の掃除人っつったら呪われる側なんだよ!」

「お兄様! いつも阿蘇さんにはお世話になっております!」

「あ、ズルい! お兄様、俺も! 俺もお世話になってます!」

「すいません、最近肩凝りとか酷いんですがオバケとかのせいじゃないですよね……?」


 警官たちに群がられた曽根崎は、あっという間に阿蘇の視界から消える。が、阿蘇が遠い目で見守る中すぐに淡々とした声が上がった。


「忠助、一旦彼らをどかせられないか」

「俺の同僚を邪魔な車みてぇに言うんじゃねぇ」


 そうは言いつつ、阿蘇はシッシッと片手を振って舎弟達を追い払った。渋々ではあったが、曽根崎からも不気味な圧をかけられていては仕方ない。彼らは大人しくゾロゾロと病室を後にした。


「……また、数が増えたか?」

「知らねぇ」

「一番先頭の者なんざ、“親衛隊長”のタスキをかけていたが」

「見てねぇ見えてねぇ」

「照れなくていい。弟の人望が厚いと、兄として鼻が高いよ」

「ほざきやがる」


 このやり取りもいつもの事である。曽根崎は適当な椅子を引き寄せると、阿蘇の前に座った。


「……で、調子はどうだ?」

「一部、思い出せない記憶がある」

「不思議だな、誰の仕業だろう」

「オメェだろ」

「一度に呪文を使い過ぎだ。忠助の呪文は副作用が強いから回数を制限しろと言ったのに」

「それもオメェのせいだろ」


 阿蘇はガリガリと頭を掻くと、大きくため息をついた。


「……兄さん、俺の許可無く記憶を消すなっつったじゃねぇか」

「……」

「それほど、今回の俺はヤバかったのか」

「……ここに来てすぐ、忠助を脳波計に繋いだ。それがずっと、とんでもない異常値を叩き出していたぐらいにはな」

「とんでもない異常値?」

「少し語弊があるかもしれんが、眠っているはずなのに脳がオーバーヒートしっ放しだったと言えばそうか。度重なる死の切迫に脳の処理が全く追いつかず、それでいてなお体を生かす為にフル稼働していた」

「ふぅん」

「とにかく、その状態が丸一日続いたんだ。薬などで鎮静化させる事もできず、烏丸先生に呼ばれた私が応急処置的に記憶を曇らせる事になった」

「……そうか」

「無くなっているのは、藤田君を助けた直後の記憶辺りだろう。そこが最も負荷がかかっていた部分だったからな」

「……まぁ、許してやるよ。覚えときたかった所は残ってるから」


 阿蘇は再びため息をつく。彼の右手は無意識に左腕に乗り、さすられていた。

 その仕草に、曽根崎は訝しげに目を細める。


「どうした。痛むのか?」

「え? ……ああ、これ。いや、なんだろうな。怪我してるわけじゃねぇんだけど、時々疼くんだよ」

「へえ」

「なんだよ」

「……位置的には、藤田君の怪我した場所と同じだと思ってな」

「……」


 兄の指摘に、阿蘇は黙り込む。この反応に、本人も薄々痛みの原因には勘付いているのだろうと曽根崎は思った。


 ――“共感疼痛”。


 他者の怪我を見た者が、それを自分自身の痛みとして認知する脳の働きである。

 無論これには個人差があり、また怪我をした他者との関係性によって痛みの度合いも大きく変わってくるのであるが……。

 ――藤田を生かす事が、弟を生かす事に繋がる。そう捉え、過剰と知りながら阿蘇に負担を強いた自分の判断はやはり間違いではなかったらしい。

 とはいえ、この藤田への肩入れっぷりを、彼自身どこまで自覚しているのかは甚だ疑問なのであるのだが。


 ……けれど、今は事件が解決したばかりだ。追及するにしても、後でいい。


「……いつか治るだろうさ」

「ああ」


 曽根崎の言葉に、阿蘇は自分の左腕に目を落として微笑んだ。

 そんな弟を横目に見つつ、曽根崎は持ってきた小さな包みをそっとテーブルに置く。

 が、それに印刷された字を目にした瞬間、阿蘇はぐいと身を乗り出した。


「オイ待て、それ古池堂のいちご大福じゃねぇか! どうしたんだよ!?」

「私からの差し入れだよ。後で食べろ」

「食べろったって……並ばねぇと買えねぇヤツだぜコレ! なんだ? 景清君に買いに行かせたのか?」

「まさか。私が並んだんだよ」

「は!!!??」

「露骨に失礼な反応」

「マジかお前……! いや、さては偽物だな!? でなきゃ俺にこれ以上何を要求するってんだ!」

「こういう時に日頃の行いがモノを言うんだな。……いいから黙って受け取れ。別に下心など無いよ」


 そして曽根崎は、自身とよく似た目つきの悪さを持つ阿蘇の目をじっと見て、言った。


「……忠助」

「何」

「……本当に、よくやってくれたな」

「ああ。兄さんこそ」


 ニヤッと阿蘇は笑う。曽根崎も笑い返したつもりだったが、少し驚いたような顔をされた所を見るに、上手くできていなかったのかもしれない。










「曽根崎ィ」


 阿蘇の病室を出た所で、烏丸とばったり会った。


「おや先生。今から忠助の診察ですか」

「いんや、メシ買いにたまたま通りがかっただけ」


 常時眠そうな目が、曽根崎を見て弓形になる。だがすぐにそれは不審げに開かれ、彼はスタスタと曽根崎の眼前まで歩いてきた。

 曽根崎と並ぶとまるで親子ほどの身長差がある小柄な男は、腕を伸ばして曽根崎の肩を掴むと自分の顔の近くまで持ってきた。


「アンタ……」


 そして曽根崎の真っ黒な目を覗き込み、烏丸は言う。


「寝不足?」

「あー……そうかもしれません」

「睡眠薬を処方するよう精神科に伝えとこうか?」

「いや、いつもの事なので不要です」

「いつもより寝られてねぇっぽいから、言ってんでしょ」


 烏丸の言葉に、曽根崎は大人しく頷いた。それを見た彼は眉間に寄せた皺を戻すと、肩を掴んでいた手を離す。


「あんな事件の終わった後だ。まー、薬飲んでりゃいいってわけでもねぇから、ちゃんと定期的な診察には来なよ」

「はい」

「うん、素直でいい事だ。本来ならアンタ、もうあと三日は入院しなきゃいけない所なんだから」


 言いたい事を言い終えたので、烏丸は行こうとする。しかしその前に「先生」と曽根崎から呼びかけられ、足を止めた。


「何? まだ何か用?」

「……あー、その」

「何よ」

「……このたびは、どうもありがとうございました」

「別に。仕事だし」

「今度、抹茶味の菓子でも持ってきます」

「へぇ、ありがとさん。その時ゃ一緒に食べようぜ」


 烏丸は笑い、片手を振ってその場から去っていく。

 残された曽根崎は、一人顎に手を当てて考え込んでいた。


 ……やはり、人に感謝など何だのを伝えたりするのは、“彼”の方に分があるようだ。


 ここにはいないとあるアルバイトの青年を思い返し、曽根崎はバリバリと頭を掻いたのである。

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