16 爆弾設置

 ――手の中にあるのは、確かな重みの箱。

 それを両手で抱えた僕は、ブルブルと震えながら立っていた。


「よーし、こっちは設置完了だ。景清君、次の分を持ってきてくれ」

「は……ははははい!」

「オイ震えてるじゃないか。うっかり落として、君自身が爆心地にならないよう気をつけてくれよ」

「ならこんなもん持たせんじゃねぇ! ふざけんなよ曽根崎!」


 叫んだ拍子に躓きそうになり、慌てて抱え直す。深く息を吸って心を鎮めてから、恨みがましい目と共にヤツに箱を渡した。

 現在時刻は午前九時。ここは、神菅大学のとある講義室である。


「しっかしまぁ、爆弾で部屋一つぶっ飛ばすなんてねー」


 軽やかなハスキーボイスが耳に届く。机の奥に箱を押し込んだ絶世の美女は、艶やかな黒髪をなびかせて立ち上がった。


「おめでと! これでアンタらどこに出しても恥ずかしい、立派なテロリストよ!」

「それ僕も入ってんですか、柊ちゃん」

「モッチロン! 履歴書に書いたら一発で落とされるから気をつけなさいよ!」

「書きませんよ。落とされるだけならまだしも、普通に通報ものですよ……」


 適応能力が過ぎる柊ちゃんのコロコロとした笑い声を聞きながら、僕はげんなりと最後の爆弾を設置した。


 殆ど人の出払った休日の大学。僕ら三人は、ある二つの目的を成し遂げる為、この不穏な行為に手を染めていた。


 その目的の一つとは、柊ちゃんに黒い男を目撃させること。

 そして二つ目は、爆破に紛れて深馬を拉致することである。


 ……。


 ……いや、改めて考えても訳わかんねぇなぁ……。


 とにかく順を追って説明していこう。

 まず、柊ちゃんに黒い男を見せる理由は、穴に落ちる僕を助けてもらう為である。

 穴を認識する条件は、黒い男を見た事があるか、ミートイーターに寄生されているかだ。そこで柊ちゃんには黒い男の姿を視認する事で穴が見える体質になってもらい、三日目穴に落ちかける僕を引っ張り上げてもらおうという計画を立てたのである。


 よって僕らは柊ちゃんに接触し、未来から来たことも含めて一連の説明をしたのだが……。


『え、何よそれ。じゃあアンタ達、明日の世界から来たって言うの!?』

『は、はい……。厳密に言うと僕は明後日ですが……』

『ヤダすごいじゃない! ねぇどうやったの!? あれって世界線とか並行世界とかタイムパラドックスとか色々あるけどその辺りどうなってんのよ!? ねぇ! ねぇ!?』

『えええ? いや、あの……』


 興奮してぐいぐい詰め寄る柊ちゃんに、僕は尋ねたものである。


『し……信じてくれるんですか?』

『当然じゃない! だってとっくの昔に宇宙人は地球に来てるのよ!? オーバーテクノロジーを有する彼らに協力してもらえば、過去に戻ることぐらいチョチョイのチョイでしょ!!』


 そういやこの人、オカルト雑誌の編集者だったな。

 こうして僕らはあっさりと、柊ちゃんを仲間にすることに成功したのである。


「……」

「その目は何よ、景清」

「……柊ちゃん、宇宙人を名乗るヤツがUFOで雪男轢いてお金が必要なんだって電話がきても、絶対聞いちゃダメですよ」

「安心なさい! 現地に行ってボクの目で確かめない限り、示談金は振り込まないわ!」


 逆にそれっぽい光景を見たら、嬉々として振り込んじゃうのかよ。この人ヤベェなぁ。


 どう返したものかと考えていると、「おーい」と曽根崎さんに呼ばれた。


「景清君、おしゃべりしてる暇があるならこっちを手伝ってくれ」

「ああ、はいはい。え、なんですこれ。バリケード?」

「事前に私達が隠れておく用のスペースだ。ここならちょうど死角に入るからな」


 確かに、事が起きてからノコノコと部屋に入ってくるわけにもいかないだろう。

 椅子を積み上げる僕に「右」だの「左」だの偉そうに指示していた曽根崎さんだったが、ふと机に腰を下ろして何やら考え始めた。長い足を組み、重なる椅子に向かってぼやく。


「……なぁ、順調過ぎるとは思わないか?」

「はい?」


 藪から棒に出た言葉に、最初は聞き間違いかとすら思った。けれどそうではないらしい。

 曽根崎さんは顔の前で指を組み、言う。


「歴史をなぞり、ミートイーターの情報を集め、六屋氏も救った。ここまでを振り返ってみても、今の所は上手くやれていると思う」


 それなら結構な事じゃないか。

 しかし曽根崎さんは、なんとも腑に落ちない微妙な顔をしている。


「君は穴に落ちた後、黒い男に会ったんだったよな」

「はい」

「ならば、男は私達が無傷で過去に戻ったことを知っているはずだ。けれど今の所何の邪魔も無い」

「はぁ……」

「そこがどうも引っかかるんだよ」


 ふぅ、と息を吐いてボサボサの頭を掻く。


「景清君、この日に何か妙な事が無かったか思い出せないか? 例えば君しか見ていない事や、感じていない事でだ」

「いや……特に心当たりは無いですねぇ……。それを言うなら、講義室を爆破させる理由もまだピンときてませんし」

「ああすまん、説明していなかったな。そりゃあれだ、歴史を逆手に取る為だよ」

「歴史を?」


 うん、と曽根崎さんは頷く。


「歴史は変えられない、というのはもう理解してるな? 我々の観測した歴史は、あくまで“爆発があった”ということだけだ。つまり黒い男がやったのか、他の誰かが仕掛けていたのかまでは分からない」

「はい」

「だからこう考えたんだ。“他の人にやられるぐらいなら、いっそ自分たちでやってしまえばいい”とな。我々が先に仕掛けてしまいさえすればこっちのもの。他者の介入を防ぐだけではなく、爆破のタイミングも私達でコントロールできる。不確定要素が確定に変わり、こちらで歴史の主導権を握れるんだ」


 ああそうか、そんな魂胆があったのか。

 てっきり僕は、あの爆発も全て黒い男によるものだと思い込んでいたのである。それが“観測していない”事を逆手に取り、歴史の裏をかいてくるだなんて。


 ……なるほどなぁ。


「じゃあもしかして、深馬を拉致するのも同じ理由ですか?」

「まあそうだな。発狂した深馬を放置して、民間に被害が出るのを防ぐといった面も大きいが」

「でも、拘束してからその先はどうするんです? 僕らが四六時中監視するわけにもいかないし……」

「そこはほら、ツクヨミ財団にプロフェッショナルがいるから」

「便利過ぎるだろ財団」


 それならついでに深馬の拘束も頼みたい所である。だが曽根崎さん曰く、黒い男の犠牲者を増やさない為にはこの三人で挑むしかないのだという。

 ――ひとたび男に関わって、緩やかな手招きに誘われてしまえば最後。そこに待ち受けるのは真っ黒な破滅だ。

 そんな犠牲の芽を一つでも増やしたくないというのが、曽根崎さんと田中さんの考えであるらしい。これについては僕も同意見だ。


「ここまではいいと思うんだがなぁ」


 それでも曽根崎さんは浮かない様子である。少し歯痒くなった僕は、バリケードから顔を出して言ってやった。


「あんまり脅さないでくださいよ。ただでさえ深馬を拘束するのにビビッてるってのに」

「うーん」

「それに、今から何か言われてもどうこうする時間はありませんよ。できることはもう深馬を待つだけです」

「それもそうだな」


 曽根崎さんがバリケードの裏に来る。そして長い体を折り畳んで、僕の隣に座った。


「あとは野となれ山となれ、か」


 そうですよ、と軽く返してやる。この人の不安が、ただの杞憂になるようにとの気持ちも込めて。


 ……思えばこの時、僕は曽根崎さんの考えに頼りきり、慢心していたのだ。歴史を知り、観測した事象をなぞっている以上、さしたる問題は起きないだろうと。

 あの時に起こっていたこと。それを思い返す行為すら、僕は怠っていたのである。


「……早く来ませんかねぇ」


 愚かにも、僕は深馬の訪れを無防備に待っていたのだった。

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