15 ハリボテの神

 時間は、過去という箱に柔らかな埃を積もらせる。


 手で触れない限り、息を吹きかけない限り、その箱の埃が払われることはない。そうして積もった埃はいつしか表面に書かれた文字を消し、人は箱があったことすらも忘れてしまう。


「……た、だくん」


 けれど、決して無くなるわけではない。


「僕は……怖い、夢、を」


 ――そこに箱が存在する事実は、永劫変わらない。


 怯えきった声と震えを受け止める。

 ありきたりな言葉で慰める。

 どれだけ並べても足りないのなら、いっそ少ない方がいい。


 俺がいては、箱の存在を忘れることができない。

 俺がいないと、箱から漂う毒に侵されて生きられない。

 どうしようもなかった。

 どうしたって救われなかった。


 だから、せめてこの擬似的な崇拝をもって、彼の箱を縛る鎖になれればいいと思ったのだ。

 いつか彼が本当に救われる時が来るのなら、その日まで。


「俺はいいから」


 左腕が痛む。気付かないふりをする。


「今は何も考えるな。……ナオ」


 繋いだ手を、解く。


 ――なんてことはない。所詮はハリボテなのだ。神も、信仰も、この祈りすら。

 けれど信じてくれさえすれば、一晩ぐらいはやり過ごせる。



 両手の指を絡め、それを自分の唇にあてる。

 声が、俺以外に聞こえないように。

 言葉が、俺以外の場所に逃げないように。


 そうして、己の全てを捧げる。



「……すまない、僕を赦してくれ」



 絶望的な陶酔が、とある神に向けられる。

 多情な人間の一途を壊さぬよう、神は息を殺して願った。



 ――どうか、今日もお前が生き延びられるように。

 


 どこまでも人である事から逃れられない脆弱なハリボテの神は、不毛なる沈黙の中で目を閉じていたのである。

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