13 力を合わせましょ

 合流場所として指定された手術室には、曽根崎さんと烏丸先生、そして六屋准教授がいた。

 たった一夜越しの再会とはいえ、本来なら昨日死んでいたはずの人である。無事であることにホッとしつつ頭を下げると、准教授も不器用に微笑んで返してくれた。


「お体の方は辛くありませんか」

「うむ、元々怪我なども無かったし、特に問題は無いよ。それと、私はもう准教授ではないので、どうかその呼び方は控えてもらえれば……」

「あ、えっと、失礼しました。六屋さん」

「気遣いをさせて申し訳ない。……さて、景清君。改めて言わせてもらうが、昨日は世話になった。一晩経ち、ようやく自分が生きている実感が湧いてきた所だよ」


 そう言って丁寧に頭を垂れる六屋さんを、僕はあわあわと遮った。


「そんな、僕なんてその場にいただけであまり力になれたとも思えないですし……」

「そうは思わない。あの時、君は状況が飲み込めず怯えるばかりだった私に声をかけ、真心を込めて介抱してくれた。その君の誠意にこそ私は礼を言いたい。本当にありがとう」

「おあ、あ、ど、どういたしまして」


 この真摯な感謝に、ただでさえこういった状況に慣れぬ僕は面食らってしまった。

 ……僕のような若造相手に、真面目過ぎるぐらいの人である。あの田中さんの下についた事は致し方無いとして、今後いいように利用されなければいいのだが……。

 そんな不安がよぎったが、一応まだ本性を出しきってはいない田中さんの手配により、今の六屋さんは衣食住に困らない環境にいるという。まずは何よりだ。


「それで、どうして六屋さんはここに?」

「ああ、その事なんだが……」


 彼の視線が烏丸先生に向けられる。一度は説明してくれようとパカッと口を開けた烏丸先生だったが、やはり面倒になったのかそのまま横を向いた。


「曽根崎ィ」

「はいはい。……実は、ミートイーターについて直接専門家の意見を聞きたいと思ってね。まことに恐縮ではあるが、六屋氏にもご参加いただいたというわけだ」

「それで何故先生まで?」

「彼はツクヨミ財団直属の医師なんだ。六屋氏とは同僚にあたることになるし、今回の件はその顔合わせも兼ねている」

「へぇ、そうなんですね」


 なるほど、烏丸先生は警察病院に派遣された財団職員だったのか。

 そういや阿蘇さんも田中さんとは知り合いだったし、案外警察の中に財団の息のかかった人は多いのかもしれない。


「しかし、見れば見るほど珍妙な植物だな……」


 真面目な六屋さんは、もうトレイに載せられたミートイーターの残骸を観察している。嫌悪に近い声だが、強い好奇心の色が隠れているように聞こえなくもない。


 ……あれ、そういえばミートイーターって、烏丸先生がハンマーで叩き潰したんじゃなかったっけ。


「幸い、あの時潰したのは種子だけだったようでな」


 この疑問に答えてくれたのも、曽根崎さんだった。


「植物本体はまあまあ無事で残っていた」

「多少は潰されてんじゃねぇか」

「あの先生大雑把だから……。しかし研究者が観察する分には問題無いだろう」

「どうだか。つーかアンタ、前線に立ってなくていいんです?」


 何故か僕と同じ位置でミートイーターを見ている彼である。いや、アンタこそ前に行かなきゃいけないんじゃないか。何しに来たんだ。

 そう尋ねると、曽根崎さんは胸を張って返してきた。


「私はこの位置でいいんだ。研究者とは邪魔をされることを嫌うもの。だから私は、まず一歩下がった場所で彼らを見守って……」

「失礼、曽根崎さん。少々来てくれないか」

「ほら六屋さんが呼んでますよ。行かなきゃ」

「……」


 曽根崎さんは一度僕に目線をくれると、渋々といった様子で六屋さんの元へ歩いていった。

 やっぱビビッてたんじゃねぇか。行くのが嫌すぎて、春の日差しのような微笑み見せてんじゃない。

 しかし高みの見物もそこまでである。すぐに僕も曽根崎さんに手招きされたのだ。


「景清書記もこちらへ」

「心当たりの無い肩書きですが」

「今つけた。忠助に伝える為、君には六屋氏や先生が言うことを書き取ってもらわないといけない」

「阿蘇さんに?」


 聞き返すと、曽根崎さんは一つ頷いた。


「忠助の呪文の効力は、傷の状態把握に依存する。だから、彼がミートイーターの性質と患部の状態を熟知していればその分、藤田君を助けられる率が上がるんだ」

「それってつまり……阿蘇さんは、藤田さんの傷を想像しながら呪文を唱えなきゃならないって事ですか?」

「そうなるな」

「滅茶苦茶キツイじゃないですか……」

「キツイだろうな。でも、ハンパやって取り返しのつかない事になるより断然いいだろ」

「……」


 ……そうだった。この人にとっての“誠実”は、弟の背負う荷の軽減より未来を求めることにあるのだ。

 僕のだんまりを納得と見た曽根崎さんは、腕を掴み手術台の前に連れてくる。


「どうです、六屋氏」

「いやぁ、やはり変わった植物だ。君の言う通り、細胞の一つ一つが動物のもので構成されている」


 片目に、宝石商や時計修理技師が使うような器具をはめた六屋さんが言う。その先には、肉肉しい色合いの植物が横たわっていた。


「特徴からして、これは絶対全寄生植物にあたると考えられるがな。この部分を見るに、ここで細胞分裂を行い吸器を作って血管部分に結合したのだろう。本来なら吸器誘導物質たるものが人間から発されていると推測すべきだが……」

「ロックさん、もっと分かりやすく」

「え、ロック? ……いやすまない。手っ取り早く言うと、ミートイーターとは“人間の血管にしがみついて同化し、そこから栄養を取り込む植物”ということだ」


 烏丸先生にアメリカンなあだ名をつけられた六屋さんは、動揺しつつも僕らに噛み砕いて教えてくれた。

 彼の隣にいる曽根崎さんは、得心したように手を打つ。


「なるほど。では血中の栄養素を取り込むうちに、ゆくゆくは宿主と同じDNAを持つに至るんですかね」

「なんと。この植物はそんな性質もあるのか」

「ええ。和井教授が直接発見者から聞いたそうです」

「むむう……繁殖にあたり遺伝子情報を丸々書き換えるとは面妖な。ならば次の子孫は……ああ、その時までに種子を作りそこに元々の遺伝子情報を閉じ込めておくのか。であれば……」

「ロックさん」

「だからなんだね、その名前は」


 研究者らしい考察に入りかけた六屋さんは、烏丸先生の呼びかけに顔を上げた。しかし、先生と言えばマイペースの体現者である。六屋さんのツッコミには答えず、手にしたレントゲン写真を突き出して彼は言った。


「ちょいとこれを見てくれません?」

「ぬ……これは、ミートイーターの宿主の写真か」

「はい。んで、今からとある人がこの状態から植物を引き剥がしたいそうなんですけどね。どこをどうすりゃ、より効率的に引き抜けるかって議論を今からアンタとしたいんですよ」

「こ、これを!? 脳から引き抜く!?」


 六屋さんの口があんぐりと開いた。


「バカな、どこの医者がそんな無茶を企ててるんだ!?」

「いいから聞いてちょうだいな。でさ、特に知りたいのは、ミートイーターがどんな風に根を張って、どんな風に千切れるのかってとこでしてね。ロックさん、そういうの分かります?」

「け、見当がつかないこともないが……」

「が?」

「……その前に、放射線治療などの方法は試せないのか」

「あー、あんな得体の知れねぇ寄生物に、そこまで高価な機械は使えねぇーっすよ。逆効果だったら目も当てられませんし、多少効果があったとしてもあの成長速度に治療が追いつくとも思えない」

「はぁ……」


 身も蓋もない言い方で煙に巻いてくれた烏丸先生にホッとする。どんな過程を辿ろうとも、歴史的に見て最後は引き抜くという方法に行き着かねばならないからだ。

 故に、六屋さんには植物を引き抜くことを前提とした考察をしてもらう必要がある。色々な方法を試すより、一刻も早く植物学者の調査と意見が欲しかった。


「そんな心配しなさんな、ロックさん」


 いまいち気遣いの言葉がズレた烏丸先生が、六屋さんの肩を叩く。


「ミートイーターを引っ張り出す係の兄さんってのがね、そりゃもうどえらい能力の持ち主なんです。バラしちゃうけど、なんと傷の具合をイメージしてお経を唱えるだけで患部を治せるときた」

「……まさか」

「疑っても構やしませんが、いずれ事実と分かりますよ。なんで、ハナから素直に信じてもらっといた方が話が早くていい」

「……」

「ねぇロックさん。異常事態から始まったアンタの第二の人生。言っちゃあ何だが、今後もこんな事ばっかり起こるんですわ」


 片手を白衣のポケットに手を突っ込み、平坦な調子で烏丸先生は言う。


「ならもう腹ァ括っちゃいましょうよ。僕に人体の知識はあるが、植物の知識は無い。一方、アンタに植物の知識はあるが、人体の知識は無い。――そして今、一人の人間が医療の手が届かない場所で命を落としかけている」


 合理的で、大雑把で、不精者で。

 しかし確かに正義を掲げるツクヨミ財団の医師である彼は、眠たげな目に光を宿らせた。


「だから、ちょっくら力を合わせましょって言ってんです」


 その熱意の一言に見事にあてられた真面目な男は、当惑しつつも強く頷いたのである。

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