第25話 犯人の視点

『もっといい就職先に推薦しろだと? お前にはあれで精一杯だ。むしろ好条件な方だろう』


 和井教授は、何一つ俺の価値を知らなかった。

 バカな男だった。


『私よりきっといい人がいるから。私はあなたに似合わないわ』


 そんな奥ゆかしい言葉を吐いて俺の元から去って行った彼女は、そんなバカと付き合っていた。


 だから、教授のもとに送られてきたエアーメールを読んだ時、この計画を思いついたのだ。

 現地に飛んで教授と博士を殺し、新種植物を横取りしようと。


 そこまでは良かった。しかし南米で見たのは、自分の体を新種植物の苗床にした果てに、体を食い破られてしまった博士の凄惨な姿だった。

 よっぽど逃げようと思ったし、怖気付きもした。だが、そこに現れたのがあの男である。


「面白い植物でしょう。人に寄生し、目から入る特殊な光で成長する。そして、その光が十分になればこうして開花するのです」


 男は歯の無い口で笑い、俺の手を取った。


「――この植物を貴方の手で表に晒し、全てを見返してやりましょう。非凡たる貴方は、こんな所で足踏みすべき存在ではない。微力ながらこの私も、深馬様の名誉にお力添えができればと考えております……」


 しかし、ここで教授が部屋に入ってきた。教授は男と俺を見るなり耳障りな悲鳴を上げ、尻もちをついて後ずさった。


「な、なんでお前が……!? あ、あ、まさか深馬、お前がこれを――」

「おやおや、煩い蝿ですねぇ」


 男は教授に顔を近づけ、不気味な言葉を囁いた。途端に教授の目はどろんと濁り、へらへらと口元を弛緩させる。


「……これは、“記憶をすり替える呪文”です。彼の脳にあった私達の存在は、たった今美女との情事に置換されました」

「は……」

「この力を授けましょう。……上手く使えば、よりスムーズに事を行使することができます」

「……」

「ぜひ。貴方様の計画に役立ててください」


 そして俺は、男からアレコレ吹き込まれることとなった。

 学者から植物を奪い、人を苗床に植物を増やし、何食わぬ顔で発表する。俺は注目と称賛を一身に集め、若くして栄光を掴むのだと。

 俺は諸手を挙げて喜んだ。輝かしい未来の為、早速学者から取り出した種子を、その場で教授の目に入れ込む。

 しかし、肝心のレポートのコピーは奪い損ねてしまった。間の悪いことに、教授の悲鳴を聞きつけた近隣住民が来てしまったのである。


 だが、それでも俺は大丈夫だという確信があった。黒い男のサポートもあるし、呪文やミートイーターの種子だって手元にある。

 実際、学会であの藤田さんが教授と二人きりになった時も、俺はちゃんと呪文を使うことができたのだ。藤田さんの記憶の中から俺は消え、別の記憶が上書きされた。

 ありがたいことに、無関係である藤田さんを苗床にしたことへの罪悪感は殆ど湧いてこなかった。

 ――前々から、目障りだと思っていたのだ。顔がいいだけで、俺を差し置いてチヤホヤされて、特別研究員にも選ばれているなんて。こんなことになってザマァみろだとさえ思った。


 けれどまさか、その藤田さんが教授からレポートを盗んでいたなんて。

 彼を見つけられないことへの焦りに、俺は急いで黒い男に相談した。


「……でしたら、“宿主を誘き出す穴”を召喚してみてはいかがでしょう。……いえ、大丈夫ですよ。確かに呪文は精神に負荷がかかりますが、この穴は“重ねがけ”することで段階的な召喚が可能なのです。つまり、彼を穴に誘き寄せるには、一段階目のみで十分かと」


 こうして俺は穴を召喚し、藤田さんが死体になるのを待つばかりとなったのだ。


 あの穴は便利だった。あれほど巨大であるにも関わらず、一般人には見えない。認識できるのは、ミートイーターの宿主か、黒い男と関わった自分ぐらいしかいないのだ。

 それはつまり、死体を放り込むのにとても適した場所ということになる。放り込んだ死体は三日前に戻されるので、よっぽどのヘマをしなければ足はつかないというのも大きかった。


 そう、全ては問題無く進んでいたはずだったのだが――。


「ああ、言い忘れていたのですがね、あの穴にはミートイーターの根源たる“あるもの”が存在しているのですよ。定期的に餌をやらねばいけない、“あるもの”がね。……ええ、なのでお気をつけください。その者があまりに腹を空かせてしまうと、召喚者であるあなた自身を食らい、満たされようとするでしょう」


 そんな衝撃的な事実を告げられたのは、大阪に落ちた元カノの死体回収を遠方だからと諦めた時だった。

 驚いた。そしてとてつもなく恐怖した。

 だけど、結局やることは同じなのだ。人にミートイーターを寄生させ、繁殖させる。それを早く繰り返せばその分栄光が近づくのだと、俺は強引に自分を納得させた。


 それからの俺は、必死で種子を植える人間を探した。だけど致命的な失敗のせいで、一気に歯車が狂ってしまう。


 妙な雑誌記者が訪れた後の教授室を漁っていた時のこと。たまたま訪れた六屋准教授に、俺の不審な行動がバレてしまったのだ。

 せめて事情を理解してくれたなら協力させてやろうと思ったのに、准教授の反応は好ましくないものだった。


「お……お前の頭はおかしい! そんなことをして許されるものか! 二度と研究界隈に姿を出せると思うなよ!」


 そんなバカなことを言うから、口封じに彼を苗床にしなければならなくなったのだ。

 しかし揉み合いになった末、あろうことか俺は種子を紛失し、弾みで彼をも殺してしまったのである。

 肝心の種子を探したが、何故かどこにも見当たらない。目立つものだから、落としたらすぐ見つかると思っていたのに。

 そこで一つの可能性に行きつく。……見つからないのは、きっと殺される寸前の准教授に植えられたからなのだ。そうだそうだ、そうに決まってる。そうでなければ、見つからない理由が無い。

 だから准教授を穴に落とし、黒い男に死体の在り処を尋ね、探しに行ったのだ。


 しかし、タネは無かった。


 タネは、どこにも無かった。


 眼球を抉っても、突いても、割っても、潰しても。


 何も。


 何も。


 何も。


 何も出てこなかったのである。



 だとすると、あのタネは一体どこに――。



 准教授の死体を前に、俺の脳に鮮やかな記憶が蘇る。

 ――抵抗する准教授の目に、種子を入れようとする。強く手を叩かれる。種子が飛ぶ。目の前に迫る。

 吸い込まれるように、透き通ったそれが、眼球に入り込んでくる。

 一瞬の強烈な快楽と、閃光。

 忘れようとしていた真実が、俺の目の奥をぐずり、と疼かせた。



 ――中に、あるのだ。



 この俺の。


 中に。



 ――俺は、何としても藤田さんを穴に落とさねばならなくなった。

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