第24話 追求

「そもそもの始まりは、和井教授の元に届いたエアーメールを君が見てしまったことだった」


 「お望みとあらば」と前置きした割に、不審者面の男は深馬の返事を待たず語り始めた。


「その内容を読んだ君は南米に飛んだ。新種植物であるミートイーターを横取りして名を上げる為か、恋人を奪われた腹いせに和井教授に復讐を果たす為か。推測できる理由としては、まあその辺りが妥当かな」

「恋人?」

「殺された火町さんだよ。……そうだよな?」


 曽根崎さんの念押しに、深馬は何も言わない。しかし彼にとっては割とどうでもいい点だったのか、構わずに続けた。


「とにかく、現地を訪れた君はミートイーターを開花させた博士の死体を発見する。そして、そこで黒い男に会った」

「……!」

「そいつにどう唆されのかは知らんが、君は博士の目からミートイーターを奪った。かつ“記憶を操作する”呪文を利用して、和井教授にタネを植えつけたんだ」


 だが、ここで君は一つミスをする……と曽根崎さんは呟く。


「レポートのコピーを奪い損ねたんだ」

「……」

「原本を見つけることはできなかったのかな。君は和井教授が引き取ったレポートを執念深く追い、日本に帰ってきた。しかし奪い取るチャンスが無いまま、学会に出ることになる」

「あ、もしかしてそこで藤田さんに……」

「如何にも。藤田君はミートイーターを発表しようとする教授を説得する為に二人きりになったのだろうが、そこを深馬氏に付け込まれた。藤田君はタネと偽の記憶を植え付けられ、教授は深馬氏に拘束されてしまう」

「……だけど、そんなの」

「証拠ならあるよ。学会の建物からほど近いラブホテルの防犯カメラに、君とぐったりした教授の姿が映っていた。ビジネスホテルならば大抵受付に従業員がいるが、ラブホテルなら誰にも見られず部屋に入ることも可能だからな。とはいえ、ラブホに男二人はそれなりに珍しい。調べればすぐに特定できた」


 ドンピシャだったらしい。深馬の顔が青ざめた。


「……しかし、まさか藤田君がレポートを盗んでいるとは夢にも思わなかったのだろうなぁ。君は大変に焦りあちこち探したが、友人のアパートにいたのでは見つけられようはずもない。加えて、拘束した教授の後始末にも困っていた。……こうして処理しきれないタスクを抱えた君は、一体全体どうしたか」


 曽根崎さんは冷酷な目でジロリと深馬を睨めつけ、外を指差す。


「――“穴”を召喚したんだよ。ミートイーターの成長を促進させ、かつ宿主を引き寄せる“穴”を」

「……う」

「もっとも、召喚したのは穴というよりその“中身”かな。私が思うに、あの場所からは何か特殊な光が出ているのだろう。だからこそ君も、そんな分厚いサングラスをかけている」

「……」


 深馬は、サングラスを守るように自分の顔を手で覆った。

 ……阿蘇さんの提案した目隠し、まさかの大正解である。


「ところが、至要たる藤田君は生憎昼寝で目を閉じており、殆ど影響を受けなかった。結果として、おびき寄せられたのは和井教授だけ。うつろに歩く教授はトラックに跳ねられたが、既に脳への侵食を済ませていたミートイーターは彼の体を操り前へと進ませた。そして……」


 立てた親指を、下に向ける。


「穴に落ちたんだ」


 ――阿蘇さんの、目の前で。


「死体の落ちた先は例の男から教えてもらったんだろう。君は教授から二粒のタネを手に入れ、そして火町さんに植えた。一方、恐らく弾みで殺してしまった六屋准教授に関しては――」

「ま、待て!」


 ここで初めて深馬がまともな言葉を発した。次々と曽根崎さんに己の所業を言い当てられた為か、その顔は青を通り越して真っ白になっている。


「お、おかしいだろ! なんでそんなことまで分かるんだ! 適当な出まかせばかり言いやがって……!!」

「やーっと口を開いたと思ったらそれか。その言い方じゃ白状してるのと何も変わらんだろう」

「うるさい、それ以上言うな! でなきゃお前も……」


 何か喋ろうとした深馬の口を慌てて後ろから塞ぐ。もがいて暴れられたが、僕も負けじと組みついてやった。

 ――コイツは、きっと呪文を使うつもりだ。二度も同じことをさせるものか!


「……君は、自身がミートイーターの宿主になったことを自認しているんだな」


 そろそろ力負けして振り解かれるかと思ったその時、曽根崎さんの冷えた一言に深馬は静止した。曽根崎さんは腕を組み、淡々と続ける。


「ミートイーターの痕跡が無かったにも関わらず、准教授の眼球は抉り出されていた。……確認したんだろ? 准教授と揉めた際に君が失くしたミートイーターの種子が、奇跡的に彼に植わっていやしないかと」

「……う……う」

「しかし、残念ながら彼はただの刺殺死体でしかなかった。君は仕方なく准教授の服を脱がし、滅多刺しにすることで死体の身元を分からなくさせた」

「でっ……デタラメだ! 全部嘘だ! 俺を嵌める為にそんな当てずっぽうを言って……!!」

「……君の靴に付着した泥から六屋准教授の血液反応が出たよ。これで君は、少なくとも彼の死体の側まで行っていることが証明された。何故、あんな場所まで行った? 何故、あんな派手な死体を前に通報すらしなかった? ――どうだ、答えられるかい殺人者よ」

「あ……え……それ、は……」

「……まあいい。どうせ、それら犯罪も全て終わりになるんだ」


 泣きそうな顔をする深馬に目線の高さを合わせ、曽根崎さんはニィと笑う。


「ここに来る途中、君の死体を見つけたよ」


 ヒクッという音と共に、とうとう深馬の息が止まった。


「ど、どうして……? そんなはず」

「そんなはずはない? ハハ、どうしてそう言い切れる。君にだって、少なからず心当たりはあるんだろう?」

「だって、だって俺は藤田さんも手に入れて――!」

「ないんだな、これが。藤田君と私の弟は、君が金で雇ったヤツらを返り討ちにして現在逃避行の真っ最中さ。これについては電話も繋がり、裏も取れたよ」

「え、ええ!?」


 素朴な驚き方だった。到底、あれだけの人数を穴に突き落とした極悪人とは思えないような。

 ずしり、と体重が僕にかかる。

 僕の拘束の中で、深馬はへなへなと脱力していた。


「……嘘だ……嘘だ。じゃあ、俺……本当に死んじゃうんじゃん……」


 開きっぱなしの口から、空虚な声が落ちる。


「おかしいよ……。人を穴に落としてりゃ、俺は……俺だけは、助かるはずだったのに……」

「……まだ分からんぞ。今から君が私達に協力すれば、その未来を変えられるかもしれない」

「嫌だ……嫌だ。だって俺は、邪魔な教授を殺して……ミートイーターで認められて……学会でも注目されるようになって……馬鹿にした奴ら全員を見返して……」

「いやそういう動機とかいいから。本当に興味無い。それよりも、私達に協力して自分が死なないよう、ミートイーターに関する情報を一つでもよこしてだな」


 酷いオッサンである。いくら殺人者とはいえ、自分の死を突きつけられてすぐ立ち直れるはずはないだろう。

 いっそ僕が何か声をかけてやろうか。今まで見てきた犯人とは違い、この人は凡に近い気がする。非凡な曽根崎さんよりは、僕との方が話の波長が合うんじゃないだろうか。


 だが僕が口を開くより先に、深馬は耳をつんざかんばかりの声量で絶叫したのである。


「うわああああああ!! いやだああああああ!!」

「うわっ、わ!?」

「景清君、離れろ!」


 曽根崎さんの声が飛んだが、僕は深馬を押さえ続けた。……錯乱している。このままでは、彼が何をしでかすか分からない。

 ――かくなる上は。


「曽根崎さん、お願いします!」

「ああ!」


 彼は護身用スタンガンを取り出し、スイッチを入れた。

 今は深馬を気絶させ、後で話を聞き出す方がいい。そう判断しての行動だったのだが、どうやらもう数秒早く動くべきだったらしい。

 僕の手を振り払った一瞬、深馬は空に向かって叫んだ。


「男! 呪文を! 穴の召喚呪文をよこせ! 重ねがけして……絶対に藤田さんを誘き出すんだ!!」


 ――呪文の重ねがけだと?

 コイツ、一体何を言い出すんだ。


 深馬は僕を振り切り、なおも声を張り上げる。


「俺は生きたい! こんなことで死にたくない! 藤田さんを何が何でも穴に引き寄せて――絶対にタネを手に入れるんだ!」


 突然のことに何も考えられない僕をぐいと引き剥がし、曽根崎さんは深馬にスタンガンを振り下ろした。

 しかし、それを黒い霧が跳ね返す。

 その黒い霧は、深馬のサングラスの下にある目から噴出していた。


「――素晴らしい。なんと潔いご決断でしょう」


 深馬に纏わりつく霧から、おぞましい声が聞こえる。


「その願いを叶えましょう。かの神に名のついた生贄を捧げ、どうか一日でも生き延びてくださいますよう……」

「うるさい! いいから早くよこせ!」

「ええ、もちろんでございます……」


 霧が完全に顔を覆う。一分の隙間もないそこから、しかし耳を塞ぎたくなるような気味の悪い文言が漏れてきた。

 曽根崎さんの指が、硬直した僕の肩に食い込む。


「――すまん。どうやら私は、失敗したらしい」


 切迫した曽根崎さんの言葉と同時に、けたたましい笑い声が起こった。

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