第23話 情報

 捕らえた男から捨て身の手段で情報を得た阿蘇は、直属上司である丹波に連絡をしていた。


『――フーン、暴力団組織の一端を金で雇って、ねぇ』

「はい」

『突然行方不明になったと思ったら、そんな事になってたとはね。そんじゃ、その場所はマル暴と協力して一網打尽にしとくよ。……しっかし、あそこは口が固いってことで有名なのによく吐かせたもんだ。まさか警察官として不適切なやり方はしてないだろうね?』


 ……。


「いえ、していません」

『うん、信じるよ。その男はこっちで預かるから、すまないが一度こちらへ……』

「丹波部長、その事なのですが」


 阿蘇は、藤田に目をやった。恐怖に縮こまる男の頭を優しく撫でて、「才能ありそうなのに残念だなー」とか「それはそれとしてヤラしいことに興味ない?」とか色々言っている。やめろ追い詰めるなトドメを刺すな。


 だが、あんなアホでも守らねばならない。


 阿蘇は、丹波に向かって断言した。


「……俺と藤田は、引き続き行方をくらまします。ミートイーターの宿主が狙われている以上、俺らの居場所は誰にも知られない方がいい」

『いつぞや同様、どこに内通者がいるか分からないから?』

「はい」

『だけどいいの? 連絡手段を断つと君から連絡をすることも難しくなるよ』

「構いません。何とかします」

『分かった』


 丹波は少し間を置くと、声を潜めて返した。


『周りには君ら二人の行方など知らないと伝えておく。安心して姿を消しなさい』

「ありがとうございます」

『何、君や怪異の掃除人の判断を無視すれば痛い目に遭うと知っているからねぇ』


 丹波部長はクク、とくぐもった笑い声を立てた。実に話の早い人である。

 礼を言い、ついでに拠点にあるだろう盗まれたレポートについても回収を頼んで、阿蘇は電話を切った。


 ……さて、気が乗らないがヤツにも連絡をせねばならない。逃亡中電源を切っていたスマートフォンの着信履歴に並ぶ名前に、阿蘇はうんざりとしつつ電話をかけた。


「……」


 数回のコール音。電話口に出たのは、自分の兄である。


『――忠助』


 ドスのきいた低い声が自分を責める。おー、機嫌が悪い。だがそれも致し方ない。

 あれこれ聞かれる前に、阿蘇は早口で用件を伝える。


「兄さん、ケース09」

『うわ、ちょ、コイツ!』

「そういうわけだ、また明日な」

『ただす……!』


 曽根崎の声を無視して電源を落とす。そして、辺りの適当な場所にスマートフォンを置いた。

 さぁ、これでもう後戻りはできない。阿蘇は藤田を振り返ると、手招きをした。


「オイ、そろそろ行くぞ」

「待って、もう少しで彼を落とせそうなんだ」

「なんでお前が落とそうとしてんだよ。立場弁えろ」

「まだちょっとマスターが残ってますよ、阿蘇さん」


 立ち上がった藤田が、青空を背にこちらを見て笑う。

 その笑みにふと何かを連想しかけたが、頭を振って忘れてしまうことにする。今は、思い出に浸るよりもここから離れなければならない。


「……ところで阿蘇、なんかハンカチとか持ってない? 目隠し落としたから何かで代用しなきゃ……」

「ああ、それはもういい。こっから先はいつ襲われるか分かんねぇし、無い方がいいだろ」

「それもそうか」

「とりあえずメシ食える所を探すぜ。食は生活の基本だ」

「やーん、ナオカズ、激辛ラーメンが食べたぁーい」

「そのラーメン屋パンケーキ置いてる?」

「ラーメン屋に無茶振りするよりファミレスに行きましょうね、ご主人様」


 そんな会話をしながら、攫った男と二つのスマートフォンを残し、二人は車のドアを開けたのであった。










 ――何が起こったのだろう。

 講義室の真ん中で突っ立っていた僕は、ぼんやりと周りを見回した。


 誰もいない。遠くの方では、大学の敷地内らしい日常の喧騒が聞こえる。


 ……僕は、ここで何をしていたんだっけ。


「景清君!」


 心地良い脳のまどろみに浸っていると、曽根崎さんが飛び込んできた。その彼の表情を見るなり、バチンと僕の頭にスイッチが入る。


「そ、曽根崎さん! 遅いですよ、何やってたんですか!」

「クソ野郎に足止めされていた! 大丈夫か!? 何もされてないか!?」

「え、えーと」


 ――そうだ、僕は深馬をこの部屋に追い詰めていたんだった。で、ヤツは藤田さんを手に入れたとか、もう何もかも遅いとかって言って……。


 そういえば、当の深馬はどこに行ったんだ?


 記憶として残った映像を脳に浮かび上がらせる。ヤツは呪文を唱えた後、動けない僕を置いて窓へと走って行った。そして、片足をかけ……。


「……逃げました」

「逃げた? バカな、ここは財団が取り囲んでるんだぞ?」

「いえ、深馬はあそこの窓から逃げていきました。僕に呪文を唱えて、動けなくしてから」

「へぇ、アイツは呪文保持者だったのか。……」

「……どうしました?」

「別に」

「それより曽根崎さん、深馬は藤田さんと阿蘇さんをとっ捕まえたって言ってましたよ! 早く二人を探さなきゃ……!」

「大丈夫だよ。藤田君は忠助がしっかり保護してる。さっき電話があった」

「え、ええええ!?」

「すぐ切れたけどな。しばらく弟には接触すらできないらしいから、放っておこう。さてさて、他にヤツから得た情報は?」


 曽根崎さんは近くの机に腰掛け、手を組んだ。

 ……聞きたいことはたくさんあるが、ひとまず今はこの人の意見を聞いた方が良さそうである。


「……深馬に、ミートイーターの除去方法を聞きました」

「うん」

「だけど、そんなものは無いと言い切られてしまいました。無理矢理取り除こうとすると、根を張った植物は脳細胞や周辺組織を巻き込み引きちぎってしまうそうです」

「つまり一度寄生されたら最後、死ぬしかないと」

「……はい」

「そうか。他は?」


 クソッ、この人冷静だな。僕は一度深呼吸をして心を落ち着け、深馬との会話を思い返す。


「……あ、そうだ。アイツが人を穴に落としたがっている理由も聞きましたよ」

「ほう」

「なんでも、“自分が死にたくないから”だそうです」

「死にたくないから?」

「ええ。ミートイーターを寄生させて、穴に落とす。そのサイクルを繰り返せば繰り返すほど、それだけ生き続けられる、とも言ってました」

「……ああ、なるほどねぇ」


 顎に手をあてた曽根崎さんは、悪い人相をニヤリと歪ませた。


「そうかそうか、これは盲点。なるほど、あの巨大な穴にはそんなカラクリがあったんだな」

「何か分かったんですか?」

「まぁな。――これでようやく、准教授が滅多刺しにされていた理由と、深馬の死体が上がった理由について説明ができそうだ」


 え、これだけの情報で?


 ポカンとする僕を置いて、曽根崎さんは机から降りるとうろうろと辺りを歩き始めた。そして、室内の隅にあった掃除用具入れに目をつける。


「……君の無鉄砲さは後で説教するとして、景清君、やはり君は優秀なお手伝いさんだな」

「ど、どうも」

「しかし、一つだけ間違っている点がある」

「そうなんですか?」

「ああ。……君、深馬の呪文はどんなものだと思っている?」


 呪文?

 そりゃまあ、それを聞いた瞬間動けなくなったんだから、曽根崎さんのように体の自由を奪うものじゃないだろうか。

 そう答えると、曽根崎さんは人差し指を立ててチッチッチとやった。


「違う。同じ呪文の保持者というものは、同時に現れない」

「そんなん知りませんよ」

「ところで、ミートイーターに侵された藤田君にも妙な現象が起きたのを知ってるか? 教授からレポートを盗んだその夜、彼は身に覚えがない性体験をしたそうなんだ」

「身に覚えがない性体験」

「もし、それが呪文による効果だと考えればどうだろう。つまり、記憶に直接影響を及ぼすものだとすれば」


 抜き足差し足で、彼は掃除用具入れの前に行く。


「内容は知らん。記憶を植え付けるとか、記憶をすり替えるとかそういうものじゃないかな。しかしもっと重要なのは、“何故それが必要だったか”、だ」


 取っ手に手がかけられる。


「……大学は特殊部隊が取り囲み、かつ下手に講義室を出れば私に見つかる。そんな時に記憶を操作する呪文を使う奴がすることといえば、ただ一つ」


 曽根崎さんは、勢いよく掃除用具入れを開けた。そして中にいた男を引きずり出し、床に叩きつける。


 僕は驚いた。

 そこに這いつくばっていたのは、さっき窓から逃げ出したはずの男だったからだ。


「ほーら、やっぱりな。コイツは自分が逃亡した記憶を君に植え付けた後、ここで私達がいなくなるのを待ってたんだ」


 床に転がった深馬は、憎々しげに歯を食いしばって僕らを睨みつけている。それに全くたじろぐ様子もない曽根崎さんは、奴を鋭い目で見下し尊大に言い放った。


「――さあ、これで君の犯罪は概ね見抜かれた。お望みとあらばこの怪異の掃除人、直々に謎解きをくれてやろうではないか」


 そして彼は、複雑な事件を紐解き始めたのである。

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