第15話 遺体の部屋

「へーい、待ってたぜ」


 警察病院に戻った僕らの前に現れたのは、小柄で気怠げな白衣の男であった。


「どうも、曽根崎の助手君。僕は烏丸。よろしくどーぞ」

「……よろしくお願いします。竹田景清です」

「んん? 君、脳を苗床にしてる彼に似てんね。弟?」

「甥です」

「ふーん。ま、君も叔父さんと違って脳は綺麗だったよ。安心しなー」


 平坦な口調である。とはいえ、不思議と不誠実な態度には感じなかった。

 烏丸は白衣のポケットに手を突っ込み、サンダルを履いた足で僕らを先導する。


「曽根崎、電話で話した件なんだけど」


 そして早速本題に入る。どうやら電話をくれたのはこの人らしい。


「このボクちゃんにも聞かせていいね? 助手だしオーケーと見做すよ」

「ええ、お願いします」

「ちょっと曽根崎さん、僕は助手じゃなくてお手伝いさんですよ」


 小さな声で曽根崎さんに訴える。が、曽根崎さんは首を横に振った。


「君が何故お手伝いさんを名乗っているかを説明すると長くなる。この先生は私以上にまどろっこしい事を嫌うからな、今だけ助手でいろ」


 なんでアンタの知り合い変わった人しかいないの?


 しかしそういう事情なら仕方ない。怪異の掃除人の助手である僕は、気を取り直しスーツの男に倣って背筋を伸ばした。


「はい、ここ。入って」


 とある診察室の前で立ち止まる。僕は曽根崎さんに続いて、おっかなびっくり部屋に足を踏み入れた。

 薬品の匂いが鼻をつく。同時に、微かに腐臭のようなものも。

 その悪臭は、部屋の奥に安置された三つの透明な袋から漂ってきているらしかった。僕の視線に気づいた烏丸先生は、そちらを指を差して言う。


「左から、和井教授、火町さん、身元不明の死体。袋は極力開けなさんなよ、臭いがすごいから」

「……はい」


 ――今僕は、三人の死体と同じ部屋にいるのか。全身が総毛立ったが、曽根崎さんの助手である僕がこれしきでビビるワケにはいかない。頭を振って、意識をハッキリとさせた。

 対する曽根崎さんはというと、ズカズカ死体袋の前まで行き一通り眺めた後、首を傾げた。


「思ったより損傷は少ないんですね」

「あー、山とか林に落ちてたからね。木やら土やらがクッションになったっぽい」

「……私の死体は無いんですか」

「は、出てんの? 超イヤなんだけど」

「出てるらしいですよ。財団から聞いてませんか」

「聞いてないね。僕が協力してるって知らないだろから、伏せられてるんじゃない?」

「連絡入れて一応もらっときます?」

「断る。曽根崎の死体なんざ改めたくない。どんな死に方してるかだけ教えな」

「話を聞くに、私の死体は彼らと同じく高所から落下しており、しかし全身の骨と目は残っていたそうです」

「ということは寄生されてないのね。情報としちゃ、今はそれだけありゃいい。普通の医者でも見られる死体だろうし、検案は財団に任せて必要な時に聞こう」


 朝、曽根崎さんと一緒にいた時にあらかたの話を聞いていたのだろう。すんなりと烏丸先生は受け入れた。

 それから手元のバインダーを持ち、彼は眠たげな目を曽根崎さんに向ける。


「で、アンタはいつ死ぬの?」

「あさってです」

「あぁヤダヤダ、早く解決して逃げろよ掃除人。これやるから」


 そう言って、烏丸先生は曽根崎さんにバインダーを押しつける。それを両手で受け取った曽根崎さんの後ろで、僕も背伸びし挟み込まれた資料を覗き見てみた。

 内容は、今回の事件で発見された遺体の総括だった。



【和井教授の遺体情報】

 ・死後五日経過(今日付け)

 ・発見場所 隣区の林内

 ・死因 脳の損傷あるいは全身の骨が抜かれたことによるショック死

 ・死体の状態 高所からの落下、両眼球及び全身の骨の消失


【火町詩子の遺体情報】

 ・死後三日経過

 ・発見場所 大阪の山中

 ・死因 脳の損傷あるいは全身の骨が抜かれたことによるショック死

 ・死体の状態 高所からの落下、全身の骨の消失、両眼孔より寄生植物が開花


【身元不明人の遺体情報】

 ・死後四日経過

 ・発見場所 都内の山中

 ・死因 刺されたことによる失血死

 ・死体の状態 高所からの落下、全裸、死後全身くまなく刺された跡、両眼球の消失(骨の消失は無し)



「――これに、曽根崎の情報が加わる」



【曽根崎慎司の遺体情報】

 ・死後一日経過

 ・発見場所 区内の河川敷

 ・死因 高所からの落下による内臓破裂等

 ・死体の状態 高所からの落下(両眼球及び全身の骨の消失等無し)



 ……こうして見ると、結構違っているものだ。散らばった情報の法則性を見極めようと、僕は眉間にシワを寄せて考える。


「……一日ごとに、穴に人が落ちているな」


 が、僕が思いつくより先に曽根崎さんが一つ挙げた。


「一日ごと? ……落ちた順でいえば、和井教授、身元不明者、火町さん、曽根崎さんになりますね」

「そうだな」

「でも、火町さんと曽根崎さんの間は一日空いてますよ」

「うーん、まだ死体が見つかっていないだけか、あるいは……」

「あるいは?」

「単純に、落ちた人間がいないか、だな」


 そりゃそうだ。

 至極真っ当な推測に、僕は拍子抜けした。


「しかし、この身元不明人の正体が気になるな。こいつだけ、殺された上に死後全身の刺突と明らかに人の手が加わっている」

「お、曽根崎はお目が高いねぇ。その通り。しかも彼は、三人の中で唯一植物に寄生されてねぇときた」

「寄生されてない? だが先生、眼球は無くなってますよ」


 死体袋の所まで行き、曽根崎さんは確認する。烏丸先生は、ヒヒヒと不気味な笑い声をたてた。


「見りゃ分かんでしょ。根を張ってた跡が無い」

「……あ」

「誰かがわざとくり抜いたんだわ。なんでか分かんないけどね」


 烏丸先生の言葉に、僕はゾクリとした。

 巨大な穴とおぞましい植物の向こう側に、初めてはっきりと人の影が見えたのである。


 その人間は何の為に穴を開け、人に植物を植え付け始めたのか。何故、その上で曽根崎さんが穴に落ちなければならなかったのか。

 ……ああダメだ、また余計なことを考えてしまった。僕は片手で髪の毛をぐしゃぐしゃとやり、パッと浮かんだ推理を口にする。


「……偽装したかったのでしょうか。彼も、ミートイーターによって死んだのだと」

「死因が別にあったからか? ならば、何故全身を刺して全裸にする必要があったんだ。それをすれば明らかに他殺と分かるだろうに」

「うーん……死体の身元をごまかすため、とか」

「それはあるな。加えて、あの穴に顔を潰した人間を落とせば死体は三日前に戻り、犯人に立派なアリバイもできあがる……が」


 曽根崎さんは身元不明人の姿を見ながら、顎に手をあてる。


「そうなると、次は眼球を抉った意味が分からなくなる。ミートイーターによる連続殺事件に見せかけるなら、火町氏の死体からも植物を抜かなければ……」


 そこまで言って、彼はまた「あ」と声を出した。


「まさか、行くことができなかったのか……? そうだ、火町氏の死体は大阪の奥深い山中だった。ここからだと、易々と行ける場所じゃない。……ならば、これまで眼球が抉られていたのは――!」


 曽根崎さんはガバッと顔を上げると、烏丸先生を振り返る。


「先生、彼女の脳のレントゲンは撮りましたか」

「ん、撮った」

「解剖はどうされます。死体は植物ごと保持されねばなりませんか」

「オイ曽根崎。面倒くせぇな、何が言いたいの」

「……許可をいただきたいのです」


 その顔からは血の気が引き、またしても口角が上がってしまっている。きっと、本心はこの状況が嫌で嫌で堪らないのだろう。

 だが、それでも怪異の掃除人は提案をする。それが彼としての有り様であり、彼の築き上げる歴史だからだ。


 曽根崎さんは一度唾を飲み込み、言った。


「今から私は、ミートイーターを引き抜きます。私の見立てが正しければ、そこに“種子”があるはずです」


 彼の震える手は、火町さんの死体袋の上に添えられていた。

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